第3話 紫式部の場合

草木も眠る丑三刻……


「ひいぃ! もう勘弁してくれぇ~!」


藤原為時の屋敷の一角から、素っ裸の男が着物を抱えて飛び出してきた。


「ちょっと待ちなさいよ!」


部屋の中から女の声が聞こえる。

だが男は後ろも振り返らずに叫んだ。


「こんなに激しかったら、もう俺の腰が砕けちまう!」


男はそのままの姿で、門を飛び出して行く。

部屋の中では布団の上に、やはり真っ裸のまま胡坐と腕組みをした女が憮然としている。


顔は丸顔だが、目はパッチリと大きく、クッキリとした二重。

鼻も高く、唇も健康的な朱色だ。

肌は健康的な褐色で、髪の毛はゆるく全体的にウェーブが掛かっている。

これは生まれつきものもだ。

胸は両腕を組んでも収まらないほどの巨乳だ。


彼女はスックと立ち上がった。

胸だけではなく、腰も、太腿も見事に張っている。

官能的でエロチックな肢体を持つ褐色系美女だ。


彼女こそ、十八歳の時の紫式部。

本名は『藤原ふじわらの 香子かおるこ

身長はやはりこの時代としては高い155センチ。

彼女はその型崩れしない巨乳を震わせながら、男が開け放ったままの障子に手を掛けた。


「な~によ、ちょっと激しくしただけじゃない。そもそもセックスはスポーツだっての!」


彼女は不機嫌そうにそう言った後、顔をしかめて舌を「ベー」と突き出した。

成熟した肢体とはアンバランスに、その表情は可愛らしい。

紫式部は障子を閉めると布団に戻った。


「この時間からじゃ新しい男は呼べないし……しかたない、開諸門鼓かいしょもんこまで、ひと眠りするとするか」


そう独り言を言うと、素っ裸のまま布団に潜り込む。

そして五分と経たない内に、豪快なイビキを立てて眠りに入っていた。



そして陽も高くなりつつある辰三刻(午前八時頃)。

強く差し込む太陽光に、紫式部はやっと目を開いた。


(あちゃ~、寝すぎたか。もうこんなに陽が高いとは)


彼女は布団から上半身を起こすと、とりあえず日課である生まれ星の名前を七回唱える。

現代で言う下着に当たる、袴を履いて小袖に腕を通す。

その物音を聞きつけたか、侍女が朝食を持って現れた。

それを見て紫式部は目を輝かせた。


「おっ、今日の朝ご飯のおかずは、鳥のつくねに鮎の塩焼きにカブの煮物。それに干しアワビの汁物ね!」


「はい、鳥は紫式部様が大好きなヤマドリのつくねですよ。今朝早く、出入りの猟師が持って来たんです」


紫式部はさっそくお膳の上に料理を平らげ始めた。

高く盛り付けた白米を食べ、おかずを次々に口にする。

それを見た侍女が、半分呆れたように言った。


「紫式部様、よく早朝からそんなにガッツリ食事が出来ますね。普通は朝食は午一刻(午前11時頃)に取って、寝起き直後は粥程度の軽いものしか口にしないのに」


「そうかな? 朝ガッツリ食べるのが、健康には一番いいと思うんだけどね。うん、やっぱり肉は精がつくわね」


そう満足気にいいながら、ヤマドリのつくねを頬張った。


「それで、今日は御所の方に伺われるんですよね?」


白湯を飲み干した紫式部が答える。


「そうね。今日は源氏物語の新しく書いた章を、持って行く約束をしているからね」


「きっと女房の方々も喜びますわ。みんな、源氏物語をとても楽しみにしていますから」


それを聞いた紫式部は満足気に頷く。


「まぁね。私の物語は情感豊かな上、人々の心を打つお話だからね。そのために誰にもでも読みやすく、解りやすく書いているのよ」


「本当にそうですわね。だから源氏物語は上は中宮(帝の后)の方から下は女蔵人(メイド)まで、みんなに愛されているんですわ」


紫式部の虚栄心はさらに満たされた。


「それじゃあ女房の方々を待たせちゃ可哀そうだから、早めに行った方がいいかしらね」


すると侍女が首を傾げる。


「でも確か、午二刻(午前11時半)まで、歌の勉強会があったと思うんです」


それを聞いた紫式部の表情が強張った。


「歌の勉強会? 誰が教えに来るの?」


「確か……清少納言様だったと思うんですけど」


途端に紫式部の目つきが変わる。


(清少納言……あの高慢ちきなクソ女か……)




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今回のウソ設定


※1、ここでは紫式部は970年生まれとしていますが、本当は生年不明です。970~978年の間かと言われています。

※2、本名が『藤原香子』と言うのは一説です。読み方も「かおるこ/たかこ/こうこ」があるそうです。

※3、紫式部は「貞淑な女性であった」と言われており、「男好き」としたのは完全に設定です。

※4、ここで描写した紫式部の容姿については、完全の嘘です。ただの設定です。

※5、紫式部が源氏物語を発表?したのは1008年と言われていますが、ここでは若い時から書いていて、女官や女房達の間で人気だったという設定です。

※6,この当時『源氏物語』が何と呼ばれていたのかは不明です。『源氏の物語』『光源氏の物語』の説と『紫の物語』の説があるそうです。

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