第10話 事情聴取

 ※ ここからは、伊織いおりの表記をイオリに変更します。



「イオリか。年齢は?」

「に、二十にじゅう……」

 言葉が通じると分かったので、早速、事情聴取が始まった。得体の知れない人間を船に乗せたのだ。イオリの事を知る所から始まるのは当たり前。ルクスがふところからメモ帳を取り出し、書き込んでいく。

「一応聞くが、どこの国で生まれた?」


(えぇと、出身地を聞いてるのよね。正直に言って、大丈夫なのかな……)


 イオリが考え込んでいると、察したジェイドが付け加えた。

「隠す必要はない。あんたがこの世界とは別の所から来た事は知ってる。あんたが飛んで来た時、俺達は近くにいたんだ」

「えっ、ホントでし?」

 まだカタコトでしか、言葉が発せられないイオリ。聞くと話すは全くの別物。口がまだこの世界の言葉に慣れていないので、うまく話せないのだ。

「ああ。俺達は、イストゥル王国の国王軍に属する軍人だ。あんたが世界を渡って来た理由や、世界の動きを見極める為、保護した。今、質問しているのは、あんたを知る為だ。正直に話して欲しい」

 ジェイドは信用できる人物だと知っているイオリは、しっかりとうなずき、口を開いた。


「私、ニホンで生まれた」

 ジェイドは、ふむ、と腕を組む。

「やはり知らないな。家族は?」

「父、母、お、弟……。ここ、私の他、来てない?」

「ん?」

 イオリの表情が変わった。焦りや心配、恐怖といった感情が出ている。

「家族、襲われた。みんな、見てない? ほんとに、私……一人?」

「襲われた――!?」

 思ってもいなかった言葉に、ジェイドとルクスは顔を見合わせた。そしてすぐにイオリの方へ向き直る。

「俺達は、あんた以外の異世界人を見ていない。あんたが到着したほこらにしばらくいたが、他に誰も降りて来なかった。星でも落ちて来たかと思うくらいの光と衝撃だったから、二度目があれば、すぐに分かる」

 ジェイドがしっかりと説明する。イオリは、彼が嘘をついているとも思えないので、体の奥が冷たくなるのを感じた。

「そんな……」

 イオリの瞳が揺れる。

『お父さん、お母さん、真博まさひろ……』

 日本語で呟いたので、ジェイド達には理解できなかったが、家族を呼んだのだろうと思い当たるのは簡単だった。イオリはうつむき、布団をぎゅっと握る手は震えていた。


「イオリ」


「……」

 ジェイドが静かにイオリの名を呼ぶ。それはとても優しくイオリの耳に響いた。視線を上げると、ジェイドの視線と合わさる。どきり、と今度は心臓が痛くなった。

「辛い気持ちは分かるが、イオリの家族が襲われた時の事が聞きたい。どんな奴だったか覚えてるか? 一人か、複数かも分かる範囲で良い。小さい事でも、何でも良い」


 あの時の記憶を辿る。家を壊して入って来て、遠慮もなく、手加減もなく、鉄バットを振り上げて来た。自分達を守る為に、父親が盾になってくれた。そんな父親を、あの男達は容赦なく傷付けたのだ。

 イオリはぞくりと身震いをする。思い出すだけで震えてしまう。


「あいつら……、いきなり来た……」

「“あいつら”? 複数いたのか。人数は?」

 ジェイドの問いかけに、イオリは首を横に振った。

「二人くらい見えた。でも、はっきり分からない」

「そうか。続けてくれ」


 それから、たどたどしいながらもイオリは襲撃を受けた時の事を話した。必死に言葉を探し、彼らに伝える。黒いマントにフードをかぶった人物で、顔は見えなかった事。胸に拳くらいの石が付いていた事も話した。全てを理解してもらうのは難しいかもしれない。だが、ジェイドもルクスも、イオリの話に口を挟まずじっと耳を傾け、真剣に聞いてくれた。


「母、狙いは私、言ってた。私だけ逃がした」

「!」

 ジェイドの方眉がぴくりと動く。

「外出た。風が体、上げて、お先まっくら」

「……」

 ルクスの口元が少し緩んでいる。

「まぁ、何を言いたいのか、分かるけどね」

 ペンをサラサラ動かし続けた。

「で、今にいたるというわけか」

 ジェイドの言葉に、イオリが頷いた。ジェイドは腕を組んだまま、椅子の背もたれに体重をかけ、うーんと天井をあおぐ。眉間に皺が刻まれている。

「そうか……そんな事が……」

 そう呟くと、イオリの顔を再び見た。

「イオリ、よく話してくれた。感謝する」

「……はひ」

 礼を言われると思っていなかったイオリは、少し照れくさくなった。

「あんたが持ってた荷物は、机の上に置いてあるが」

「えっ!」

 見覚えのある紙袋が置いてあった。がばりと急いで手に取り中を見た。家族と親友からもらった誕生日のプレゼント。そしてスマホと読みかけの本が入っている。

「部下には触らないよう注意したが、失くした物はないか?」

「ない、でし。あがと、ござまし」

 ぺこりと頭を下げる。その頭に温かい何かが乗った。ジェイドの手だと気付くまで、少し時間がかかってしまう。

「家族の事は心配だな。だが、とりあえず今は休め。ここは安全だ。食事はここへ持って来させる。あと一日は船に乗ってもらう事になるから、ここでの生活についても案内させよう」

「はひ……。あがと、でし」

 ジェイドはイオリの頭をぽんぽんとすると、立ち上がった。

「あまり思い詰めるなよ」

 それだけ言うと、ルクスとともない部屋を出て行った。



 イオリは閉じられた扉を見て、手元の紙袋を見た。皆が笑顔でプレゼントくれた時の事を思い出す。

『……皆……、無事なの……? 会いたいよぉ。家に帰りたい……。う……うぅ、ひっく……』

 ずっと我慢していた涙が止めどなく流れていく。家族の最後の記憶が、襲われた事だなんて悲惨すぎる。一瞬にして、家族の幸せを壊された。自分一人、生き別れた状態になるなんて、夢にも思わなかった。

 悲しくて、悔しくて、心配で、イオリの涙はしばらく止まらなかった。



 ジェイド、ルクス、見張りの四人は、イオリの泣き声を耳にした。ジェイドは何も言わず廊下を歩き出す。ルクスもそれに続いた。

「……そうだよな。世界を渡るって、今までの生活全てと別れるって事だもんな。あの子にも家族がいて、生活があった……。喜んで来るわけないな」

「ああ。イオリは被害者だ」

 ルクスの言葉にジェイドも頷く。話を聞く限り、幸せな家庭に無断で入り込み、全てを壊して傷付けたという黒いマントの襲撃者。そして、そんな運命を背負わせたガイヤにすら怒りを感じ、ジェイドは指令室に戻った。

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