8話 茜色は導く、リーダーの色

「白居さんこれは何色をぬれば」

「そこは赤色で」

「この銀のキラキラついたのは、金色がいいですか」

「銀に対応するなら、黄色か橙がいいよ。金色の絵の具は黄土色にラメを混ぜた色だから、金色銀色って絵具の色はないの」

「へーだから先生が絵を描くとき金色は使うなって言ってたのか」


 大会の開催日がせまる中、陸上部のみんなとで空いている教室を借りて応援ボードの作成をしている。


 『完走 フレーフレー』『あかね ファイト』『ゴーゴー』と一着でゴールするよりがんばることを応援するメッセージが連なっている。


 そのメッセージのイメージに合うような色や、ボードの図案にどの色をぬるか指定するのが私の役割だ。

 部長の言う通り私自身はほとんど動かないで、何をぬればいいかのアドバイスをするだけ。これは灰原先輩がみんなを上手くまとめているおかげでもあるんだけど。

 それでも慣れないから、頭が疲れちゃう。だめだめ、私もがんばらないと。


「白居さん、少し休けいを。ドリンクをお持ちしました」

「いえ、私ぜんぜん動いてないのに休むなんて」

「何を言います。脳を動かせば自然と体も疲れが溜まります。適度な休息は大事です」

「そうそう。うちの顧問も練習中ずっとストップウォッチしか見てないけど、休息する時毎回ドリンク一本飲むくらいだから、普通ですよ」

「そこよそ見せず集中。ミスしたら白居さんの手間が増えます」


 私の作業は指示を出す以外に、部員の人たちが下書きの枠からはみ出したのを修正するのも入ってる。しかも一人一人独自のボードを作るもので一つ終わったら、次は別の色をぬると色を変えるのが大変。

 それにほかの部員のを直している間は、自分の応援ボードが進まない。私も茜ちゃんが走っているところを応援したい。

 けど、まだ下書きのままなんだよね。ふちの装飾でごまかしているけど、文字がきたないし、下書きの絵が下手だし。あのポスターを見てきてくれた陸上部の人たちが見ている前だから、少しでもていねいに描かないと。


「もうすぐ完全下校になりますから今日はここまでにしましょう。大会は明後日の土曜日、できてない人は明日までに間に合わせるように」

「はーい。白居先輩お疲れさまでした」


 灰原先輩の合図に部員たちが一斉に私に頭を下げると、てきぱきと絵具や飾りを片付けに入った。

 うーん、下書きは何とか様になったけど結局色ぬりは明日になりそう。ぬる色は考えてあるし、放課後だけで間に合いそうかな。


 片づけを終えて灰原先輩と同じ方向の階段を降りていく。


「白居さんのおかげでだいぶ進めるようになりました。本当にありがとうございます」

「いえ、色の指定とか色を作ったりしかしていないのに」

「謙遜なさらず、できることを与えることこそ大事なのです。背筋を伸ばして」


 ポンっと背中を叩かれて、思わずピンッと背中をまっすぐにした。青山部長だと「それがあなたの持ち味よ」となでるような言葉をくれるけど、灰原先輩はまったく逆で応援してくれるから新鮮だ。


「それに自分の分もまだできてないし」

「では明日お手伝いいたしましょう。私のはすでに終わっておりますので。本番までに島波さんを驚かせましょう」


 この応援ボードづくりは、茜ちゃんのサプライズとして作っている。なので茜ちゃんにバレないよう放課後は顔を合わせないように授業が終わったらすぐ空き教室に向かっている。

 サプライズだと分かってても、友達に隠し事をしていると後ろめたく思っちゃうな。茜ちゃんあやしく思ってないかな。


 階段を下りていくと、掲示板の前に色部先輩が立って何かを見ていた。

 ……え、私のポスターを見てる?


