第9話 目覚め

※「」のセリフはガイヤの世界の言葉、『』は日本語でのセリフになります。



 ザザ……ン……



(……波の音……。どこから……?)

 遠くから打ち付ける波の音が聞こえて来た。揺れも感じる。伊織いおりはまだ意識が朦朧もうろうとしている中、心地よい揺れに身を任せていた。

(もうちょっと、寝てたい気分……。あれ? 私、家にいて、それから――)



 ――やだっ、お母さん、真博まさひろ!!――



『はっ!』

 伊織の目が開かれた。確か、最後の記憶は夜だった。瞳に飛び込んできた光が眩しくて、くらりと眩暈めまいがしたが、彼女の心はそれどころではない。

『お父さん、お母さんっ、真博ぉっ!!』

 がばりと起き上がった。自分が思ったよりも大声で叫んでいた。右手を前に伸ばしたまま固まってしまう。

『え……?』

 目の前には白い壁。当然、家のベランダではない。家族へ伸ばした腕だったのだが、空を掴むだけ。伊織はキョロキョロと辺りを見回した。心臓はドクドクと大きく脈打ち、痛い。

 どこかの部屋だった。木の壁と天井。簡素な机と椅子、ベッドと小さな棚が置いてあるだけの部屋だった。自分はベッドに寝かされていたと理解するのに、少し時間がかかった。

(ここ、どこ……? 私、あいつらに掴まったの?)

 けわしい表情のまま、ベッド側にある窓から外を見た。両手を窓ガラスにべたりと貼り付け、信じられないと呟いた。

『う、海って……どうなって――』


「どうした! 何があった!」


『いやあああぁっ!!』

 ノックもなく、いきなり扉が開いて誰かが入って来たのだ。思わず叫んだ伊織。ベッドの上で縮こまり、恐怖で震えたが、入って来た人物を見てパニックになった。

『なっ、なっ、なっ……』

「?」

 伊織の目の前にいたのはジェイドだ。伊織が眠る部屋へ向かう最中、叫び声が聞こえたので、急いで駆けつけたのだった。伊織はジェイドを驚愕の表情で見ていた。ただ恐れられているわけではないと察したジェイドは、伊織の真意が分からず首をひねる。

『ゆ、夢じゃないの……?』

「何言ってるか分からん」

 会話が成立していない。


(ちょっと待って。夢の人でしょ!? 緑の瞳と薄緑の髪の毛……、どうなってんの!?)


 何度も夢で見た人物がジェイドだったのだ。決して会えない人物だと思っていた。ついに頭を抱えた伊織。普通では考えられない事態に、また気絶しそうだ。

「ジェイド。この子、おびえて混乱してるぞ。あんまり怖い顔を見せるなよ。聞ける話も聞けないだろう」

 ジェイドの後ろからルクスが話しかけた。見張りの部下二人も、部屋を覗き込んでいる。

「顔は関係ねぇ。混乱はしょうがねぇだろう。一人でこの世界に放り出されたんだ。言葉が通じんのは厄介だな。意思疎通が難しいぞ……」


『!』


 ジェイド達が腕を組んで、どう伊織と対話をするか相談を始めた時だった。

「こ、ここ……、どこ……?」

「!? この世界の言葉が分かるのか」

「えと……、少し……」

 突然、伊織が彼らと同じ言葉で話しだしたので、一同は驚いていた。物心がついてからずっと見て来た不思議な夢。伊織はその中で、この世界の言葉も聞いていたのだ。ヒアリングは完璧だった。幼稚園の頃に日本語でない言葉を話して両親を驚かせたように、彼女の心には、ガイヤの世界の言葉が細くとも、しっかり根を張り、育っていた。


「なら良かった」

 ふぅ、と息を吐きながら伊織の前まで移動し、ジェイドは側にあった椅子を引き寄せ腰かけた。


 手が届く所にジェイドがいると思うだけで、伊織は心臓の音がバクバクと速くなっていく。

(本当に、夢じゃない……)

 思わず掛け布団をぎゅっと握ってしまう。ジェイドはそれを不安や緊張している為だと思い、極力怯えさせないよう気を付けながらゆっくりと話しかけた。


「俺の名前はジェイドだ。ジェイド。後ろはルクス。あんたは?」


(ジェイドさん……って言うんだ)

 夢で何度も見ていたが、いつも彼が周りに指示を出したり、悪人と戦っている光景ばかり。誰も彼の名を呼ぶ所を見た事がなかったので、伊織はジェイドの名前を今まで知らなかった。



「伊織……」



 小さい声だったが、名を名乗る事が出来た。

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