第11話 手土産について






 あれから3週間、俺はお茶会に全力を注ぐべく、コーニス先生に文字通り死に物狂いで食らいついていた。今までも貴族の礼儀作法について一応学んでいたが、相手が皇妃では逼迫感が違う。あのクソ皇帝の正妻だ、ヘタを打つと、命すら危ういかもしれないのだ。


「セバスチャン、今更だけど、手土産的なものは必要ないの?」


 俺が侍従長のセバスチャンに問うたのは、    皇妃宮でのお茶会を明日に控えた朝だった。礼儀作法をマスターするのに必死で、その辺の確認を怠っていた。


「あちらがもてなす側ですので、特に必要はないと思いますが…」


「そうだよ!イアスはもてなされるだけでいいんだよ!頑張って!」


 隣で朝食をとっていたショーンが小さく拳を握って応援してくれる。確かに、セバスチャンとショーンの言う通りなのだが、日本人的な感覚だと立場が上の人間へは、手土産が必要だと思ってしまうのである。


 朝食を終えて、ショーンと別れ、明日の準備をする。衣装の最終確認と、皇妃と子供たちの情報の確認だ。情報と言っても、本当に基本的な事しかない。向こうは皇妃と子供たちも全員集合らしいから、此方は完全にアウェーな上に1人で不利すぎ案件だ。一応、護衛と侍女のリーマがついてきてくれるらしいけど、不安しかない。


「うーん、一応、念の為に何か用意しようかな」


 これぞ王子様ルック!的な上等な仕立ての上着に袖を通しながら、俺は小さく呟いた。


「今朝仰っていた手土産ですか?」


 膝をつき、襟や袖のビラビラした装飾を整えながら、侍女のリーマが此方の顔を覗き込んだ。正式な任命ではないが、どうやらリーマは俺の世話を買って出てくれているようで、お早うからお休みまで大体彼女が傍にいる。


「念の為に用意しておいて、必要なかったら必要ないで再利用すればいいしさ」


「具体的に何か考えていらっしゃるのですか?でしたら、侍従か下男に買いに行かせますが…」


「そんな手間はとらせないよ。まぁ、念の為ってだけだしさ。とりあえず水飴と砂糖と食紅があればいいなって」


 腕を大きく広げたり曲げたりしながら、特注された衣装の動きを自分で確かめ、万一の時は走って逃げられるくらいの機動性がある事に安堵した。各所のビラビラヒラヒラは邪魔だが、ハーレムでは下女の格好もしていたし許容範囲内だ。


「あの…、離宮の料理人に何か作らせるのなら私が伝えて参ります」


「いいよいいよ、自分で説明したいし」


 手を振って、俺が自分で衣装を脱ぐ仕草をすると、リーマが慌てて脱がせてくれる。貴族が自分で脱ぎ着するのはアウトらしいんだけど、前世の習慣を知っているとかなり居心地が悪い。確かに子供だけど、自分で脱ぎ着くらいしたいと思ってしまうのだ。



 早速、衣装合わせ後、リーマを連れて離宮の調理場へ向かうと、全部で6人ほどの料理人たちが大慌てで畏まってしまった。そりゃそうか、ショーンと同じく、俺も一応離宮の主みたいなものだもんな。


「ああ、気にせず作業進めてよ。あと、お菓子担当の料理人がいるなら此方に来て欲しい」


 5人ほどの料理人たちがビクビクしながら周囲を見回し、リーダーっぽい中年男性に視線を送る。


「貴方がお菓子担当の人?」


 躊躇いなくトコトコ歩いて中年男性に近付くと、男性は軽く仰け反ってから慌てて白いキャップのようなものを取った。多分、アレがこの世界のコック帽なのだろう。


「俺は…あ、いえ、私は、ここの料理長を拝命しております…菓子…水菓子や焼き菓子など甘味は…私が担当しており、ここの料理人の総括も私が…」


 ものすごく居心地が悪そうだ。まぁ、それも仕方ないか。普通、調理場に直接来る貴族はいない。呼び付けるか、侍従に命じて伝達するくらいのものだろう。しかし、今回は人を介していては絶対に上手くいかないのだ。


「飴細工と言うものを作った事はあるかい?」


…とは?」


 俺はその瞬間悟った。これは、飴細工に近い菓子の概念すらないようだ。此方の言葉に変換されず、相手へ日本語でしか聞こえていない。

 あれは、俺の前世の記憶。夏祭りの町内会のバイトで作らされた飴細工だった。今から出来て手土産でパッと思い浮かんだのはそれだ。


「では、この調理場に水飴は?コーンスターチや砂糖は?」


「コーンスターチも砂糖もありますが…、水飴は砂糖の代用品で、此方では勿論使用しません。水飴は平民が砂糖の代わりに使うものですので、と言っても平民には贅沢品ですが…」


