22.遙輝の告白


「Hey。そんなに落ち込むな。結果的に渡さずに済んだのだろう? どうやって説得したのか気になるが、次の予定もあるし別の機会に教えてもらおう」

「次の予定って、来月は行事なんてありませんよ?」

「Say what? 打ち上げのことだ。さっさと生徒会室に戻るぞ」


 副会長に肩を組まれて生徒会室に戻ると、そこには反省会を終えた梨香さんもいた。


「根岸の財布は戻ってきたわよ。たんまり入っているから、これで打ち上げに行けるわ」

「え、今からですか?」


 僕の戸惑いをよそに室内は歓声に包まれ、学校近くの焼肉店に行くことが決定する。

 梨香さんも乗り気だし、立花姉妹にいたっては鞄を抱えていた。


「そうと決まれば急ぎましょう、他の部の人たちも使うかもしれませんよ!」

「その通り、私たちが先発して席を確保しておこう!」


 ビシッと敬礼して姉妹が駆け出していく。

 僕は密かに財布の中身を確認していたが、わびしいことに五人分の焼肉代を払えるほど現金はなかった。


「すみません、僕だけじゃ払えそうにないです」

「冗談に決まっているでしょ? ここは最年長者が一肌脱いでやろうじゃないの」

「いいんですか先輩、私も出しますよ?」

「そうです、副会長だけで負担なんてダメですよ」

「Oh。私はなんて幸せ者なんだ。こんなに優しい後輩に恵まれるなんて。お言葉にあまえるわけではないが、少し負担してくれると嬉しい……」


 わざとらしく目尻を拭う姿に苦笑いが出るも、正直なほうが気兼ねしなくていい。

 僕らは各々の財布の中身をふまえて食べ放題のランクを決めてから教室を出るのだった。

 昇降口で靴を履き替えている最中、梨香さんが僕のところまでやって来た。


「今日は凛ちゃんのお迎えは大丈夫なの?」

「義母さんも早めに帰宅するみたいなので平気ですよ」

「それならよかった。せっかくの機会なのに根岸くんがいないとつまらないし」

「ありがとうございます。僕も、皆や梨香さんと打ち上げができて幸せです」


 よく考えたら打ち上げなんてしたことがなかった。

 これまで部活に所属したことはなかったし、一緒に行事をやり遂げた友だちと食事に行けることが無性に嬉しかった。


「『幸せ』だなんて大袈裟だね?」


 梨香さんが吹きだし、僕もつられて笑ってしまう。


「ねぇ。私が点てたお茶、美味しかった? また味見してもらってもいいかな?」

「もちろんです。またご馳走になりたいくらいです」

「え、そんなによかったかな? あまり自信なかったんだけど……」

「あと、着物姿もとても似合っていましたよ。梨香さんが一番綺麗でした」


 梨香さんが頬を染めながら顔をそらした。

 外が夕日に染まりつつあるなか、彼女の顔も、いや、僕の顔も同じになっている。

 もっと自分の気持ちを伝えられる言葉はないのかと悩んでいると、賑やかな声が近づいてきた。

 この声は、軽音部員だ。女子たちが桑原の傷跡を揶揄している。


「梨香さん、隠れましょう!」


 僕は彼女の手を引き、下駄箱の陰に身を隠した。

 狭かったので吐息が混じり合うほどに密着することになり、少し顔を向ければ唇が触れてしまうほどの距離感だった。


「ごめんなさい、苦しいですよね?」

「ううん、平気よ」と、梨香さんが指を立てたので、僕も口を閉ざした。


 少し離れた処で桑原が会長に仕返しすると豪語していたが、泉にもうトラブルを起こすなと激怒されて肩を落としている様子だった。

 部員たちは別の店に打ち上げに行くらしく、僕らに気付くことなく昇降口を出て行くのだった。


「仕返し、されちゃうかな。当然だよね。私が暴力をふるったんだもん……」


 隣で不安げな声を出され、思わず彼女へ振り返っていた。


「そんなことはさせません、僕が必ず梨香さんを守ります……!」


 つい感情的になってしまい、梨香さんが驚いたように横目を向けてくる。


「だから安心して下さい、会長としての姿も素敵ですけど僕は梨香さんの笑顔が、梨香さんのことが好きなんです」

「根岸くん……」

「それを守る為なら、どんなことでもしますから」


 恥ずかしがることはない。

 これは偽らざる本心じゃないか。

 梨香さんはしばらく僕を見つめた後ゆっくりと目を閉じ「ありがとう」と僕の胸のなかに顔を埋めてきた。

 ここでハグしたかったけれど、残念ながら場所が狭くて無理だった。


「私も大好きだよ!」


 彼女は僕の胸で涙を拭っていたが、不意に顔を上げて意地の悪い笑みを浮かべた。


「でも、玄関で告白されるなんて、ちょっと変だね……」

「それについては、申し訳ないと思っています……」


 と、そこへ副会長の声が聞こえてきた。


「Hey。二人ともどこにいる? 早くしないと立花たちが先に始めてしまうぞ~~?」


 手を差し伸べると、彼女はゆっくりと握り返してくれた。

 汗ばんだ彼女の指が絡みついて鼓動がはやまる。恋人に触れられることが、その温もりを感じられることが、こんなにも嬉しいことだなんて、僕は知らなかった。


「行きましょうか?」と訊くと梨香さんが僕の肩に寄り添ってくる。そのまま副会長のもとへ行くと「そこまで進んでいたのか」と口笛を吹かれてしまった。



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