第十三話 新大陸

十三話 新大陸


1939年 9月17日 日曜日 早朝


アメリカ合衆国 首都 ワシントンDC ホワイト・ハウス 大統領室


「それでは、週間会議を始めます。まずは朝早くから集まって頂いた理由、緊急報告を我々海軍からさせていただきます。」


アメリカ中が寝静まっている日曜の早朝にその秘密会議は始まった。大統領、大統領補佐官、国務長官、陸海空軍の責任者、国内最大級のグループ会社の会長などアメリカを裏で操り続けている権力者が一斉に集まったこの部屋は、事実上アメリカ合衆国の最高位意思決定機関と言える。


「先週、9月13日未明、ユトランド沖で日英連合艦隊がドイツ海軍主力と激突、大海戦に発展しました。」


会議が始まってさっそく、会議室のボルテージは最高緒に達した。


「なに!!いくら何でも決戦が早すぎる!」


「CIAは何をしていたのだ!!なぜもっと早く日英艦隊の動きを把握できていなかったのだ!!」


「そんな事より今ドイツに海軍力を失われては我々も後がないぞ!!」


皆が皆自分の心中をさらけ出す様に大声を上げる。だが、なぜか皆ドイツ海軍が負けている前提で物事を考えているようだ。


「皆さん!!私の報告はまだ終わっていません!!」


海軍元帥の怒号でようやく、会議室に静けさが戻ってきた。


「では。日英連合艦隊とドイツ主力艦隊の海戦は、結果から申し上げるとドイツ海軍の勝利となります。細かな損失は現在調査中ですが日英連合艦隊は70%以上で壊滅、対するドイツ主力艦隊は約50%で半壊だと思われます。」


海軍元帥が着席する音を最後に、会議室には沈黙が舞い降りた。ほんの一瞬、皆が現状を、現実を噛みしめる、ほんの一瞬だ。


「はっはっは。まさか日英連合艦隊が敗れたとは。どうだろうジェームソン君。今回の件、記事にしたらどうなると考える?」


沈黙を破った大統領 ルーズベルトは高笑いと共にここにいる皆が思っている事を代弁するかの様に、アメリカンタイムズ社社長 ジェームソンに問いかける。そして皆の視線を感じながら、自身も高笑いしそうな感情を押し殺し、ジェームソンは立ち上がる。


「はい、これ以上ない最高の記事になるかと。過去最高の売りあ、、、ではなく、過去最高の対日プロパガンダ効果のみならず、ドイツに対する好感度は爆増、そして芋ずる式に英国に対する好感度も減少。政府が両国へ宣戦布告する事に賛同する者の方が多くなるかと。」


にやついた顔を隠すため下を向きながら着席したジェームソンを横目に、勢いよくパットン元帥が立ち上がった。


「今こそ!!今こそ我らが領土たる西海岸とその地下資源を奪還しましょう!!我が装甲師団のみならず、空軍も近年の大幅な近代化と新型機開発により日本のサルどもの戦闘機に劣らぬ、勝る性能に仕上がっております。大統領!!今すぐ日本国大使の顔に宣戦布告の報を叩きつけてやりましょう!!」


ひどく興奮した様子のパットンに皆徐々に冷静さを失い、後に続けとルーズベルトに開戦を迫る。


「まあまあパットン将軍、そう感情的にならず現実的に考えようではないか。感情に支配されるのは女だけで十分だ。」


急だが、パットンをなだめているこの男、アームストロング・グッドマンを手短に紹介しよう。


差別主義者である。


男女差別、人種差別、階級差別。人間が生んだありとあらゆる差別を詰め込んだ男がこのグッドマンである。だが彼自身は自分を現実主義者だと思っており、これらの差別も現実的な考えから導き出したのだから何も間違っていないと思っている、正真正銘のキチ〇イである。


