第2話 清少納言の場合

ここは有名な歌人・清原元輔のお屋敷。

その離れにある一部屋に朝日が差し込む頃……


開諸門鼓かいしょもんこからもう一刻が過ぎたのね)


布団の上にムクリと上半身を起こした女性の姿があった。

艶やかな黒髪、透けるような白い肌は薄暗い中でも輝いていた。

ほっそりとした形の良い逆卵型の顔に、二重切れ長の憂いを帯びたような目。

すらりとした鼻に小さな形のよい口。

どこから見ても、完璧な美人だ。


その美女が全裸で下半身を布団に覆ったまま、上半身をほのかに射す朝日に晒している。

バストは大きくもなく、小さくもなく、美乳と言える形だ。


この女性こそ『美女にして才女』と名高い清少納言だ。

年齢は二十歳。

十五歳の時に結婚したが、速攻で離婚した。よって子供はいない。

本名は『清原きよはらの 諾子なぎこ』だが、ここは『清少納言』で呼ばせて頂く。



(生まれ星の唱えは済ませた。後は……)


彼女はその怪しい瞳で、隣に寝ている裸の男を横目で見た。

いや、男は『寝ている』と言うよりも『ノビている』と言った感じだ。


「一晩たった六回でギブアップなんて、だらしない男ね」


清少納言はそう言うとスルリと立ち上がった。

身長はこの時代としてはかなり高い、156センチだ。

そしてヒップ位置は高く、顔も小顔で、完全なモデル体型だ。

薄手の透けるような小袖をフワリと羽織る。

彼女は改めて、布団の上でノビている男を見た。


(御簾越しに遠目で見ている分はイイ男に思えたんだけど……間近で見ると大した事なかったわ)


部屋の隅にあった厨子棚の上にあった櫃を手をかけると、その上蓋を取った。

中にはギッシリと彼女当ての付文が収まっている。


(今日はどの男に返事を返そうかしら?)


付文の一つ一つを手に取って開く。


「う~ん、この人は歌のセンスが無いわね。この人は親王って言っても三代目か、しかも今の帝の血筋と離れているから出世の見込みは無さそうね」


「この人は中々いい歌を書くわね……は、権助ごんのすけって従六位よね。ウチのパパより下じゃないの。よくこの私に恋文を出す気になったわね、厚かましい。パス!」


「この人は……確か御所で見かけたイケメン……でも藤原北家で道長様とけっこう近い人かもしれないのよね……とりあえず保留にしておこう」


「あ、この中将から返事が来てる。でも反応が遅いっての。私の事を軽くみてるのかしら? すぐに返事を書くのはやめて、もう少しジラしてやれ。となると……今日はこの源氏の若君かな?」


清少納言は新しい紙を一枚手にすると、すらすらと返事の歌を書いた。


『別にアナタに特別な感情はないけど、でもソッチ次第では考えてもいいかも』


的な思わせぶりな内容だ。


(この文は後で侍女に持たせよう。フフ、この源氏の若君ならまだ未経験かもしれないわね。若い子のHってテクはないけど、タフがガッツいている所がいいのよね)


彼女は怪しい笑みを浮かべて、チロリと上唇を舐めた。


「さてと、後はこの生ゴミを追い出して……」


今度は露骨に口に出した。

まだ布団でノビている男の横に膝をつくと、その身体を揺り動かす。


「起きて下さい、国司様。もう朝ですよ」


「ふわ、あふ」


言葉にならない声で、男は瞼を開けると虚ろな目で清少納言を見た。


「いつまでもノンビリしていていいんですか? 役所に顔を出す前に戻らないといけないんですよね? 奥様への言い訳も必要なんでしょ?」


この国司は珍しく、『通い婚』ではなく、妻が夫の家に同居しているらしい。

かなりの年上女房らしいので、妻が夫の浮気を警戒しているのだろう。


「あ、ああ、うん」


男は「やっと」と言う様子で立ち上がると、ノロノロと自分の服を身に着けた。


(まったく……これで朝から「もう一戦」とか言えるくらいなら、私も「また会ってもいいかな」って思えるのに)


改めて彼女はげんなりした。

男を自分の部屋から追い出した後、全ての障子を開け放ち、部屋の空気を入れ替える。


その頃には侍女が朝の軽食を持って来た。

今日はチーズだ。

彼女は朝には必ず蘇か醍醐ヨーグルトを美容のために食べるようにしている。

本格的な食事は巳三刻(午前10時頃)になろうだろう。

食べ終わると膳を片付ける侍女に、先ほど書いた『源氏の若君への文』を渡す。


(さぁ~ってと、とりあえずは日記でもつけるか)


清少納言は文机に向かった。

やはり厨子棚の上から文とは別の櫃を開き、その中から一冊の草紙(現代の本と同じく紙を束にして端を紐で綴じる)を取り出す。


「とりあえず源氏の若君はどんな男の子かなぁ~。ちょっと楽しみ」


彼女は独り言を呟いた後、急に顔をしかめた。

そう『源氏を待つ女』と言う事で、彼女の大嫌いなあの女を思い出したためだ。

彼女は「はぁ~」とタメ息をついた。


「今日も退屈な一日になりそうね。また平将門みたいな豪傑が現れないかしら。そうしたら世の中ももっと面白くなるのに」


そしてそんな帝位を狙うくらタフな男なら、自分の夜の相手も十分に満足させてくれるだろう……

そんな風に清少納言は妄想していた。

「そう言えば、今日は御所の方で女房の方々に歌を教える約束だったっけ」

そう独り言を呟いた。



●ちょっと説明

※1、開諸門鼓:御所の門が開く一日の始まり。午前三時くらい

※2、生まれ星の唱え:朝起きたらまず自分が属するとされる星の名を7回唱えたそうです。


****************************************

今回のウソ設定


※1、清少納言は966年頃の生まれとされていますが、この話では968年にしています。

※2、清少納言の本名が『清原 諾子』は一説に過ぎません。

※3,清少納言は15歳くらいで結婚していますが、子供が一人出来ています。早く離婚したそうです。

※4,そもそも清少納言が男好きなんて記録はありません。

※5,清原元輔のお屋敷に清少納言が住んでいたか知りません。設定です。


この後もウソ設定が続きますが、気にしないで読んで下さい。

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