エピソード06:素敵なバカップルだよ


宍戸ししどごめん。ホントごめんって」

「宍戸君、ごめんなさい」



 俺はテーブルで謝罪する二人を冷めた表情で見下ろしている。さっきまで笑いを堪えていた二人は、神妙な顔つきで俺に謝罪の弁を述べていた。



「ご注文は?」


「しっ宍戸君、ちょっと怖いよ」

「そうだぞ宍戸。じゃあ俺はスマイル一つ」


「はぁぁ!?」


 悪いと思ってねぇだろ! その台詞は可愛い店員さんへの限定フレーズだ。



「わっ私はアールグレイをホットでお願いします。す、ストレートで」

「お、俺はミルクセーキのアイスとパンケーキのセットを」


「畏まりました」


 なんだろう? 妙に慣れてるというか。よくカフェとかに行くんだろうな。カップルの定番デートの一つみたいだし。


 俺は二人からの注文を受け、なんとなくそんなことを思った。



「ねぇ、本当に宍戸君なの?」

「紛れもないご本人だよ。驚いた?」


「驚いたというか、なんというか。ずっと啓二けいじは隠してたんだ?」

「ん? 隠してるのは宍戸だろ」


「違うよ、私にだよ。ショックだなぁ、隠し事をされてたなんて」

「こっこれは……そういうのと違うっていうか、ごめん」


「それでずっとカフェ巡りを?」

「本当にごめん。怒ってる?」


「ううん、怒ってないよ。言えないのは仕方がないし。何より、面白いから」

「みっ、美香みか?」



 本当に仲良いんだな、小栗と相沢あいざわさん。さっきからずっと二人で楽しそうに話してる。やっぱりお似合いのカップルだ。いや、バカップルだったな。 そんなことより、仕事仕事!!


 俺は注文された品を次々と運んでいく。



「お待たせ致しました。アイスティでございます」


「お兄さんは、彼女さんとか……いるんですか?」


「いませんよ」


「本当ですか!?」


「はい、残念ながらですね。それでは可愛いお嬢さん方に、素敵なひと時を」



 にっこりと微笑みながら、マスター直伝の接客で対応する。


 最近は『彼女はいるのか』という質問が本当に多い。もう半ば諦めているからいいんだけど。いいんだけどさ。正直、傷口に塩を塗り込まれている感は否めないんだよな。


 バカップルシートでは、小栗が吹きこぼした水を、相沢さんがせっせと拭いているようだった。何も見なかったことにしよう。



「お待たせ致しました。アイスレモンティとホットピーチティ、アイスカフェラテでございます」


「店員さん、追加注文良いですか?」


「はい、ありがとうございます」


「店員さんの連絡先をお願いします」


「あっ! 私も私も!!」



 あっ、新しいパターンだ。斬新過ぎる。なんで俺の連絡先なんて? もしかして、臭う店員とかでネットに晒すつもりなんじゃ?



「申し訳ございません。あいにくスマホが壊れていて」


「じゃあ、携帯番号とか」


「実は新規で契約し直そうかと。絶交したい奴がいまして」


 あえて、絶交のところを強調して伝えた。


「えぇぇ!! 元カノとかですかぁ?」


「いえ、男ですよ」


「店員さんって、まさか!? まさかそちらなんですか!?」


「さあ、どうでしょう? それでは綺麗なお姉様方に、素敵なひと時を」



 マスター直伝のウインクをしてから、そっとテーブルを離れる。バカップルシートを見ると、片割れがどうやら青褪あおざめているようだ。


 ふっ、ちょっとは懲らしめないとな。二人で散々楽しんだだろう? 


 俺のバイト姿を見物できて。



~~~~~~~~~~



「宍戸君、あの二人は宍戸君と同じ制服みたいだけど、友人かい?」


「はい。男の方が同じクラスなんですよ」


「初めてだね、宍戸君の友人がお店に来てくれるなんて」


「偶然みたいなんです。マスター、すみません。俺に集客力が無くて」


「いや、そうではなくて。すまんすまん。言い方が悪かったね。本当にそうではないんだ。君の集客力は素晴らしいから」


「ゼロですよ。慰めてくれなくて大丈夫ですから。じゃ、運んできますね」


 この壊滅的な自己評価は、いつか変わるのだろうか