「ではグッドマン殿。現実的に考えて今以上に攻勢に出る絶好の機会はないですぞ!補給が足らなければ兵を突っ込ませて口減らしをするまで!銃弾が足りなければ素手で突撃するまで!アジアのチビ共相手に屈強なアメリカ人が負けるはずないではないか!!」


「「そうだ!そうだ!」」


パットンの威勢に同じく我を失った様子の軍人たちが続く。


「だから皆、感情的にならずに。今回敗北したのは日本の海軍であり陸軍は健在、まだ日本に攻め込むのは時期尚早だ。」


「では、再度問わせてもらおう、グッドマン殿。貴殿はどうするべきと考える?」


パットンの問いに会議室中の視線がグッドマンに集中する。だが彼は慌てることなく、どこか嬉しそうに嬉々として立ち上がり話始める。


「そうだな、私が思うに我が国がまず相手をすべきなのは日本ではなく英国だと思うがな。」


論点ずらし。そうとられても仕方がない一言にパットンが異論を唱える寸前、ルーズベルトがあいずちを打つ。


「ほう。我々が大前提と考えている対日戦を君は否定するのかね?」


「いや、それは違うぞ、大統領。確かに近い将来対日戦は必要不可欠であり我々が世界の頂点に立つには避けては通れない最大の障害と言える。だが、だからこそ我々の態勢が万全であるときに決戦を挑むべきだ。したがって、今は格下であり日本唯一の同盟国であるイギリスを相手すべきだと言っている。イギリスを落とし、日本を政治的、経済的、そして軍事的に孤立させ、可能であればソ連をこちら側に立たせた状態で大日本帝国に宣戦布告をし、万全の態勢で勝利する。事を急ぐ必要はない。」


「なるほど、良い意見だと思う。確かに英国を最初に相手どる事でアメリカ全体を戦争経済に移行させ、長年衰退してきた軍事産業を生き返らせるのは確かに有効だろう。だが英国に宣戦布告をすれば日本が黙っていないのではないか?それにカナダはどう相手取る?」


「ああ、確かにああ、たしかに日英同盟と相互安全保障を口実に侵攻してくる可能性はあるが、大前提として我々とかの国の国境線手前にはロッキー山脈がある。こちら側に攻め込んでこれる部隊は少数、それに戦車が山越えできるとは思えん。パットン将軍が言っていた様に我々の陸軍は質では同等、負けているのは数のみ。ロッキー山脈で侵攻できる部隊数が限られ、なおかつ戦車まで使えない大日本帝国に負けるとは思えん。理想はここから逆侵攻する事だが難しいようであれば英国を落としたのち、ドイツの猛獣共を引き連れて本格侵攻に乗り出せばいいだけの話だ。カナダに関しては正直心配しすぎだ。駐留部隊は居て居ないようなもの、たった二個師団など簡単に踏みつぶせる。よって、この作戦が最適解だと確信している。」


自身の中でくすぶっていた作戦を話終え、グリードマンは着席する。そしてグリードマンが着席したのを合図に、皆彼の作戦の評価を始める。

隣の席に意見を小声で求める者、静かに目をつむって考え込む者、大統領に意見を求める者。

そんな時間が数分続き、ついにルーズベルトが声を上げる。


「私はこの作戦、グリードマンの言う通り最適解だと思う。グリードマンが述べた利点だけでなく、日本本土から遠いここアメリカ大陸での戦闘を日本が長く続けられるとは思えない。よってこの作戦を政府の基本方針として採用したいと思うが、異論のあるものは。」


