第十二話 勝利の代償

第十二話 勝利の代償




1939年 9月 17日 ドイツ帝国 首都 ベルリン 




ユトランド沖海戦より四日、各軍の戦果確認と報告がまとまったドイツ国防軍はカイザーの居城 ブランテンブルグ城に設けられた会議室にてカイザーへ報告を行っていた。


まず陸軍がポーランド軍残党の掃討戦とフランス侵攻の準備状況に関する報告を行い、それが終わったと見るやすかさず海軍と空軍の両元帥が一歩前へ出て、事前に口裏を合わせて作り上げたユトランド沖海戦の戦果報告を行う。


「「クリーグスマリーネと、ルフトバッフェより報告させていただきます。」」


カイザーに敬礼しながら両元帥は初めに挨拶を行い、まずは初撃を担当したクリーグスマリーネから報告を行う。


「我々クリーグスマリーネは、9月13日早朝、英スカパ・フローを出航した日英連合艦隊をユトランド沖合で発見、戦闘に突入しました。最初こそ戦艦が多く、長距離戦に適している日英連合艦隊に後れを取り、多少の被害を受けました。しかし、我が艦隊の射程内に敵艦隊が入った瞬間、戦いは我々の有利に傾き始めました。」


海軍元帥の背中を押すように、間髪入れずに空軍元帥が続ける。


「クリーグスマリーネの砲撃が始まり、敵艦隊が混乱している所を狙い、我がルフトバッフェの航空隊が日英連合艦隊を奇襲、戦艦軍を除くほぼすべての敵艦に多大な損害を与え、この瞬間から海戦はクリーグスマリーネの圧倒的優勢に切り替わりました。」


「残念ながら、ルフトバッフェの航空攻撃だけでは敵主力艦の撃沈には至らず、我がクリーグスマリーネは掃討戦に移行、残された日英連合艦隊の残党を殲滅しました。戦果は次の通りです。


喪失 


戦艦12隻、重巡洋艦15隻、軽巡洋艦10隻、駆逐艦25隻




確定戦果


戦艦25隻、空母4隻、重巡洋艦20隻、軽巡洋艦35隻、駆逐艦100隻


小破、中破、大破を含む非確定戦果


戦艦5、重巡洋艦5隻、軽巡洋艦10隻、駆逐艦10隻


以上です。」


最後に海軍元帥が戦果確認を行い、報告を締めくくり、両元帥は敬礼と共に一歩戻って再度列に直る。二人とも陸軍元帥の方を横目で見て勝ち誇ったような顔をしている気がするがきっと気のせいだろう。逆に陸軍元帥の方はと言うとどこか余裕がある様に見える。


陸海空、全軍の報告が終わり最後に順番が回ってきた暗部情報局局長 ハイドリヒは他の将校よりも大きく一歩前へ進み、カイザーになるべく近く、大きく見える様に胸を張ってほどほどに大きい声を敬礼と共に上げる。


「暗部情報局より報告させていただきます。まずユトランド沖海戦に関するクリーグスマリーネ、ルフトバッフェの戦果についてですが。我々が独自に調査、確認した戦果と大方合致するため確定戦果として良いと考えています。」


ハイドリヒがそう報告すると、驚いたのはカイザーではなく陸軍元帥だった。どうやら彼は暗部が海空両軍の誇張された戦果報告の化けの皮を剝がしてくれると考えていたのだろう。だが今は暗部が発言権を握っている番であり、声を上げるわけにもいかず虫歯を噛み砕いた様な、焦りを含んだ顔をしている。


「続いて、我々が近年力を入れてきた大日本帝国政府内の情報網に興味深い情報が掛かりました。この音声はすでに海軍と共有済みです。」


そこでハイドリヒはいったんカイザーから見て左に90度周り、壁際に用意させていたレコードプレーヤーの電源を入れる。暗部が開発した世界初の小型録音機の音声を焼き付けたレコードが回り始め、大日本帝国の国会内の音声が流れだす。


