エピソード啓二&美香:100万ドルの笑顔 Fin


 球技大会決勝戦が行われた日の放課後。


 俺たち1年サッカー部と2年サッカー部が、グラウンドで一同に対峙していた。



「キャプテン……いえ、千葉さん。約束は守ってもらいます」


「ふざけんな! 俺が辞めるんなら、2年全員辞めるとよ。もう11人に足らないんだ。試合も出られないこの部は、廃部だよ、廃部。それでもいいんだな、小栗」



 俺はあんまりな言い草とその突き付けられた事実に、返す言葉が出なかった。1年サッカー部のみんなも、アイツの言葉に誰も何も言い返せず、表情は暗くなった。



「千葉! もういい加減にしろ!!」


「キャプテン!? なんでここに」



 少し遠くの方から、引退した3年生と顧問がこちらに向かって歩いてきていた。



「千葉……どういうことだよ、これは。俺たちはみんなお前を信用してキャプテンを任せたんだ。辞めた1年生が何人も俺や顧問に相談へ来たぞ」


 引退したキャプテンの言葉に、アイツは何も言い返せず、ただ俯いている。



「俺と顧問で話をして、この球技大会後に千葉を退部させるつもりだったが、ちょうどお前らの賭けの話が耳に入ってな。俺はこのサッカー部を廃部なんかにさせやしない」


 アイツは俯いたまま、絞り出すように『すみません』っと口にしていた。



「千葉君。君がやってきたことは、いじめなんだよ。辞めた部員から相談があった後、すぐに3年生に協力してもらって、調査を行った。小栗君、対応が遅くなって本当にすまない。名ばかり顧問となってしまっていた私の責任だ」


 顧問の先生は、俺たち1年生に向かって、頭を下げ謝罪してくれた。



「小栗、例え今は人数が足りなくても、お前なら来年の新入生を迎えて、必ずこのサッカー部を立て直せる。俺はそう信じてるよ。辞めてしまった部員たちも、戻ってきてくれるかもしれない。だから、お前が今日からのこの部のキャプテンとして、一から始めてくれないか? 俺たち3年も、出来る限り協力するから。きっと、念願の公式戦勝利を、お前らなら必ず手に入れれるから」



 3年生と顧問から、キャプテンとしてチームを牽引するようお願いをされた俺は



「はい!! 精一杯、みんなとサッカー部を盛り上げていきます」


 俺は真っ直ぐに前を向いて、そう返事をした。



~~~~~~~~~~



 球技大会明けから初めてのお昼休み。


 相沢さんを誘うことに成功した俺は、意気揚々と自分の席に戻ってきた。珍しく俺の方を見ている宍戸から、声を掛けられる。



「随分、上機嫌だな」


「え? あぁぁ、そうかもな」



 そんな俺の返しに『そういえば、優勝おめでとう、球技大会』っと、初めて見せるような優しい表情を向けてきた。



 あまりに意外な宍戸の言葉に『ありがとう』っと返したものの、なんとなく会話が続けられなくて。あくまで推測ではあるのだけど、球技大会を宍戸は意図的に休んだ気がしたから。


 いつもと雰囲気が異なる、優しいオーラを纏った宍戸へ導かれるように、俺は思わず身の上話を話していた。



「なあ宍戸……俺、相沢さんが好きなんだ」


「1組のね」



「そう相沢美香さん」


 そんな俺の唐突な言葉に、宍戸は真剣な表情を向け『ちなみにどこが好きなの?』っと、そう俺に問い掛けてきた。



「そりゃぁ、たくさんあるけど……なんていうか、普段はクールなんだけど、時折見せる笑顔が、たまらないっていうか」


「告るのか?」



「実は今日、相沢さんと約束してるんだ」


「へぇーー。まあ、あれだな。笑顔が好きってこと、はっきり伝えた方がいいと思うぞ」



 宍戸からアドバイスを貰えるなんて思ってなかった俺は『そうか!?』っと、驚いたように返答する。そんな俺の返しに宍戸は



「あぁぁ、お前らしく堂々と告って来いよ」


 そう、何とも言えない優しい表情で俺に伝えてくる。



「ありがとな! なんかいけそうな気がしてきた」


「成功するといいな!」



「お前って……やっぱいい奴だな」



 意図せず出たその言葉に、宍戸は笑いながら『喧嘩売ってるなら、買うけど?』っと、俺にとっての日常を思い出させてくれる。


 宍戸から思い掛けない応援と緊張がほぐれるようなやりとりを経て、俺は相沢さんへ想いを伝える準備ができたように、そう感じた。



~~~~~~~~~~



 二人で歩く初めての帰り道。


 結局俺は、いざ相沢さんと二人っきりになると、ガチガチに緊張してしまっていた。彼女も俺の雰囲気が伝染してか、目的地を訪ねてくることもせずに、ただ俺についてきてくれていた。



