第8話 妻、由里との出会い

俺は、佐藤卓也さとうたくや由里ゆりと出会ってから、色んな事があった。由里ゆりとは友人の紹介で出会い、一目で惚れた。タイプだった。趣味、性格も自分に合っていて、すぐに結婚を申し込んだ。返事はOKだった。その後、娘の彩由佳あゆかも生まれ、順風満帆だった。だが、あの事件があり、人生は一気に変わった。


妻の目が見えなくなったのだ。


妻からは、離婚して欲しいと言われたが、俺は拒否したし、娘も嫌だと言った。システムエンジニアとして働いていたが、自宅で仕事が出来る様に会社を変え、妻を一生支える覚悟は決まった。


それから、妻が自宅に戻って数年経ち、一匹の野良猫が家に迷い込んできた。その猫は妻に懐いていた。妻も、その猫と居ると、穏やかな表情を見せた。その猫を文太ぶんたと名付けた。ただ、文太ぶんたは家に住む猫ではなかったので、ある日、何処かへ行き、家には戻ってこなかった。野良猫であり、何処へ行くにも自由だ。


まぁ、時より、ふらっとうちへ来ては、ご飯を食べていくが。

妻は、そんな文太ぶんたが来る日を楽しみにしていた。


それは暑い夏の日だった。由里ゆりが「庭の方で猫が鳴いている」と自分に言った。しかも、それは文太ぶんたの声じゃないと。由里ゆりは目が見えなくなってから、聴力がどんどん良くなっている様だった。

庭を見ると、傷だらけで身体が細くなった子猫が蹲っていた。一目見て、もう無理だろうと思ったが、妻から「助けて欲しい」と言われ、動物病院に連れて行った。何とか、命を取り留め、家で飼う事になった。信雄のぶおと名付け、可愛がったが、由里ゆり以外には、懐かなかった。


文太ぶんたの様に、家から出ていくんだろうと感じた。


文太ぶんたは、家に来ると、よく信雄のぶおとケンカをしていた。いや、ケンカの仕方を教えてる様だったかも知れない。一年ほど経ち、傷も癒えて身体も大きくなると、文太ぶんた時と同じ様に、外に出て戻らなかった。


信雄のぶおも、家に住む猫じゃないのだろう。文太ぶんたと同様に、たまにうちへ来て、ご飯を食べて行く様になった。


妻は二匹の猫が来るのを、楽しみにしていた。


朝、起きると、妻に言われ、庭を見た。文太ぶんた信雄のぶおが居た。しかも、傷だらけだった。また、ケンカしたんだと思った。


こいつらは懲りないな。


猫用の傷薬があり、ペット用のウェットシートで身体を拭いてから、薬を塗る。その準備をする前に、猫用の餌を出す必要があるなと思い、取りに行った。その準備をしている間、由里ゆりは、庭が見える椅子へ手探りでやってきていた。

「餌あった?」

「大丈夫、まだあるよ。・・・由里ゆり、身体ぶつけてない?」

「うん、大丈夫。」

餌の入った皿を庭に置くと、二匹はがっついた。

「今日は、二匹で来たんだね。」

「ああ。今日は、仲良く傷だらけだな。」

「またぁ、怪我ばっかり。」

「薬、用意してくるから。」

そう言って、薬の準備を始める。


ふと、座っている由里ゆりを見ると、笑顔だった。なるべく、こんな顔をして過ごしてもらいたいものだ。

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