エピソード07:憧れってなんだろう


「ふぅぅん。啓二けいじはまだ隠し事をしていたんだ」

「いやぁぁ」


 宍戸ししど君は電話を終えた後、急遽用事が出来たみたいで、私服に着替えてからお店を出て行った。


 私と啓二はそのまま、宍戸君のバイト先である喫茶店で、デートを継続中。



「なんで啓二は、宍戸君だって気がついたの?」

「なんでって言われてもなぁ」


「身近で起こった出来事だから、私も何回か動画を見たけど、全くわからなかったから」

「俺は宍戸を間近で見てる訳だし」



 私と啓二は、もうすぐお付き合いをして一年を迎えようとしている。


 きっかけは本当に些細なもの。同じクラスではなかったけど、私の友達が啓二と同じ中学校出身で、何度か一緒に遊んだりして。


 入学してすぐに、啓二はサッカー部でレギュラーを勝ち取っていた。女子生徒から人気のある部活。期待のホープとして活躍する彼。そのルックスと気さくな性格で、学校一のモテ男となるのは、あっという間だった。


 そんな啓二から告白を受けた私は、特に断る理由も無くて。


 違う。本当は、彼の言葉が嬉しかったから。



「相沢あいざわさんの笑顔が、本当に大好きです。俺とお試しでもいいので、付き合って下さい」


 真っ直ぐな言葉。真剣な眼差し。


 冷たそうって評価される私には、笑顔が好きって一言に、心がぐらついた。



「お試しでなら」


 そんな逃げるような返事に、彼は優しい笑顔で迎えてくれた。


「絶対に後悔はさせないから」


 彼のその言葉に、嘘は無かったと思う。今のところ……だけどね。



「宍戸はさ、今はあんなんだけど、俺の憧れなんだ」



「ほぇっ?」


 思わぬ啓二の言葉に、私は間の抜けた返事をしていた。


 宍戸君が啓二の友人ということが、当時の私には本当に不思議で。もちろんそれは、私だけではなくて。


 お付き合いする前から、二人は友人みたいだった。私の友達からも『なんで宍戸君なんかと、小栗君は一緒にいるの?』それは幾度となく尋ねられた質問。


 初めは答えに困っていた私。でも、ふと気がつく。


 彼が口にする友人の名前は、宍戸君ばかり。どこかバカにするような話が多かったけど、宍戸君のことを大切に思ってるんだって、そう感じた。


 だって……宍戸君の話をしている彼は、私に向ける笑顔と一緒なんだから。


 それから私の返事は決まって『啓二ね、宍戸君のことが大好きみたいなの』って返してる。私が宍戸君にヤキモチ妬いてるなんて、啓二は知らないんだろうな。



 そんな彼と私は今日、初めて話をした。宍戸ししど大地だいち君と。


 啓二の話では、地元から離れたこの高校を選んだみたい。そのことは、特段珍しいことでは無いんだけど。リーザレ高校は、偏差値が高い進学校として、県内でも御三家と評される一角だから。


 通えない距離から通う生徒は、ほとんどが寮に入っていることを考えると、一人暮らしをしていることは、異質かもしれない。



 その風貌も


 前が見えてるのか不思議なぐらいに長い前髪。ウケ狙いとしか思えないような、黒縁の大きめな丸い眼鏡。


 それに啓二と話をしているところ以外、誰かと会話している姿が私の記憶には無かったから。


 ここであった宍戸君とは、とても同一人物だと思えなかった。


 今でも正直……どこか信じられない自分がいる。



 啓二の言う、憧れってなんだろう? 



        『あとがき』


小栗啓二の告白



小栗「なあ宍戸、俺、相沢さんが好きなんだ」

宍戸「1組のね」


小栗「そう相沢美香さん」

宍戸「ちなみにどこが好きなの?」


小栗「そりゃたくさんあるけど、なんていうか。普段はクールなんだけど、時折見せる笑顔が、たまらないっていうか」

宍戸「告るのか?」


小栗「実は今日、相沢さんと約束してるんだ」

宍戸「へぇぇ。まあ、あれだな。笑顔が好きってこと、はっきり伝えた方がいいと思うぞ」


小栗「そうか?」

宍戸「あぁぁ、お前らしく堂々と告って来いよ」


小栗「ありがとな! なんかいけそうな気がしてきた」

宍戸「成功するといいな!」


小栗「お前って、やっぱいい奴だな」

宍戸「喧嘩売ってるなら、買うけど?」

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