 ふと気が付いた時には、誰でも目的地がわかるようなところまで到着していた。



「小栗君……もしかして、山?」 


「あぁぁ、そうなんだ。今からロープウェイに一緒に乗って欲しいと思って」



 ロープウェイ乗り場についた俺たち。相沢さんがカバンから財布を取り出そうとしているのを、俺は慌てて制止する。



「ここはさすがに俺に払わせてよ」


「ううん、そんなの悪いから」



 遠慮する相沢さんへ『少しだけだけど、カッコつけさせて』っと、そうお願いをした。『じゃあお言葉に甘えて。ありがとう、小栗君』っと、相沢さんは財布を収めてくれる。


 その笑顔に俺は、再びドキッとしてしまい、より一層緊張感が高まってくる。



 平日の夕暮れ時。夜景の名所であるここは、予想通り混雑していた。満員に近いロープウエイの中、俺は相沢さんが潰れないように盾となるよう陣取る。


 少し揺れる車内で初めて密着した俺は、相沢さんを直視することができず。少しずつ遠くなっていく街の灯をただただ窓から眺めていた。

 


 俺と同じように窓から外を見ている相沢さんが『優しいね、小栗君』っと、俺にだけ聞こえるように囁いた。


 そんな彼女の言葉に、思わず抱きしめてしまいたくなる衝動を我慢しながら、ロープウェイは山頂へと到着した。



「平日なのに、こんなにも人が多いのね」


 俺は相沢さんの言葉に『あぁぁ、そうだね』っと、なんとなく歯切れの悪い返事をする。本当は、はぐれないように、そっと彼女の手を握りたかったけど……そんなことできなくて。


 あの日と同じように、人が流れる方へと足を運んでいく。



「相沢さん、ここへ来るのは久しぶり?」


「うん。私、ずっとここに住んでるんだけど。こんな時間にここへ来るのは初めてなの。小栗君は? ……って、遂この前来たのよね」



 語尾が下がっていく彼女の口調。俺はあの時の……今にも泣きそうで悲痛な彼女の表情が、脳裏を過ってしまい、なんて返事をすれば良いのか、少し沈黙してしまう。



「そうだ! 小栗君、大人気だよ。本当に凄かったね、決勝戦。小栗君はもともと人気があったけど、さらにファンが増えちゃって。うふふ、良かったね」



 彼女の話すトーンは、さっきよりもぐっと明るくなったけど。けれど、無理してるってことが、俺にもすぐわかるぐらい不自然に感じて。


 そんな時、俺たちは幻想的な空間に足を踏み入れていた。



 心を奪うようなその景色に『綺麗……』っと、相沢さんが静かに口にする。


 俺にはそんな彼女の横顔が、この夜景よりもずっとずっと綺麗に映っていて。彼女と同じ方向を見ながら、拳に少しづつ力を込める。俺の想いが届くようにと願いを込めて。



「俺がアイツに挑戦できたのは、相沢さんが信じて待っていてくれたから」


「小栗君?」



「俺が優勝できたのは、相沢さんが最後まで応援してくれていたから。相沢さんの声だけが、俺には途切れることなく、ずっと届いていたんだ」


「優勝できたのは、小栗君が最後まで戦うことを諦めなかったからだよ」



 俺は彼女の方に姿勢を整え『相沢さん』っと呼び掛ける。なんとなく、次に俺が何を言うか察してくれたように、彼女も少し俯きながら、俺と真正面に向かい合ってくれた。



 「相沢さんの笑顔が、本当に大好きです。俺とお試しでもいいので、付き合って下さい」



 ちょっとの沈黙が、時が止まったように感じる。相沢さんは少し顔を上げて、薄暗くなったこの時間でもわかるぐらいに頬を紅く染め『お試しでなら』っと、そう口にした。



「絶対に後悔はさせないから」


「本当に、私でいいの? 小栗君が後悔しない? 今なら学校中の女の子が小栗君に夢中だよ」



 そんな彼女の言葉に



「じゃあ、相沢さんも? 相沢さんもそうなのかな」


 そんな俺の返しに『えっ……』っと驚いた後、『違うかも』っと、とびっきりの笑顔を俺に向けてくる。やっぱり彼女の笑顔に、俺はいつも心を奪われて。まるでこの夜景のようだと感じた。



 そして二人の帰り道は



「すっかり遅くなちゃったね。家まで送るよ」


「うん。ありがとう」



 俺は勇気を振り絞って『まだ人が多いから』っと、彼女に手を出しだす。相沢さんは何も言わずに、俺の手に彼女の小さな手を合わせてくれた。


 二人で歩く初めての帰り道。それは二人が初めて手を繫いだ日。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女性から嫌われる体質だった俺が、本気でアプローチされている件について 恣迷 @shimei0504

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