「どうしました白居さん」

「ちょっと用事を思い出して。灰原先輩お先どうぞ」

「ええ、ではまた明日」


 灰原先輩と別れ、掲示板の前にいる色部先輩に近づく。何をしているんだろう。なんで色部先輩が私のポスターを。もしかして……色虫が出たとか。体験入部した時も色虫を探していたし。色虫からしたらこんな目立つところにポスターがあったらエサがあるように見えるだろうし。


「あの色部先輩、色虫って殺虫剤効きますか? どの辺にまいておけば」

「ん? 白居さん。殺虫剤って何のことだ?」

「色虫がこの辺に潜んでいるんじゃあ」

「いや、白居さんのポスターがここにはられていたから。あの時はちゃんと見れてなかったらじっくりと見させてもらおうと。この辺りには色虫がいないようから安心してくれ」


 そうなんだよかった。二度も色虫にたかられたら心折れそう。


 改めて掲示板に貼られている自分のポスターに向き直ると、みんなに見られる場所に飾られてたら自分が見られているみたいで恥ずかしいな。今まで美術部内で見せるぐらいで、学校展示とかしたことなかった。でもこれのおかげで灰原先輩たちのお手伝いするきっかけができたけど。

 けど色部先輩はどう見えているんだろう。モノクロにしか見えていないはずだし。


「あの私の絵どうですか」

「いい絵だと思う。この目だと本当の色は見れないが、白居さんががんばって描いた気持ちが伝わってくる。この絵が守れて本当に良かった」


 安心してやわらかい表情を見せる色部先輩の横顔。

 でもこれの作成経緯を伝えないと、私の良心が痛んでしまう。


「その、この絵私一人で描いてないんです。下書きは青山部長のなんです」

「でも作者名には」


 色部先輩が指差したネームプレートには『作:白居みう』しか書かれてない。本当は下書きに青山部長の名前を入れる予定だったのだけど、部長が「構図とぬり作業は

白居さんがやったのだから、私の名前は入れなくていいわ」と辞退したため私の名前しか入れてない。

 ネームプレートを作った時、学校中に広まってしまうならとつけるのを止めようか最後まで思い悩んでいた。結局、色虫の騒動でネームプレートを置いて行ってしまい、そのままはられてしまった。


「部長に遅くまで手伝ってもらったのに、自分の名前だけ出しているのってずるいですよね」

「部長が言っていたこと覚えてるか。「ぬるだけでも個性が出る。美術の自由さだ」おれははっきりと色は見えてないが、このポスターを作るように頼まれたのは白居さんの色ぬりの才能を見込んでのもののはず。だから部長は白居さんの名前だけ書くように勧めたんじゃないか」


 私の才能。それしかできないから言われるがままにやっただけだと思っていた。でも部長も灰原先輩もそして色部先輩もみんな私の色ぬりを才能だと認識している。

 だとしたら、じゃなくということなのかな。


「絵というのはすごいよな。線画、色、構図。何か一つだけでもすべて合わさってもひきつけられる力がある。おれも絵を好きになったきっかけがぬりえだった」

「色は見えていたのですか?」

「小さい頃はまだ色は見えててな。だが将来的に色が見えなくなると宣告されてはいた。その時おれのそばにいてくれたお姉さんが色の種類をぬりえで教えてくれたから、ある程度は色の想像ができる。あの人のおかげで、色や絵のことが分かるようになった。きっとこの絵はこんな感じの色で、その人がこの配色で描いたんだなって。家業としてもだが、人の努力のかたまりである絵を壊させないようにしたい。おれに色のことを教えてくれたお姉さんの恩返しでもある」


 私の描いたポスターをまっすぐ見つめる色部先輩の目は力強く、本当に絵を愛してくれる気持ちが伝わってくる。安易に手伝おうって名乗り出たの、色部先輩の誓いに傷をつけるような真似をしてしまったかもしれない。


「色虫の退治、簡単にお手伝いできるものだと思っていたんですけど、先輩の大事な仕事のじゃまをしたらダメですよね。それに私体力がぜんぜんないから、足手まといになるだけだと思いますし」

「……携帯のコードスキャンを出してくれるか」

「え?」


 言われるがまま携帯を出すと、先輩の携帯に表示されたQRコードが読み取られ友達登録の画面が出てきた。

 も、もしかして、先輩と友達登録しちゃった!? 家族と青山部長と茜ちゃんしか入ってないのに。それも男の子は初めてなのに。ドキドキと胸が高鳴る。けど息苦しいという感じはなく、むしろもっと続いてほしい気分。登録ボタンをタップして携帯の画面を見ると『レインボー工房公式』と虹の絵が描かれたチャットが出ていた。


