エピソード05:さあ、仕事の時間だ


 放課後、俺は急いで帰宅する。なぜなら今日は、バイトの日だから。


 俺が働いているのは、ちょっと古びた喫茶店。お洒落なカフェが多い中、喫茶店という言葉がぴったりなお店だ。常連さんが多いことも、この店の歴史を感じさせてくれる。


 マスター曰く、最近では若い女性のお客さんも増えているんだとか。確かにそんな印象が俺にもあった。



「カフェ巡りが趣味な女性多いらしいからな」


 また独り言が。やっぱりちょっと、浮かれてるかも。


 なにせ俺はバイトの時間がとても気に入っている。お店の人やお客さんとの何気ない会話が、俺にとっては癒しそのものだ。



「マスター、お疲れ様です!! サクッと仕上げてきますね」


「お疲れさん。いつも早いな、助かるよ! ありがとう」



 こんなちょっとした感謝が、本当に心地良い。


 白髪をオールバックにしたマスター。もう還暦を迎えているらしいのだが、見た感じはとてもそう見えない。実際に、マスター目当てのお客さんだって、まだまだ多い訳だし。


 男女問わずってところが、人生の渋味を感じる。



大地だいち君、ニュース見たよ! いつも以上にカッコ良かったぞ。色男はやることが違うなぁ!!」


「マスター? やめて下さいよ。そんなんじゃありませんから」


「謙遜するな、ヒーロー君。そうそう、ちょっと前に新しい子をバイトで雇ったから」


「へぇぇ」


「そのうちシフトが被ると思うから、よろしくな!」


 マスターが俺の顔を見て、意味あり気にニッコリと微笑む。なぜかその仕草が、妙に引っ掛かった。どんな人が来ても、俺には関係ないんだけど。



 更衣室で俺は、いつものようにバイトスタイルへとセットする。


 執事風のコスチュームに身を包み、髪は最近マスターの真似をしてオールバックで整えている。眼鏡も学校仕様とは異なり、フレーム無しのシャープなタイプへ掛け直した。



「さあ、仕事の時間だ」


 浮かれた俺は、厨二病じみたセリフと共にドアを開ける。



~~~~~~~~~~



『カランカラン』



「いらっしゃいませ! 2名様でしょうか? どうぞこちらへ」



「ね? 言った通りでしょ」


「うん、ヤバイ。ちょぉぉカッコイイ」



 確かに……最近高校生や女子大生、OLまでと若い層の女性客が増えた気がする。心なしか、いつも視線を感じるようになった気もするし。


 やっぱり俺、臭うのかな? バイト前もシャワー、浴びて来た方がいいんだろうか。


「また後ほどご注文をお伺いにきますね」



「「 はぁーーい!! 」」


 最近の女子高生って、テンション高いよな。あっ!



『カランカラン』



「いらっしゃいませ! 3名様でしょうか? こちらへご案内致します」



「ちょっとぉ、噂通りじゃない」


「でしょ! 最近、逆メイドって言われてるんだよ」


「私はマスターもいいな」



「それではまた後ほど、ご注文をお伺いに参りますね」



「「 はぁぁ 」」


「ねぇ、あの店員さん、どこかで見たことない? ちょっと二人とも! トリップしないで」


 なんでため息? もう臭ってるのか? さっきの女性二人も今のグループも、なんか俺を見てコソコソ話ししてるし。


 おっ、今日は入りが早いな。



『カランカラン』



「いらっしゃい……ませ……。大変申し訳御座いません。生憎あいにく、満席でして」



「空いてるよね? カウンターだけじゃなく、まだテーブルまで空いてるよね?」


「チッ」


 俺の露骨な舌打ちに、相沢あいざわさんが小栗おぐりの裾をクイックイッと引っ張りながら『啓二けいじ、帰ろうよ』っと言っているのが聞こえた。


 俺はそんな相沢さんの姿を申し訳なく思い



「小栗、席に案内する。それと相沢さん、今日は助けてくれて本当に有難う御座いました」


