第21話

 舞踏会は立食形式の晩餐を伴って始まった。気温はこちらの方が温かいので、薄手の絹のドレスは丁度良かった。コスタス様にちょっと待っていておくれ、と言われ、私は早速壁の花に徹する。あちこちに挨拶に出るのは大変だろう。しかも男爵家は小さいから、コネが必要だ。その点何にもならない勘当された身の私としては、ちょっと申し訳なくもなる。

 いつか捨てられちゃうかなあ、と思っても、まあ生きていくことは出来るだろう。妖精たちの力を借りて、本格的に魔女としてだけど。やっぱり向こうでも差別はあるのかなあ。王都でもそこそこあったし。もっとも利用しようと近付く人間が多い程度の畏怖だったけれど。でも長生きしたいから肉体労働をしよう。うん、と思っていると、赤いドレスに金髪を結い上げたアリサさんが目に入る。向こうもそうだったようで、とてちたた、とこっちに走って来た。


「サーニャお姉ちゃん!」

「アリサさん。可愛らしいドレス姿ですね」

「えへへ、この日の為に仕立てて貰ったのー! サーニャお姉ちゃんのも綺麗だね!」

「私のは大奥様の仕立て直しですけれどね。ありがとうございます」

「手袋持って来てくれた!?」

「はい、馬車の中で片方作って来ましたよ」

「それに合わせてもう一つ編むね! えへへー、ありがとうお姉ちゃん!」


 子供の高い声も響かない広いホールで、私は曖昧にほほ笑む。そんな風に言われたら照れてしまうじゃないか、なんて。毛糸玉はもう渡してあるから、もしかしたら今日にも編み始めるかもしれない。子供の興味には置いて行かれそうになる。私も早く新しい編み方を覚えなくちゃ。ちょっと上級の本もコスタス様の書斎にあったから、それに手を着けなくては。

 アリサさんは子爵様と一緒に挨拶回りに出かける。子爵もそう大貴族じゃないから、根回しが大変そうだ。奥方は体調が優れず欠席らしい。寂しい思いをしているのかな、やっぱり。私には分からない感覚だけど。


 きょろ、と首を回して探すのは父の姿だ。多分人混みに囲まれているだろう。案の定、ゴマ擦りに来たたくさんの貴族に囲まれていた。その中にコスタス様がいなくて、ちょっと首を傾げてしまう。後で、って事なのかな、混み合っているし。ジュースのグラスを取ってちびちびと飲む。手洗いに行くのにドレスは大変だから、飲み過ぎないようにしよう。

 軽食でも取ってこようかな、思ったところでコスタス様が戻って来て、銀の皿に少しずつ色んな料理が乗せられたのを差し出してくれる。


「待たせてしまったね、サーニャ。他にも甘味なんかがあるから欲しいものは取っておいで。ソファーは僕が座っておくから。……正直あちこち行って足が疲れた」


 へら、と苦笑して見せる顔が可愛くて、私も笑ってしまう。とりあえずパスタから。蝶の形をしたファルファッレは、芽キャベツとレモンで味付けされていた。美味しい。思わず頬を緩めると、コスタス様は自分のお皿のそれにも手を付けた。リュミエール領は王国でも小麦の一大産地だ。パスタの味も向こうの方が美味しい、のは不敬だから秘密。

 うん、と頷いて、コスタス様は私の方を向く。


「今度コックに作って貰ってみよう。多分うちの方が」


 上手くできる、と言う言葉を省略するのに、そうですね、と私も笑ってしまう。のんびりカウチソファーでくつろいでいると、王様が側近と何か話しているのが目に入った。階段で上の方にある王座はごてごてしくて、上り下りが面倒そうだ。もっとも王専用のドアは椅子の後ろにある。下々に降りてこないのだ、王様と言うのは。多分。

 彼が立ち上がる気配に場が一気にシンとなる。アリサさんも父親の陰に隠れたぐらいだ。やっぱり王様は威厳があるのだろうな、と初老の王を見上げる。隣には王妃様と、王子様だ。王子様は三十半ば、お嫁さんはまだいない。


「先日よりリュミエール領から治水工事の案件が出され、受理されている」


 思わぬ名前の登場に私はひゅっと息を飲んでしまう。


「この工事が終われば、夏に南で作物の為の水が確保できなかった問題も解決するだろう」


 そんな問題あったのか。実家では毎日が食うや食わずだったから知らなかった。


「幸いリュミエール男爵の母は侯爵家の出である。そして侯爵家には跡取りとなる者がいない。この功績を称え、リュミエール家を侯爵に任命したいと考えている」


 えぇ?


「異のある者はここで申し立てよ。でなければ沈黙を持って決定とする」


 男爵から侯爵? ちょっと飛びすぎじゃない? ひそひそと声が聞こえて、ちらちらと見られるのはコスタス様だ。彼は背を伸ばしてソファーに腰掛け、王様の方を見ている。


 亡くなってもなお男爵家に恩恵を与えるとか、凄いな大奥様は。私が死んでも伯爵家は繋がりを絶ったことになっているから、こんなことは出来ないだろう。つくづく自分の役の立たなさに恥じ入るばかりだ。と、お父様の方を見てみる。

 さっきまでちやほやされてご機嫌だった顔が、曇っていた。

 一気に頭を飛び抜けられたのだ、その屈辱感は計り知れないだろう。それに子爵クラスの貴族たちも良い顔はしていなかった。アリサさんのお父上は、と見れば、穏やかな顔をしている。良かった、彼にまで見放されたら立つ瀬がない。ただの成金になってしまう。


 パンパン、と家令が手を叩いて場を静める。ひそひそ話は終わって、誰も異を唱えなかった。治水工事は確かに他領にも恩恵をもたらすから、良い反論が出来ないのだろう。父も顔を赤くしてふるふると手に持ったシャンパングラスを揺らせている。くふくふ笑っているのは私の生い立ちを知っている妖精たちだ。こら、おやめ。水晶の髪飾りの中に帰って行く彼らは、それでも楽し気で。

 まさか王様に何か暗示を掛けたんじゃないだろうな、この子たちは。ありえなくはないから心配だ。


「コンスタンティン・ド・リュミエール」

「はい」


 呼ばれて旦那様はまだ成長途中の背中を、それでもしっかりと支えてみせる。

 王座の前に跪き、頭を下げる。


「汝をアルジャータ王国侯爵として、任命する」

「拝領いたします、陛下」


 ぱちぱちと手を打ったのは、アリサさんのお父様だった。それからぽつぽつと増え、やがて大拍手になる。私も拍手した。旦那様がこんなにも出世してしまっては私も仕事を手伝い始めないと、と思いつつ、心はそんな事そっちのけでただ嬉しさが舞い上がるばかりだった。

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