エピソード啓二&美香:100万ドルの笑顔 ⑤


 俺のミスだ……


 俺がボールを追わずに、アイツから目を外さなければ。



『バシッ!!』



 大きな手で背中を強く叩かれた感触が走り『イデ』っと思わず声を上げる。



「小栗君、ここまでナイスゲームだよ! 同点で折り返しなら万々歳だよ」


「あべっち、すまん」


「小栗君……もう一度気合入れた方がいい? それより、だいぶ疲労しているね、みんな」



 俺はチーム員を見渡しながら『そうなんだよ』っと声を絞り出す。座ったらもう動けないっと、立っているのがやっとの状況だったり、スポーツドリンクを飲みながら、いまだに荒い呼吸を整えたりしている。



「でも、先輩たちも同じ状況だよ。見て、かなり疲れてる。もともとちゃんと練習していなかったんだ。20分でも堪えてるようだよ」


「俺たちの予想以上に効いてるかもな、プランB」


「それは間違いないね。後半、最後は気力の勝負だと思う。今、小栗君にできることをやろう。君はこのチームのキャプテンなんだ」



 あべっちの言葉を聞いて、俺は一瞬でも凹へこんでしまった自分を戒めるように、スタンドに顔を向ける。



「おぐりくーーん!!!! これからだよ!! ファイトォォ!!!!」



 今日一番の声援が、相沢さんから俺の元へ届く。そんな彼女の姿を見て俺は



「みんな、スタンドを見ろ!!」



「いや、相沢さんが小栗を応援してくれてるのは、もう十分わかったから」


「1年の女子、みんなあっちの席じゃん」


「俺たちのクラスの女子まで、数人あっちに行ってね?」


「今年は藤女フジジョも全然来てないし」



 極度の疲労からか、チーム員が愚痴を零し始めたその時、黄色い声援が俺たちを包み込む。



「1年5組!! 頑張って!!!!」


「これからだよ!! がんばーーーー!!!!」



「ほら、よく見ろ!! 確かに1年の女子はほとんどいないけど、2年生も、3年生も大勢こっちの応援席に座ってるだろ。なにより、アイドルグループが俺たちを応援してくれてるじゃないか!!」


