第20話

 冬が本格的になる前に、城で舞踏会があるという知らせが届いた。私は相変わらず編み物をして過ごし、コスタス様は冬本番になる前にと治水工事に奔走していたけれど、王の招聘となれば出ない訳には行かない。相変わらず大奥様のドレスを手直ししたもので済ませたけれど、身体のラインの出方が今風なので気にならない程度だった。夜会服とはちょっと違うから、ドレスとしては丁度良い。

 コスタス様は少し背が伸びて、私より目線が上になっていた。最近は仕事ばかりで食事とお茶の時間ぐらいしか顔を合わせなかったから、意外な成長にお互い驚いてみたりした。くふくふ笑う馬車の中、私は相変わらず編み物をしている。


「次は何を作っているんだい? サーニャ」

「アリサさんに手袋を作る約束をしているので、それです。ミトン型なら簡単に出来るから、お手本も兼ねて私が編んでいます」

「サーニャは何でも出来るねえ。まるで魔法使いだ」

「そんな事はありません。知らない事ばかりだし、分からない事だらけです」


 まだ日は高いけれど、さっさと城に着かなきゃならないし、このぐらいからの出発が丁度良いんだろう。ドレスは持ち込みだから着替える時間も考えると手早く部屋を確保しておかなくちゃならない。お父様たちも来るのだろうか、思うとちょっと憂鬱な気分だけれど、多分向こうから無視してくれるだろう。そう思うと良かったような寂しいような微妙な心地だ。

 最近の噂ではあまり良くないようだよ、と遠慮気味にコスタス様は教えてくれたけれど、私に出来る事は何も無い。事にしておかなくてはならない。それに勘当されているのだから何をする義理もない。大奥様のドレスも腰の辺りは直しが要らないほどに肉がついた。メイドさん達は健康的になったと言ってくれている。領地に来た時は青白い顔の不健康な娘だと自覚があったので、毎日規則的な生活をしていると肉も付くのだろう。


 最近はコックさんに砂糖細工を習ってお茶の時間に出したりもする。邪魔じゃないかと伺ったら、とんでもない、とにこにこ笑われた。メニューを考えるのが楽になって丁度良いぐらいですよ、なんて言われて、笑ってしまったり。たまに庭に出ると季節の花が裏庭を埋め尽くしていて、驚いたり。やっぱり大奥様の趣味だったのを、今は庭師が引き継いでいるのだと言う。

 あとアリサさんは町で買ったジャンクなお菓子を結構良く食べた。貴族の館ではお抱えのコックさんが上品なものを作るのが恒常なので、逆に珍しかったらしい。ちなみにウィスキーボンボンでは倒れず、美味しいね! と酒豪の気配を見せていた。強い。コスタス様は誰の遺伝なんだろう。子爵様は父方の伯父であると聞いた事があるから、侯爵家から嫁いできた大奥様の血だろうか。破天荒は継がなかったけれど体質は継いでしまったのか。でもなら妖精も見えるはず。


 私の周りには常に妖精が群れている。それはあの図書室からついて来たものだったり、魔力を求める野良妖精だったりする。でもコスタス様はそれには気付いていないようだった。今日も膝に掛けられた編み物だって火の妖精が緩く宿っている。でも気付かない。あるいは、振りをしている。

 振りはないかな。コスタス様は妖精を嫌っている。排除するなら図書館の本を焼き払ってしまえば良いだけのことだ。他にも水晶の髪飾りや金の櫛、アメジストの指輪なんかの魔力増幅道具があったけれど、それらも埃を被っていた。ちなみに水晶の髪飾りは今私の髪を飾っている。野良妖精避けだ。いちいち魔力を与えていたら私も早死にしてしまう。


 死にたくはない、と思う。でもそれがコスタス様の為になるのならそれはむしろ喜ぶべきことだ。でも陥れられるのは嫌だな。お父様。きっと何か気に食わないことが男爵家で起こったら、容赦なく追い立てて来るだろう。それこそ、私が魔女の血筋だとばらすかもしれない。自分はあくまで養父として、義理の父として立ち回って。それでコスタス様たちに迷惑を掛けるのは嫌だな。

 思いながら隣を見ると、いつのまにかコスタス様はすぅすぅと寝息を立てて窓に寄りかかり眠っていた。くす、と思わず息を漏らしてしまう。ああ、幸せだなあ。自分の傍でこんなにも気を許してくれる人がいる。

 悪いようにはしないから。あの言葉にはいまだ嘘はなく、コスタス様は相変わらず私に触れる時は可不可を問うてくれる。例えば髪が乱れていた時。例えば食事が口の端に付いていた時。私の粗相を嗜めることはなく、ただ笑って諭してくれる。そうされると次はしない。子供じゃないから。子供の頃はどうしていたっけ。何か粗相があるたびに殴られていた気がする。


 それも遠い昔話だ、今となっては。お風呂で自分の身体を見ても痣は薄れている。いつか完全に無くなるだろう。出来れば同衾するのはそうなってからの方が良いけれど、どっちにしたって今はお仕事が忙しい時期だ。そんな暇はあるまい。私が時々地下の図書室で妖精と遊んでいる時も、やって来たことはない。夜は早めにぐっすり眠って、ランプの油を節約する。朝は早く起きて、紅茶で身体を温めてから一仕事。朝食が過ぎたらちょっとお散歩をして、またお仕事。

 貴族だって暇じゃない。子女ともなれば適齢期の婚姻相手を探すのが仕事代わりだろう。結婚したら、大奥様も大旦那様の仕事を手伝っていたと言う。大したことはなかったとコスタス様は言っていたけれど、私もそろそろそう言った政治に関わって行かなきゃな。編み物ばかりしている訳にも行かない。でも週に一度、アリサさんと遊ぶ時間ぐらいは保って行きたいな。


 思いながら私も編み棒をバッグにしまって、うとうとと目を閉じる。

 城はまだまだ遠い。眼も疲れて来たし、私も少し、休むことにしよう。

 良い夢が見られると良いんだけど。ドアに寄りかかって、私も夢の世界に入った。

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