「海軍省、黒川烈より説明させていただきます。我々、統合作戦本部としては今大戦、特に我が帝国は海軍力が重要に。。。」


1939年 9月 3日の国会にて行われて黒川烈の作戦説明の音声がかなり聞き取りやすい音質で数分流れた。


「今お聞きいただいたのは我が暗部の諜報員が大日本帝国の国会内で録音した音声です。大日本帝国海軍元帥 黒川烈の声で大日本帝国の我々に対する作戦、対独作戦について話されています。翻訳の結果、大日本帝国海軍は我がアフリカ領に存在するU-ボート基地すべてを同時に襲撃する算段の様です。ですが先ほどご報告した通り、すでに海軍とは情報共有を行い、戦力が分散している大日本帝国海軍を各個撃破する作戦をすでに立案している様です。」


カイザーは一瞬ハイドリヒから目線を話、海軍元帥の方へと移す。


「はい、事実です。我が海軍はアフリカ防衛用の第6艦隊に加え、先のユトランド沖海戦に参戦しなかった第7、第8艦隊をアフリカに向かわせています。幸いユトランド沖海戦で日英連合艦隊を撃破しているのでドーバー海峡やブリテン島周辺はすでに我が海軍の庭と化しています。第7、第8艦隊が抜けても全く問題ないと判断しました。」


カイザーの目線を受け、補足説明を行った海軍元帥は再度、ハイドリヒに場を譲る。


「以上が、大日本帝国海軍に関する報告です。最後に、大日本帝国海軍がイギリス本土に戦車に似た物資を運び込んだ件ですがやはり戦車で間違いないでしょう。サイズは我が帝国の2号戦車より少し大きく、3号戦車よりは小柄であり、主砲は3号戦車よりは小さいと思われます。陸軍との協議の結果、この戦車は対人戦用であり、対戦車能力は低いと思われます。もし今我が帝国陸海空軍がブリテン島に総攻撃を仕掛けた場合、成功する可能性は限りなく高いと思われます。」


ハイドリヒが報告を終え、他の将校と同じく敬礼を最後に一歩戻る。


数秒、ほんの数秒頭を下げ無言だったカイザーだが、意を決したように頭を上げ立ち上がる。


「諸君、嬉しい報告が多く頼もしく思う。そこで、そんな諸君らにさらなる試練を命ずる。ブリテンを制圧せよ!!プロイセン軍人たる諸君らの力を世界に示してほしいい!!」


「「「「は!!!」」」」


カイザーの命に各将校は様々な顔を見せていたが、唯一ハイドリヒだけが若干下を向き、笑いを押し殺していた。


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ハイドリヒ視点




「ははは!!まさか天狗になっている海軍だけでなく、陸軍すらああも簡単に手のひらで踊ってくれるとは!私が海軍を援護した時の陸軍元帥の顔は傑作だった。全くいい余興だ。」


ブランテンブルグ城から移動の為に乗り込んだ車の中で私はようやくこらえていた笑いを解き放つ事が出来た。


ユトランド沖海戦でのクリーグスマリーネの勝利はドイツ人としては誇らしくもあり、嬉しいい半面総統閣下のしもべとしては看過できない勝利だ。日英両国が我々の考えていたよりも弱く、最高種たるアーリア人にここまで手も足も出ないとは思っていなかった。このままでは現政権のままドイツ帝国はヨーロッパを飲み込み、今以上に強大になってしまう。それでは総統閣下が付け入る隙が、我々がこの国を総統閣下に献上する事が難しくなってしまう。これ以上国土が広がればさすがの私でも裏から手が回らない箇所が出で来るだけでなく、計画に小さなほころびが生まれてくる。その小さなほころびからすべてがご破算となる事とは何より避けなければならない。


「まずこのまま国防軍によるブリテン島制圧を強行させ、なるべく弱らせた状態で我々の計画を実行する必要があるか。。。」


私の計画は完璧だ。だがその完璧な計画を実行するのは完璧な人間ではない。私一人で実行するなら完璧なままだが、他人が、そしてそれがどれだけ優秀な人材であれ他人が計画の実行役に参加すると何かしらのミスが生まれ、完璧が崩れてしまう。だからこそ、完璧をさらに完璧にする努力は怠らない様にする必要がある。