 俺は相沢さんへ向け、90°に腰を折ってお礼した。



「えっ!? なんの事ですか?」


宍戸ししど、勘違いすんなよ。俺は美香みかとたまたまお茶しようと、この店に入っただけだ」


「啓二? 宍戸君なの!?」


「ふん。相沢さんがいなかったら、店から叩き出してたよ」



 俺は二人を席まで案内すると、何も言わずにメニュー表だけ渡して、その場を離れた。



「ねぇ啓二、あの店員さん、本当に宍戸君なの?」


「ん? そうだぞ。あれが宍戸の本性だ。聞いたか、あの舌打ち」


「もしかして……ずっとカフェや喫茶店巡ってたのって」


「お願い、美香。あいつには内緒にして」


「ふぅぅん」



 あの二人、さっそくイチャ付きやがって。まあいいや、仕事に集中しよ。


 俺は最初の女子高生二人組のテーブルへと向かった。



「ご注文はお決まりでしょうか?」



「はい、二人ともアイスティをストレートでお願いします」


「ありがとうございます。アイスティをストレートでお二つですね? 畏まりました」


「お兄さん、素敵ですね」


「うん、とっても素敵」


「可愛いお嬢さん方に、冗談でもそんなこと言われたら、ドキドキしちゃいますよ」



「ほぉぇ」


「はぁぁ」



『ぷっ!!』


 チッ!! 聞こえてるぞ、小栗!! だから嫌だったんだよ。


 小栗はメニュー表に顔を隠しながら震えてやがる。『ちょっと啓二、笑っちゃ失礼だよ』っと、相沢さんは上擦ったような声で小栗に声を掛けていた。


 心無しか、相沢さんも震えているように見える。


 俺は最近、さっきのように女性客から揶揄われることが多くなった。最初は戸惑っていたが、あまりの頻度に返しもすっかり慣れてきて、自然と口から出るようになっていた。


 俺はそのまま女性三人組のテーブルへと足を向ける。



「ご注文はお決まりですか?」


「はい、私はレモンティをアイスでお願いします」


「私はピーチティをホットで。あと、店員さんも注文したいなぁぁ」


「あっ、私も! 私も店員さん!!」


「ありがとうございます。綺麗なお姉様方に私なんかがご指名頂けたら、嬉しくて今晩眠れなくなっちゃいますよ!」



「「ほぉへ 」」



『くっ!!』


 おい! そこの二人。聞こえてんだよ、このバカップルが。  



「お客様はどうされますか?」


「私はアイスカフェラテで。ねぇ、店員さんって、今話題の動画の人じゃないですか!? 川で子供を助けたヒーローに、どことなく似てるんですけど?」


「あははっ! お客様、人違いですよ。俺なんかがあんなこと、とてもとても。私は運動よりも読書が趣味ですから」


「確かに店員さん、読書がとても似合いますね」


「お客様もその眼鏡、とってもお似合いですよ」



「……ッ!」



『ひぃっ!』


 ひぃって……ホラーでも見てんのか?


 相沢さんはメニュー表で顔を隠し、笑いを堪えるように震えていた。小栗に至っては、テーブルにひれ伏すように笑いを堪えているようだった。


 俺は怒りを押し殺し、気配を消すかのように音も立てず、バカップルのテーブルへと近づいた。



        『あとがき』


部活終わりの一幕



啓二「今日はどこ行こうか?」

美香「決まってるんでしょ?」


啓二「うっ」

美香「いいよ。でも、なんか逆だね」


啓二「俺の趣味がカフェや喫茶巡りってこと?」

美香「うん」


啓二「まぁ、甘党ってこともあるんだけど」

美香「他にも目的が?」


啓二「俺は美香一筋だから」

美香「もぉ」


啓二「たまには昼、一緒に食わないか?」

美香「うん!! 明日はお弁当作るね」


啓二「マジ!? すげぇ嬉しい!! 教室まで迎え行くな」

美香「嬉しい! 待ってる」

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