「「「異議なし。」」」


アメリカ社会を裏から操る一握りの男たちにより、アメリカ国民が望まぬ戦争への参戦が決定された瞬間だった。


「では軍議は以上とする。次に欧州情勢についてだが、フランスにばら撒いている裏金はどうなっている?」


ルーズベルトの問いに答えたのはCIA長官 コールソンだった。


「はい。フランス議会の主要議員に対し行っている工作は非常にうまくいっていると言えます。元々フランス経済は衰退している為、議員たちは懐を温めようと必死の様です。すでにドイツ帝国の暗部情報局のハイドリヒ局長殿と連携し、ドイツ帝国がフランスを落とした場合、属国として一部国土を返還、そしてその属国政権の重要ポストを約束する事で早期降伏を促している状態です。最初に申し上げた通り、この工作は非常にうまくいっており、ドイツがパリを陥落させられればほぼ確実に降伏すると思われます。」


「「おおお」」


CIA長官の報告に皆反射的に喜びと驚きの声を漏らす。


「実に嬉しい報告をありがとう、コールソン。ではそのまま続けてソ連の動向を報告してほしい。」


「はい。ソビエト連邦はフランス以上のスランプの様で、国内で飢餓が充満、スターリンの独裁も加速し毎日の様に誰かが公開処刑されているようです。現地諜報員は皆身の危険を感じており、これ以上の諜報は危険だと思われるため地方への一時退避を命じました。」


ソビエト社会主義共和国連邦 通称ソ連

スターリンによる独裁と大粛清、そして日露戦争にて大損害を被った旧ロシア帝国は史実以上に弱体であり、何より不安定であった。ポーランドへドイツと共に同時進行したのは良いものの軍隊への食糧供給の為民間での食料配給量が激減、国中で餓死者が大量に発生する事態に陥っていた。国力はGDPでアメリカに次ぐ世界第六位であり、イタリアより少し高い程度。ただし陸軍は世界最大規模の200師団とまさに畑から兵が取れる状態、陸戦においては世界最強格と目されている。そのため、経済、軍事、政治、そして思想的にもアメリカの仮想敵国であり、大日本帝国の次に警戒している国である。


「一時撤退は理解できますが、それでは重要な情報を取り逃す危険があるのではないですか?我々としても出来るだけ新鮮なソ連内部情報が欲しいのですが。。。」


諜報員の一時退避に苦言を呈したのはジェームソンであった。アメリカン・タイムズの主なニュース記事はだいたい日本かソ連についてであり、そこにちょこっと欧州情勢が添えられている形で販売されている。ソ連に関する情報が届かなくなるのはアメリカン・タイムズの表紙の内容が約半分なくなると同義であった。


「確かにその可能性はあります。ですので下がらせるのは諜報員だけであり、現地協力員はそのまま任務を続行、そして可能な限り他のソ連人、特にロシア人をこちら側に引き入れるよう仕向けます。要は協力員を増やすようにするわけであります。」


「だが大きく動くとその分ソ連政府に感ずかれる危険が増えるだけではないか?」


「いえ、そうとも限りません、グッドマン殿。何せ今ソ連ではスターリンに対する不満も増大しており、国民の政府への協力度は減る一方ですので協力員を増やすには今が最適であり、多少の犠牲は覚悟の上。そして犠牲になるのは元々現地協力員でCIA、FBI諜報員ではありませんので実質ノーリスク・ハイリターンと言えるでしょう。」


「なるほど。やはりコールソン殿はCIA長官に適任ですな。」


お互いに秘めた共通点を感じたのか、コールソンとグッドマンは見つめあいながら不気味な笑みを見せる。


「最後に、大日本帝国に対する諜報活動ですが、やはり先日のスパイ狩りにより我がCIAの日本国内における諜報網は全滅と言える状態であり、辛うじて朝鮮半島に足掛かりが残っていますが実りのある諜報活動はもうできないでしょう。CIAよりは以上となります。」


コールソンが着席したのを合図に、進行役の大統領補佐官 キンメルが口を開く。


「では、続いて経済省より報告をお願いします。」


こうして、実務的な方向へと会議は進み、いつも通り昼前には皆帰宅した。


後日 アメリカ政府は英国とその属国に対する宣戦布告を発表、カナダへの侵攻を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七つの島と四つの大陸 和製英国紳士 @waseieikokushinshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