~~~~~~~~~~



「大変お待たせ致しました。アールグレイのホットとこちらがミルクセーキのアイス、そしてパンケーキとなります。それでは素敵なひと時を」


「ちょっと待ってくれよ! ホントごめんって!! 頼むから絶交なんて」


「他のお客様のご迷惑となりますので、店内ではお静かにお願いします」


「そんなツレないこと言うなよ」


「ごゆっくりお過ごし下さいませ」



 そうテーブルを離れようとした時、ガシッと手首を掴まれた。



「相沢さん?」


「ちょっとだけ。ほんの少しだけでいいから、私に時間を頂けないかしら」



 どうしよう。庇ってくれた恩もあるし、断りにくいな。



「絶対、誰にもあなたのことを喋らないわ。絶対に」


 彼女の真剣な眼差しに、俺は自然と頷いていた。



「ありがとう、宍戸君。啓二、さっきお借りしたお手拭きを返してきて欲しいの」


「あっ、ああ。ついでに、ちょっとトイレに行ってくるよ」


「うん」



 相沢さん、笑顔で頷いてる。小栗、随分と察しがいいんだな。それにしても、何の話だろう? 


 そうか。俺からの絶交じゃなく、小栗から縁を切る形にして欲しいって話かな。



「ちゃんとお話しするの、初めてね」


「いつも惚気話を聞いてるから、そんな気はしないけど」


「ふふ、それは私もよ」


「はっ!?」


 相沢さん、何言ってんだ? それにしても店内から視線が


 周囲を気にする俺に気づいたのか、『大丈夫』と小さく呟かれた気がした。



「もぉ店員さん、ダメですよ!? 私の彼氏なんですから!!」


「ッ……!」


 おい!! いきなり大声で何言ってんだ? 誤解されるだろ!!


 相沢さんは優しく微笑みながら『これで大丈夫』と、俺にしか聞こえない声でそう口にした。


 さっきまでの刺さるような視線が無くなった替わりに、各テーブルでヒソヒソと会話がされているようだった。



「私、宍戸君にヤキモチ妬いてるの。啓二がね、いつもあなたのことばかり話すから。本当に楽しそうに。きっと宍戸君のことが、大好きなのね」


「妬いてるってこと以外、そっくりそのまま返そうか?」


 俺がそう伝えると、彼女の頬がほんのり紅く染まり、少しだけ俯いた。そんな相沢さんは、さっきよりも小さな声で話を続けてきた。


「本当にごめんなさい。偶然じゃないの。彼ね、宍戸君のことがもっと知りたいみたいで。最近のデートはずっと、カフェや喫茶店巡りだったから」


「あぁぁそうか。俺の疑問が一つ解けたよ。随分慣れてるなって、そう感じたから」


「もちろんバイトの事も含めて、絶対に誰にも喋らないから。だからお願い。絶交なんて、しないであげて下さい。本当にごめんなさい。宍戸君、お願いします」



 本当にお似合いのカップルだな。いや、素敵なバカップルだよ、ホント。



「頭をあげてよ。俺の方こそごめん。そんなつもりは無いから。そもそも俺には、小栗しか友達と呼べる奴もいないんだ」


「ありがとう、宍戸君。必ず約束は守るから」


 ちょうど話がひと段落したところで小栗が戻り、席へ着いた。いつも抜けてるのに、タイミングだけは良いんだな。


 さっ、仕事に戻らないと。



「宍戸、安心しろよ。今日は偶然、偶然お前が働いてる店へ来てしまったが、たまたまだ。絶対誰にも言わないから」


「当然だ。それから、もう二度と来るなよ。二人ともな」


「またまた。まぁ、俺を信じろよ。動画の件だって、お前だってことは誰にも言ってねぇし」


 こいつ!!!!


「えぇっ!? 宍戸君だったの?」


「あっ」


「チィッ!!!!」



 俺は座っている小栗の肩にそっと手を置いた。


「やっとできたよ、断固たる決意ってヤツが。もう俺は、明日から独りで構わない」


 ちょうどその時、店の電話が鳴り、俺はマスターに呼び出された。



        『あとがき』


電話の向こう側



マスター「宍戸君に変わって欲しいそうだ」

宍戸「はあ?」


マスター「お母様だよ」


ヤバッ!


宍戸「お母様?」

母「あんた、約束と違うじゃない?」


宍戸「今日はバイトでして」

母「マスターには私からお願いしたわよ」


宍戸「えっ!?」

母「寮に入りたいの?」


宍戸「わかりました」

母「今から行けば、まだ全然間に合うからね!」


宍戸「俺からまた連絡するよ」

母「ちゃんと約束守ってよ!!」


宍戸「ぎょいぃーー」

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