陸軍と海軍に対する工作は成功した。陸軍は大日本帝国の力を過小評価し、ブリテンで日本製の戦車相手に苦戦を強いられるだろう。そして海軍は例の録音の情報に踊らされ、いもしない日本艦隊をアフリカ沖に求めて航行中、ブリテン島の陸軍は海軍の支援なしで日英両国の陸軍を相手にしなくてはならない。しかもフランスとの決戦も残っている状況で、である。国防軍の弱体化は避けられないだろう。


「にしても黒川烈。なぜあれほどあからさまな罠を張ったのだ?国会での自身の演説をわざとこちら側のスパイに録音させ、私に渡ったタイミングで録音を行ったスパイを排除した。これではこの情報が罠だと言っている様なものではないか?まあおかげて海軍の残党をブリテンからアフリカに向かわせ、ブリテン島制圧が失敗する可能性を高められたのはありがたいが、真意はどこだ?アメリカ東海岸か?ソ連やインドネシアか?。。。いったい何を考えているのだあの化け物は。」


そう、あの男は化け物だ。一度国際会議の場で顔を合わせただけだが一瞬で理解できた。この男こそ、世界最強の軍人だと。一手一手に複数の意図を隠すだけでなく、時々意味の無い一手を打つ事でこちらをさらに混乱させる。果たして知略であの男に私は勝てるだろうか?この情報も全く意味の無い一手であり、こちらを混乱させる為に行った事ではないのか?


考えても考えても答えは出ない。そして気づけば車は私の家の前に到着し、運転手がドアを開けていた。


顎に手を当て、さらに考えを巡らせながら車を降りた私は無意識に、いつも通り玄関から我が家へ入ろうとした。が、私の思考は突然邪魔された。


「ハイドリヒ長官!!一大事です!!」


私が最も信頼を置く部下の一人が顔を青くしてこちらへ走ってくる。わざわざ私の家へ直接来たと言う事はよほどの緊急事態なのだろうと、考えればすぐに分かっただろうが、黒川猛で頭がいっぱいであった私はその部下に怒鳴る。


「急になんだ!!考えが霧散してしまったではないか!!」


その部下は私に普段怒鳴られる事は少なく、耐性がなかったのだろう。驚き、恐怖、さまざまな感情を顔に写し固まってしまった。だが彼も軍人だ。意を決し、数秒後には私の方へ再度歩を進めた。


「申し訳ありません。ですが、これは長官に直接、今すぐご報告しなければと思いまして。」


そう言って、彼は私の耳元で、自身の口元を両手で隠しながらささやく。


「我がアフリカ領沖の海域に、大日本帝国海軍の大艦隊が出現、例の録音に記録されていた艦隊よりも大規模であると思われます。」


「な!!!」


あり得ない!!まさか大日本帝国は、黒川烈は私があの演説の録音を入手したと気づいていないのか?あり得ない。いくら何でもスパイが排除されるタイミングが完璧すぎる。ではなぜ、国会で発表した内容よりも多い艦隊で、攻、撃を。。。


「まさか、クリーグスマリーネの残存艦隊を殲滅するつもりか?」


その考えにたどり付き次第、私は再度車に乗り込んだ。


「さっさと出せ!!行先は海軍本部だ!!」


私の行動が理解できなかったのだろう、私の部下が困惑気味に、だが咄嗟に私の隣に座る為一度車道に出て車に乗り込んでくる。


「お供します、長官。ですが一体何にそう焦っておいでなのですか?」


「大日本帝国はクリーグスマリーネの残存艦隊を排除し、ドイツ帝国の海を丸裸にする気だ。そのためにあの録音を使い、私に罠だと悟らせ、真意がアフリカ領ではないと思いこませたのだ。私はまんまと餌に食いつき、海軍をブリテン島方面からアフリカ方面へと誘い出す手助けをさせられたのだよ!全く、こんな屈辱はいつぶりだ!!」


頼む、間に合ってくれ。。。ドイツ帝国自体が敗北してしまえば総統閣下に敗戦国を、焦土と化した国を献上する事になる。アーリア人の住みかとしてそんな国はふさわしくない。その為にはクリーグスマリーネに今機能不全に陥られては困るのだ!!頼む、海軍ののろまども。。。お前たちと同じく、艦隊自体ものろまであってくれ!!

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