第4話 藤原道長、男二人と出会う。

午二刻(午前11時半頃)、藤原氏が実質的な政務を行う紫宸殿ししんでんから一人の男が出てきた。

身長175センチと平安時代としてはかなり長身の男であり、歩き方も堂々としている。

容貌も凛々しいながら知的な雰囲気を漂わせたイケメンであった。


彼こそは藤原北家・藤原兼家の五男、藤原道長。

数ある藤原氏の中でも、もっとも権力を持ち、もっとも繁栄させた男とも言える。

『この世をば わが世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば』という歌を残した事で有名だ。

現代風に言うと

「この世の中は、俺のためにあるんだYO。満月なみに、俺様には欠ける部分は何一つないんだぜベイビー」

と言った感じだ。

かなり傲慢で自信過剰の男だ。


彼が色鮮やかな狩衣を着て闊歩する姿は、多くの宮女の憧れでもある。

そして道長は型破りな性格でもあった。

内裏の中であるにも関わらず、既にしゃくはブラブラと右手に下げていた。

道長が退屈そうにアクビをした所だ。


「「道長殿!」」


同時にそう声をかけてきたのは二人の男、藤原式家の藤原極麻呂と源元春だ。


「お~、極麻呂殿に元春殿か。どうなされた?」


振り返った道長は爽やかな笑顔で返事を返す。

追いかけてきた二人はまるで息切れするかのように、両手を膝において荒い呼吸をした。


「どうしたもこうしたもない。道長殿が言った通りに昨夜、清少納言殿に夜這いをかけたら……」


この男・藤原極麻呂は今朝まで清少納言の部屋に居た男だ。


「極楽を見られたであろう」


道長が楽しそうに言う。

だが極麻呂は首を左右にした。


「確かに、最初の二回までは天国を見た。だが三回目は苦役、その後は地獄だ。まさに精を吸い尽くさんとばかりに……」


げんなりとした様子で言う極麻呂に、道長は「ククク」と含み笑いを漏らす。


「で、元春殿は?」


源元春も屈強な体格の男だったが、やはり精魂尽き果てた様子で腰に手を当てている。


「私もだ。道長殿に教えられた通り、紫式部殿に言い寄った。私はアノ手の醜女しこめが好みなのでな」


ここで元春は紫式部を『醜女』と言ったが、西暦2000年風に言えば十分に美人に入る容貌だ。

この当時は、『色黒、クセッ毛、丸顔系の目鼻立ちがハッキリした女性』は『醜女』と判断されたのだ。

健康的な褐色の肌でスタイル抜群の巨乳であり、目鼻立ちのハッキリした紫式部は、現代ならグラビアモデルである。


「だが……」と元春は続けた。


「ともかく激しい。まるで暴れ馬に乗っているかのようだった。いや、後半は乗られてもいたんだが……ともかく腰が砕け散るかと思った。まだ腰が痛い……」


「武勇を誇る嵯峨源氏一門の、元春殿でもそうなのか」


道長は今度こそ我慢できずに、大声を出して笑った。

そんな彼を元春が信じられないような目で見る。


「あんな性豪の女と付き合えるなんて……道長殿の身体は鉄で出来ているのか? 熊の交合いでももっと穏やかだと思うぞ」


同じように極麻呂も言った。


「まったくだ。確かに清少納言殿は天女かと思う美しさだが、あの性欲の強さには恐れ入る。蛇淫の化身かと思うほどの性欲の強さだったぞ。アレと付き合えるなど、道長殿の精力は無限かと思う」


元春は首を左右に振った。


「しかも道長殿は、紫式部殿と清少納言殿の両方と付き合っているんだろう? 信じられない」


「だが二人とも、並の女では味わえない快楽を味わえただろう?」


道長がそう言うと、途端に二人の顔がだらけたように崩れる。


「ま、まぁ、もう一度あの極楽浄土を味わいたくないと言ったら、嘘になるが……」と極麻呂。


「私も……あの息も出来ない程の豊かな乳房に包まれるのは、滅多に味わえない感動だった……」と元春。


「そうだろう、そうだろう」


その二人の言葉を聞いて、道長は満足そうに首を縦に振った。


「彼女たちは性欲も強いが、愛も深い女だ。そして見た目はどちらも美しいと私は思っている。アレほどの女は日本はおろか、大陸にもそうはいないだろう。まさしく至上至高の女二人だ」


