17.ラジオの収録
『時刻は六時をまわりました、イブニングライブのお時間です! 本日のゲストは、私立旭ヶ丘高校の生徒会役員のお二人で~~す!』
『立花鈴音です、よろしくお願いします!』
『生徒会長の九条梨香です。本日はよろしくお願いします』
『自己紹介ありがとうございます! 準備万端のお二人とエネルギー全開でお届けします! リスナーの皆さんからのファックスもお待ちしておりますのでどしどし送って下さいね!』
スタジオのブースでは鈴音と梨香さんがパーソナリティーと対面して座り、僕らは彼女たちの会話を隣室で聞いている。互いの部屋は防音フィルムが挟まれたガラスで仕切られているが、音声はスピーカー越しに聞こえるのだ。
これは、生放送だ。
放送日に合わせる為、僕らは番組へ生出演しているのだ。
マイクの数が限られているのでブースに入れるのは二人だけだが、収録を見られるのは新鮮だった。
「Great、いい調子。やっぱりこの人選でよかったみたいね」
「はい。鈴音(アイツ)が空回りしないか心配でしたけど、会長がいるので安心です」
欠伸しながら美音が言う。昨晩は早口言葉の練習に付き合わされたらしい。
寝不足の彼女を気遣うと、逆に傷のことを訊かれた。
「ラジオ局の人もお前の怪我を心配してたぞ」
「平気です。もう包帯もとれましたから」
僕の怪我は治り、桑原から梨香さんへの謝罪――当人は不本意そうだったが――もあったので、あの日に関する事案はおわっていた。
最後の問題である泉からの請求についても、当人の納得に成功している。
もっとも、それには僕から‘代償’を払うことになったけれど。
『本日はお忙しいなかありがとうございました! 建学祭は明日の土曜日、午前十時から開催されます、ぜひ皆さんお越し下さい!』
特集が終わり、音楽がかけている間に梨香さんたちがブースから出てきた。
「お前たち、放送は終わったのか?」
一段落していた僕らのもとに生徒指導の先生がやって来た。
出演を許可してもらった僕らは、先生たちの車で送迎してもらっていたのだ。
ラジオ局を辞去すると、外は真っ暗になっていた。
商業地域に建っている為か、辺りは雑踏にまみれ、たくさんのネオンが瞬いている。僕らの暮らす近辺とは別世界のようだった。
駐車場に行くと二台の車が停まっていた。
帰宅方向で分乗することになり、僕は梨香さんと同乗することになった。
「いろいろと大変だったな。理事長によると、九条は桑原から暴力を受けたようじゃないか」
「いえ、暴力というほどのことでは……」
「遠慮する必要はない。なにかあったら先生たちに相談しろ。理事長もご立腹だったから」
平時はともかく、今は理事長の性癖が頼もしかった。
不意に、僕のスマホから着信音がなった。
父さんからの電話だった。
「すみません、電話に出てもよろしいでしょうか?」
僕は許可をとって電話に出た。
『もしもし遙輝? ネットで放送を聞いたが、お前は出演できなかったのか? なるほど、人数が限られていたのか。それは残念だったな』
僕が出演することは義母さんを通じて知っていたらしい。
それからお互いの近況をある程度話すと、話題は実母さんのことに移っていた。
『そろそろ実母さんの命日だ。一緒に墓参りに行けそうか?』
「うん。あと、そろそろ‘あれ’をどうするか決められそうだよ」
僕は周りに聞こえないよう、声量を落とした。
『‘誕生日プレゼント’のことは気にしなくていい。実母さんだって本気じゃないだろうし』
「でも、約束は守らなくちゃ」
『そうか……。まぁ、まだ日はあるからゆっくり考えればいい』
電話を終えると、いつの間にか車窓の景色が見慣れた町並みになっていた。
「先生、家はもうすぐなのでここまでで大丈夫です。道も狭くなってしまうので」
「そうか。根岸もこの近くだな。九条を家まで送れ。その後は寄り道をせずに帰れよ?」
僕らは車を降りて夜の通学路を歩き出す。
繁華街とはちがい、辺りにはとろけるような静けさに満ちている。
互いの靴音だけが響くなか「いよいよ本番だね」と、梨香さんが言った。
「ねぇ根岸くん。当日、私の練習に付き合ってくれないかな?」
「練習、ですか?」
梨香さんは茶道部としても活動をすることになっていた。
「茶屋を開くんだけど、私、上手にお茶を点てられる自信がなくて、よかったら根岸くんに味見をしてほしいんだ」
僕には茶道の知識はないけど、味見くらいはできるだろう。
「よかった。それじゃ、お昼から部室が空くからそこでお願いね?」
約束を交わしてから、彼女を家に送り届けた。
練習とはいえ、梨香さんと一緒に過ごせると想像しただけ期待に胸が膨らんでしまう。
気を緩めるわけにはいかないけれど、僕にだって当日を楽しむ時間はあってもいいだろう。
難題である軽音部からの請求についても解決している。これでもう、不安の種はなくなっているのだ。
「それにしても、あの程度の‘代償’で済んでよかったな……」
独り言を呟きながら、僕は泉と屋上で交わした約束を思い出していたのだった。
□■□■□
あの日の放課後。僕と泉は屋上で睨み合っていた。
アカウントの特定は効果がなく、僕はプランBに移るべく懐に手を伸ばしていた。
「会長の為ならどんなことでもするのね。やせ我慢せずに私と取引しない?」
「払えないなんて言っていませんよ?」
「嘘をつかなくていいわ。っていうか、そんな金額を持ち込んだら校則違反よ? 私の要求(はなし)さえ受けてくれれば、請求を部内で折半するようにできるわよ? どうせスタジオのレンタル代とかで集金しているし」
「そんなことができるのなら、どうして僕らに請求をしたんですか?」
「訊くのが癖だからよ。それにあなたと取引をする機会を作りたかったのもあるわ。げんに私が請求したことで、あなたはここに来てくれたでしょう? それも会長や後輩を庇ってたった一人で。私にとってはそれが好都合なの」
いったいどんな取引をもちかけるつもりだろう。
請求を撤回する条件となれば、それ相応の内容になるに違いない。
僕は固唾をのんで泉の言葉を待つのだった。
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