 付け焼刃のような俺の言葉に、みんながスタンドへと視線を向ける。



「し、椎名さんが手を振ってくれてるよ」


「マジ? ホントだ……天使だ」


「お、お姉さま方がいっぱい」


「俺、相沢さんの横にいるツインテールの子、タイプなんだよね」


「俺はその横のショートの子……」



 俺はみんなの注意を引く為に『パンパン』っと、手を叩いた。明らかにモチベーションが復活しているのを感じる。



「こんな大勢の前で、俺たちはへたり込むのか!? 負けるのか? もうみんな、勝つしかないんだよ!! よし、みんなで円陣組もうぜ!!!!」



 俺を中心にチーム員が集結し、それぞれが肩を組んで円となる。そんな俺たちの円陣を見て、さらにスタンドから歓声が上がる。



「なにあれ!? カッコいい!!」


「イケてる!!」


「1年5組、がんばれーー!!」


「ファイトォォーー!!」



 スタンドの声援を背に、がっちりと出来上がった円陣。俺は大きく深呼吸をしてから、掛け声を上げる。



「後半も前半同様の作戦で行く! 最後の最後まで足を止めずに行こう。相手も疲労しているんだ! 必ずチャンスが来る!! みんな、絶対勝つぞ!!!! 」


「「「「 オウ!!!! 」」」」



 1年5組の気合は最高潮に達した。円陣を離れた時、隣にいたあべっちが拳を突き出してくる。俺はそれに、ちょんっと合わせるように拳を合わせた。



『両チーム、ポジションへ!!』



 レフリーの吹く『ピィーーーー』っと長い笛で、最後の20分がスタートした。



~~~~~~~~~~



 みんな……相手も限界に近づいているんだ。


 頼むーーーー堪えてくれ!



「1年5組負けるなぁーー!!」


「ファイトだよぉぉ!!」



 スタンドから途切れることなく俺たちに声援が降り注ぐ。その後押しを受け、なんとかみんな、足を止めずに戦ってくれている。



『スコアはいまだ1-1の同点!! 前半から続く2年4組の猛攻を辛うじて1年5組が凌いでいます』


『もう後半戦も半分を切りました! さすがに両チームの動きが鈍くなってきています。あっ! 2年4組、またシュートだ! GKゴールキーパー阿部選手、届きそうにない!! 遂に均衡が破られるのか!?』



「あべっち!!」



『ガン!!』


『ポスト直撃!! 決勝戦後半、この光景は4回目! 2年4組、阿部選手のファインセーブとポストに再三チャンスを潰されています!!』



「くそくそくそっ! いい加減決まりやがれ!!」



『この状況に千葉選手、フラストレーションが……』


『スポーツマンシップに欠けていますね』



 前半同様、現キャプテンと対峙している俺は、いまだにボールを触ってはいない。それはアイツも同じこと。この状況にアイツの苛立ちもMAXだ。2年の動きも明らかに止まってきている。必ずチャンスは来るはずだ。



『ポストに跳ね返ったルーズボール、1年5組が抑えました! さあ、ここから遂に反撃か!?』


「逆サイドがフリーだ! そっちに回せ!!」


『すかさず小栗選手が指示を出す! が、しかし!?』



「小栗!!」



 まずい! こっちは相手に読まれてるんだ!



『あぁっと! ここでパスカット! 小栗選手へのパスは通らない!! 逆に千葉選手は既に動き出し加速してる!!』



『小栗選手、逆方向へ体を振られた分、反応が遅れてしまった! 千葉選手、後半初のフリーだ!! 2年生のスタンドから、大歓声!!!!』



 追いつけねぇ……



『2年4組、そのまま駆け上がる! ゴール前には千葉選手も迫っている!! ここでパス!』



「あべっち、止めろーーーー!!」


「あべっちぃぃ!!」



 1年サッカー部の大きな声で、俺は一瞬スタンドへ意識がいく。両指を組み合わせて祈る、相沢さんの姿が目に入る。



『ペナルティエリア内への縦パスにGKの阿部選手も突っ込む! 千葉選手、阿部選手、ボールを抑えるのはどっちだ!!』



「あべぇぇーー!!」


「抜かせない!!」



『ボールに向かって阿部選手、体を投げ出す! 千葉選手、スライディングした!! 先に触れたのは……千葉選手!!!!』



「とどめだぁぁ!! 邪魔すんじゃねぇ!!!!」



『千葉選手、スライディングでボールの角度を変え、そのままゴールに押し込む!!』



「まだだぁぁ!! させるかぁ!!!!」



『千葉選手のスライディングで押し込んだボールを、阿部選手が両手で強引に抑え込んだ!! セーブしてる! 阿部選手、今日一きょういちのスーパーセーブ!!!!』



「小栗くん!!」



『そのまま小栗選手目掛けてロングスロー! 残り時間、後わずか』