それに納得するように極麻呂が言った。


「確かにそう言えるだろうな。その上、清少納言殿は『平安一の才媛』と呼ばれる知性と才能の持ち主だ。彼女の歌、そして書き物など、どれも見事なものだ」


さらに元春が続く。


「そういう点では紫式部殿も同じだ。御所の女官たちが夢中になって読んでいる源氏物語。私は読んだ事はないが、素晴らしい話だと聞く。それほどの物語を書けるのだから、相当な才能ある女性である事は間違いない」


「うん、紫式部殿の源氏物語は本当に素晴らしい。空想の世界でありながら、まるで現実にあるかのようだ。私もファンの一人で、早く続きが読みたいと、会うたびに彼女に催促しているよ」


「道長殿でさえもか?」


元春は驚いたように言う。

そんな二人を道長は改めて見た。


「ところでどうだ、お二方。それほどの心地を味わったなら、また近い内に彼女たちに夜這いをかけてみては? 何なら今度は相手を変えてみてもいいぞ」


しかしそれを聞いた二人は即座に両手を振った。


「い、いや、私はもうけっこうだ。これ以上、清少納言殿の褥に入ったら、本当に天国に行かされそうだ」


「わ、私も。この腰ではしばらく蹴鞠も出来ない。大人しく謹慎してるよ。当分は女はもう御免だ」


そう言って二人はそそくさと立ち去って行った。

そんな彼らの後ろ姿を見ながら、道長はニヤニヤ笑いを浮かべ、笏でポンポンと自分の肩を叩いた。


「私にとって二人とも愛して止まない女たちだ。まぁ並の男じゃ彼女たちの相手は務まらないだろうけどな」


しかし急に彼は考え込むような姿勢を取った。


「とは言うものの……さすがにあの二人にも飽きてきたな。猪肉の料理は満足感があるが、毎日続くと胃もたれする。たまには鮎も食べたい所だ……」


道長は左側にある桜の木に背中を預けた。


「彼女たち二人の相手を他の男がしてくれれば、私はもっと四条小町や若狭の姫の所に行けるのだが……」


最近の道長のお気に入りは、四条小町というまだ十五歳の少女だった。

彼女は伝説的美人である小野小町の血筋の娘だ。

『四条大路に住む小野小町の再来』という事で『四条小町』と呼ばれていた。


『若狭の姫』とは「決して歳を取らない女性の一族」と呼ばれる家系の娘だった。

その昔、先祖が「人魚の肉を食べて、歳を取らなくなった」という言い伝えがある。

道長はたおやか四条小町の抱きしめると折れそうな腰や、若狭の姫の絶頂時の熱い吐息を思い出し、昼間であるにも関わらず血が滾るのを感じた。


「何か都合よく、あの二人を遠ざける方法はないだろうか?」


道長はそう独り言を呟いた。



●ちょっと説明

※1、内裏:皇居の事。御所とも言う。ただし政治も行っていた。

※2、紫宸殿ししんでん:内裏の中で政治を行っていた場所。実際の政務は内裏の外の朝堂院で行われたらしい。

※3,藤原北家:藤原四家の一つ。一番メジャーで摂関政治で権力を振るった藤原氏のほとんどがこの家系。

※4,藤原式家:藤原四家の一つ。そんなにメジャーじゃない藤原家。


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今回のウソ設定

※1、若い時の道長が内裏で重要な朝議に出席できたか不明です。道長の身長などの設定もウソです。

※2,藤原極麻呂と源元春なんて存在しません。筆者が適当に作った人物です。

※3,四条小町も存在しません。筆者が適当に作った人物です。

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