「もし色虫が見かけたらうちの工房の公式チャットがあるからそこに連絡してくれ。それぞれの相談に対して担当する人が違うが、色虫なら場所さえ指定してくれたらおれが駆けつける」

「あ、はい」


 あ、ああそっちなんだ。なんか……残念。


「じゃあ登録した記念に色虫が近寄らなくなる防虫剤を教えてあげる。すりおろしたニンニクを絵の周りにまいておけば一番効く」


 ニンニク。このポスターに吹きかけたら、ニンニク臭くて色虫だけじゃなく人まで寄ってこられなくなりそう。


***


 ランドセルを背負って校舎を出ると、グラウンドでは茜ちゃんが一人コースを走っていた。

 応援ボードを作っていた部員は全体の半分で、残りの他の部員たちもいたはずだけどみんな帰ってしまったらしい。

 でもそろそろ完全下校の時間になるし、

手を振って呼んでみる。けど走ってるのに集中しているのか、気づいてくれない。

 普通に声かけても聞こえないかも。だったらと、大きく息を吸って肺に空気を溜める。


「茜ちゃん! もう帰らないと!」


 今まで出したことのない大声がグラウンドに響く。今までこんな大声使ったことがないからか、私の息は上がりぜーぜーと声がガラガラになった。相変わらず弱すぎ私の体。

 (私にとって)必死の呼びかけに茜ちゃんはやっと気づき足を止めた。


「ごめんごめん。走るのに集中しすぎて気づかなかった。って私より息上がってない?」

「だ、大丈夫」


 何周も走ってしんどいはずの茜ちゃんに心配されるなんて本末転倒だよ。


「もう完全下校だよ。そろそろ帰らないと」

「もうそんな時間か。なんか集中していたら時間とか気にしなくってさ。大会の時間までもこれぐらいすっ飛ばしてくれたらいいのに」


 そんな都合よくいかないよ。けど、その感覚は私にもある。色をぬるときどんな色がいいか考えているとあっという間に時間が経ってしまう。茜ちゃんも私も同じラインに立っていたんだ。


「でもあんまり無茶しちゃだめだよ。けがせずゴールして」

「やだよ。絶対一番にゴールしてテープ切るって部員のみんなに宣言しちゃったもの」

「でもみんなも一着より完走することを大事にしているし」

「みんな?」


 危ない、うっかり応援ボードのことを言いそうになった。

 事前に茜ちゃんが一着でゴールすることは聞いていた。けど部員のみんなは「島波さんは気負い過ぎなのです。大会に出るからには結果を思って。ですが、大会に出られること自体光栄なのですから彼女自身大会を楽しんでほしいと、このメッセージにしたのです」と思いを込めていた。

 せめてその想いだけで伝えたい。


「部員のみんなが応援している手前で、倒れたらせっかくの大会が台無しになると思うし」

「ああ。そういうことか。心配してくれてありがとうねみう。じゃあ明後日楽しみにしててね」

「うん。大会がんばってね」


 私も明日完成させなくちゃ。


***


 次の日。いよいよ応援ボードを仕上げる最後の日。みんなできていたし、最後に枠からはみ出してないかチェックするぐらいだろうから、自分の応援ボードを早く完成させないと。

 終わりの会を終えてまっすぐ、陸上部の人たちが集まってる二階の空き教室に入る。ところが部員の人たちは誰一人も筆を動かしてなく、応援ボードの前でふさぎこんでいた。


「あのどうされましたか」

「白居さん。みんなが作っていた応援ボードが誰かのイタズラで」

「色が全部消されちゃってたの」


 三年生の男の子がくちびるを噛みしめながら応援ボードを私に見せると、そこにはまるでなめとったように絵の具をぬった箇所が抜け落ち、下地にしていた段ボールの色になっていた。


 この現象、まさか色虫が発生している!?

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