第8話 尋問室にて

 船は、ジェイドが管轄かんかつするイストゥル王国東の海岸に位置する港町リオマスへ向け、白波を立てながら海原うなばらを進んでいた。一日半はかかる航路なので、帰りは焦らずのんびりだ。


 ジェイドは伊織いおりをセーニョ島から連れ出し、船のいている部屋のベッドに寝かせた。ドアの前に見張りを立てたので、目覚めたらすぐに連絡するよう指示してある。彼は船内の指令室から出て、廊下の壁にもたれかかり、腕組みをして外を眺めていた。

「ジェイド」

 ルクスがやって来て声をかける。ジェイドは目だけ動かして、親友を見た。

「島で聞いた事……。ガイヤの守り手って何だ? 聞かせてもらっても良いか?」

「……ああ。尋問室じんもんしつが空いてたな。そこで話そう」

 二人は歩き出した。




「俺は生まれる時、ガイヤの声を聞いたんだ」

「……」

「ほらみろ、信じてないだろ」

 普段は海で捕らえた容疑者の尋問をする小さな部屋。そこに置かれている小さな机をはさんで向かい合わせで座る。距離が近いので小声でもよく聞こえ、秘密の話をするのにもってこいな部屋だ。

 ルクスはジェイドの言葉に目が点、口が半開きになって呆れ顔になっている。

「じゃ、話は終わりだ」

「あああっ、ごめんて! ちゃんと真面目に聞くからっっ!!」

 立ち上がろうと腰を浮かせたジェイドを必死に止めるルクス。ジェイドは、ふぅ、と息を吐くと座り直した。

「ガイヤが本当に意思や不思議な力を持っていると知っている者や信じる者は、昔よりもだいぶ少ないと思う。ルクス、お前はガイヤの力を信じてなかったろ」

「う……」

「別に悪いわけじゃない。神や精霊に日々の平穏を願うよりも、自分の手で未来を切り開くようになっただけだ。文明も発達してきた。その結果だろう」

 ジェイドは腕組みをしながら、自分の考えを述べた。

「ガイヤは命を生み出す時、魂に役目を与えると巫女のばあさんが言ってたのを覚えてるか? 役目を自覚するのはまれだとな。その特殊な例が、あの島の連中であり、俺だ」

「それが、ガイヤの守り手って事か?」

 ルクスは眉を寄せながらも、理解しようと話をちゃんと聞いている。

「まぁ、そうだ。俺が受けた役目は、“異世界より流れ着くものを導け”」

「それ――!」

 ルクスは驚いていた。巫女の老婆が言っていた事と同じだったのだ。

「ああ。まさかと思ったぜ。本当に異世界からの流れ者と遭遇するとは思わなかった」

 ジェイドの眉間には深いしわが刻まれている。彼は自分の薄緑の髪の毛をガシガシとかきむしった。

「脅威ってのと戦う事になるのか? 普通に対処できる奴じゃないんだろ?」

「一応、修行ってのはしてきた。普通じゃない奴にも対応できると思う」

「修行って……。誰が師匠なんだ?」


「……木の柱」


「はい?」

 こればかりは、ちょっと理解できなかったルクス。聞き返した。

「木の柱の精霊だ。ガイヤの柱の一つ。木の属性の柱がイストゥルにあるだろうが」

「国王が直接管理してるっていう? 誰も近付けないようになってるんだろ!? 何がどうなって、そうなってんだぁ!?」

 ルクスはもう頭を抱えていた。理解の範疇はんちゅうを超えている。小さい部屋に大声が響く。ジェイドは目の前にいる、気の合う親友の反応をそのまま受け入れ、混乱している様子をしばし眺めていた。それから立ち上がる。

「これからどうなるかは、俺にも分からん。とりあえず今は、あの女がどういう人間か見極めるのが先だ」

 尋問室のドアノブをガチャリとひねった。ルクスもあわてて立ち上がり、ジェイドに続いて部屋を出る。

 ジェイドが向かっているのは、伊織が眠っている部屋の方向だ。

「あの子の様子を見に行くのか?」

「ああ」

「なぁ……、お前、あの子が危険だと判断すれば処分するって言ってたよな? 本当に、迷わず出来るのか?」

 ジェイドは、隣を歩くルクスを見て、はっきりと言った。

「ああ。俺の役目はガイヤを守る為に“導く”事だ。つぶされる前に、潰す。死に導いてやる事も、俺の役目になる」

「うわぁ、女でも容赦しないねぇ」


 その覚悟があるからこそ、自分達、下の者はこの男に着いて行けるのだ。上が迷っては、自分達も迷ってしまう。士気に関わる。ジェイドの迷いのない瞳は、ルクス達の道標みちしるべでもあるのだ。

 しかし、彼が間違った道に行きそうになった時は、全力で止めようとルクスは常に考えていた。ジェイドもそれを知っており、背中を預けている。彼らは信頼という絆があった。部下達もこの二人の下で働ける事に誇りを持っている。



 コツコツと、二人の足音が廊下に響く。伊織が眠る部屋が見えて来た。

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