 フムフムと俺は小さく頷いた。どうやら、砂糖は貴族用の貴重品扱いで、水飴は下に見られているらしい。水飴の原料は基本的に安い澱粉質だから、砂糖の代用品扱いなのだろう。しかしながら、実際は水飴にも砂糖にも利点があり、どちらが上級というものでもないのだが。


「僕は文献で見た新しいお菓子を再現したくてね。出来れば、水飴と砂糖と食紅を用意して欲しいんだよ」


「水飴を…ですか?」


「そうだよ。離宮の調理場にないのは仕方ないから、誰かに買いに行ってもらうよ。食紅は赤と緑があればいいかなぁ…まぁ、緑以外はどんな色でもいいんだけど」


 当惑した料理長とリーマの顔を、俺はニッコリ笑って見上げた。

 この世界、たぶん食紅は天然のものだろうけど、安全性はどうなんだろう。最悪、危険そうなら出来た飴細工を食べるのは止めよう。



 1時間後、調理場に再び向かうと、料理人見習いの買い出しにより、水飴の大瓶が用意されていた。

 ふむ。これだけあれば、多少失敗してもやり直しも効くな。


「悪かったね。わざわざ買い出しに行かせて」


 俺が謝罪すると、2人の料理人見習いがブンブンと物凄い勢いで首を振った。この調理場の構成は、料理長とその下に3人の料理人、そして料理人見習いが2人らしい。住み込みの使用人が大勢いるとは言え、ショーンと俺だけの離宮でいやに人数多いなと思ったら、見習いがいたからなのだろう。


「では、事前にお願いしたベリー系のコンポートやピスタチオの粉などを」


「は、はい!此方に!」


 指し示された方向を見ると、予想以上にたくさん用意してくれたようで、幾つものコンポートとピスタチオはこんもりと山になっていた。


「あ、いや、たくさんありがとう。でも、通常のお仕事の邪魔になったのでは?」


「い、いえ!ご要望が最優先ですから!」


 その料理長の言葉に俺は苦笑いを浮かべた。やはり、通常業務の邪魔になってしまったようだ。これはサッサと作ってサッサと退散しよう。


「材料はこれでもう十分だから、皆さんは通常業務に戻っていいよ。僕はこのまま此方の作業台を借りるから」


「えっ!イアス様がお作りになられるのですか!?」


 俺の発言に、ずっと後方で黙っていたリーマが声を上げた。貴族が調理場に来る事すら普通はないのに、俺が自ら作業するとは思いもしなかったのだろう。しかし、この場合は口で説明して料理人にやって貰うよりも、己でやった方が早いのだ。


「作り方を知っている人間がやる方が早いからね。大丈夫、この為に汚れてもいい服に着替えてきたのだし。作業自体は単純だよ」


 言いながら、呆気にとられている周囲を放置し、俺は調理場の隅にあった小さな台を引っ張ってきて、それに乗って作業を始めた。

 先ずは鍋に、水飴、水、砂糖、紅いベリーのコンポートの煮汁…全てを計り入れて、火にかけグツグツ…。表面全体からフツフツと煮立ってきたら、10秒ほど数えて綺麗な油紙の上に流す。フォークで掬うように混ぜながら、軽く冷まし、ある程度置いたら、手で折り重ねるように練る!練る!あとは、自室から持ってきた洗って置いたハサミでチョキチョキ1cmから2cm幅くらいにきって、手で押し伸ばして合体!固くなってしまう前に素早く全体を形作ると完成!!


「ふぅ、子供の手でやったにしては上手く出来たかな…」


 夢中で飴細工の花部分を作り終えて、顔を上げると、作業台を取り囲むように人集りが出来ていた。

 リーマは勿論だが、料理長も料理人も見習いも、みんな業務そっちのけで此方を瞠目したまま見詰めている。


「い、イアス様…、それは薔薇の花ですか?まるで硝子か宝石で出来ているようにキラキラして美しいのですが」


「ちゃんと薔薇に見えるかな?」


 恐る恐る尋ねるリーマに俺が笑って問うと、リーマはコクコクと何度も頷いた。どうやら、飴細工は成功したようである。これからそこそこ数を作って、その中で上手く出来たものを手土産にすれば良いだろう。この国にはまだないみたいだし、珍しければ十分だ。





○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 フォロー、いいね、レビュー、感想など、お気軽に下さると嬉しいです~!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る