「あべっち!!」



『小栗君にボールが入りました!! 綺麗なトラップから、単独でドリブルを仕掛ける!!』


 みんなが最後まで粘って、あべっちが作ってくれたこのチャンス……必ず決めてみせる。サッカー部と



「おぐりくん、いけぇぇーーーー!!!!」


 相沢さんを守るんだ!!



『ここでDFディフェンダー3人に囲まれた! 小栗選手、迷わずボールを前方へ蹴りだして、DFと追い駆けっこ!! 2年生、足がもつれてついていけない』


『立ちはだかるDFをかわしながら遂にペナルティエリア目前! 打つか? シュートの体勢か!?』



「おぐりぃぃーーーーさせるかよぉぉ!!」


「絶対決める!!」



『ここまで戻ってきた千葉選手の激しいショルダーチャージだ! 両雄、肩がぶつかり合う!! 千葉選手、激しいチャージを繰り返す!!!!』



「おぐりくん、負けないでぇーーーー!!!!」



『あぁぁーー! チャージにいった千葉選手がよろけて……そのまま倒れこんでしまった! 小栗選手、フリー!! フリーです!! そのままシュート体勢!!!!』



 ずっと相沢さんの声だけが、はっきり俺へと届き続けていて。彼女の声援を背に、俺は右足を振り抜いた。



「決めてぇぇ!! おぐりくーーん!!!!」



『ゴォーーーール!!!! 右足一閃!! 小栗選手のシュートがゴールネットに突き刺さった!! スコアは2-1! 1年5組、耐えて耐えて、ワンチャンスをモノにしました!!!!』


『小栗選手、そのまま人差し指を天高く掲げ、自軍へ走っていく!! 1年5組が小栗選手の元へ集まります!! スタンドからは大声援!!!!』



『ピィーー』


 審判が笛を鳴らし、手を上げる。


『ピィーーーー』っと2回目の笛がなり、センターサークルを指さした。


『ピィーーーーーー』



『ここで試合終了のホイッスル!! この熱戦に勝利したのは1年5組!! 1年5組が優勝です!!!!』



「おぐりくん、ないすぅーーーー!!!!」


「1年5組、カッコ良かったよぉぉ!!」


「キャーー!! 1年5組おめでとう!!」


 スタンドから俺たちを称える声が投げ込まれ、拍手が沸き起こる。



 みんなに囲まれながら、俺はスタンドを……相沢さんを見つめる。俺の視線に気が付いた彼女は、笑顔で手を振ってくれていて。


 なんだかそれが、勝利の女神に微笑みかけられたように、そう感じた。



「小栗君、ナイスゴール!! やったよ! 優勝だよ」


「あべっち、スーパーセーブだったよ! さすが守護神だぜ」



 今にも泣きそうなあべっちは、俺に飛びかかってきた。大きなあべっちに押された俺は、そのまま後ろによろけるが、みんなが。チームのみんなが、この試合を支えてくれたように、再び俺を支えてくれた。



「おぐりぃぃ!!」


「あべっちぃぃ!!」



 1年サッカー部のみんなも、スタンドから俺たちに手を振ってくれていた。俺とあべっちも彼らに手を振って応えた。



 本当なら短いはずの20分ハーフの試合が、とてつもなく長く感じた。球技大会サッカーの部は、1年5組の、俺たちの優勝で幕を閉じた。



      『あとがき』


お誘い



球技大会明けから初めてのお昼休み。


相沢さんの教室に向かった俺は、またまたタイミング良く、教室から出てきた椎名さんへ声を掛ける。


「あっ、椎名さん」


「小栗さん? あ! 優勝おめでとうございます。美香ですね?」


俺は『お願いします』っと、椎名さんへ頭を下げた。


椎名さんは以前のように、にっこりと笑みを浮かべ『ちょっと待ってて下さいね』と、教室へ戻っていく。


あまり待つことなく、椎名さんが相沢さんを連れて出てきてくれた。そのまま椎名さんは、前みたいに口元へ手を当てながら『ごゆっくり』っと、相沢さんと俺を見ながら、この場から離れて行った。


「あの……相沢さん」


「小栗君、凄いカッコ良かったよ! 優勝、おめでとう」


「あ、ありがとう。相沢さんの応援で、俺、優勝できたんだ。俺の方こそ、ありがとう。それで……優勝できたから」


「うん」


「今日、部活が早く終わるんだ。それで……もし、相沢さんに予定がなかったら」


またしても、少し言葉に詰まってしまった俺を、彼女は目を逸らさず静かに次の言葉を待ってくれていて。


「俺と一緒に、来てくれないかな? 相沢さんと、一緒に行きたい場所があるんだ」


「はい、喜んで」


そう笑顔で答えてくれた彼女の微笑みが、やっぱり俺には女神のように思えて。彼女に想いを伝える勇気が湧いてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る