第三十四話 安武典男の過去

 西暦2028年2月13日12時47分 呉市役所前中央公園



 質屋でダイヤと引き換えに手に入れたお金を持って先ほどお世話になったコンビニに立ち寄ると、それぞれ興味を引いた食品を買って公園の長椅子に座って昼食をとる。

 ちなみに、ローナがパスタでセシルがおにぎり各種、そして俺はハンバーガーと揚げ物だ。

 ローナが防衛省に捕捉された以上、セシルも姿を現しても問題ないだろうと判断してマントをしまってもらった。


「このペペロンチーノって言うパスタ、美味しいね!」

「私はこのおにぎりと言うのが気に入った。中に色々な具材が入っているのも魅力的だが、片手で食べながら何かできるのが良い。オウサツ丸を操りながらできないかな」

「セシル、お前は一体何と戦うつもりだ……」


 しかし、この味は随分と久しぶりだ。

 帰って来て良かった。


 食事を終えると、俺たちは今後の方針を話し合った。

 ひとつはさっさと俺が住んでいた東京へ帰る事。

 そしてもうひとつは呉市内を観光してから、東京へ帰る事の二つだ。


 どうしたいか二人に訊いたところ、日本の地を踏めたのだからそんなに急ぐ必要は無いのではないかとのことで観光する事になった。


◆     ◆     ◆


『衛星映像にあった反応のうちの三つ目、つまり最後の人物が姿を現しました』

『光学衛星からの映像、出ます』

『どうやら食事をとるようですね』

『四人目は……黒髪の女か』

『風貌から東洋人には見えません。外見から十代後半と思われます。金髪の母をローナ、黒髪の女をセシルと呼ぶようです。赤子は今のところ不明です』

『衛星映像からの解析によると、二人の女の呼気のパターンから日本語で会話している模様』

『若干遅れますが合成音声で会話を再現してます』

『セシルという女が口にしたオウサツ丸という言葉の意味は不明です』

『丸、丸ねえ……操るとか言ったから、日本刀か何かの武器か?』

『不明です』

『どこに向かうつもりだ』

『観光するつもりのようです』


◆     ◆     ◆


 西暦2028年2月13日14時33分 呉市大和ミュージアム



 俺は一度も行ったことは無いが、呉といえば大和ミュージアムは外せないだろう。別に仕事にかまけて行く暇が無かったと言うだけで興味が無いわけではない。むしろ旧日本海軍艦艇は好みだ。


 俺たちは観光案内のパンフレットを片手に市内を散策しながらミュージアムへ向かった。

 長くなるので割愛するが、俺たち大興奮。十分の一の大きさではあるものの、大和の勇壮な姿に感動したし、てつのくじら館も見学して満足した。


 セシルは険しい山に囲まれた土地で育ったから海軍にはとんと縁が無かったので全てが新鮮に映ったようだ。

 ローナにいたっては、ミニチュア大和だけでも大きいのにと目を回していたし、潜水艦については海に潜って活動する事自体が考えもしなかったとのことでしきりにため息を吐いていた。


◆     ◆     ◆


 西暦2028年2月13日18時46分 呉市内某所寿司屋



 夕食は海沿いの街ということで個人経営の寿司屋で新鮮なネタに舌鼓を打った。

 海に縁の無かったセシルも、肉体を獲得したのが内陸だったので機会の無かったローナの二人は感動に打ち震えている。


「何これ何これ? 美味しいよぉぉぉ!」

「海に住む魚の肉はさっぱりしているんだな。塩辛い物と聞いていたのだが……。しかも種類ごとに味や食感、舌触りまで異なるとは思いもしなかった」

「お魚さんごめんなさーい! でも、生きてて良かったぁぁぁ!」


 俺も生きて帰れて良かったとは思うが、二人の喜びようは俺の比ではない。

 女たちの正直な感情の発露を見聞きした店内のお客もにこにこと笑顔だ。

 そうだ、桃源郷はここにある。


◆     ◆     ◆


『…………仕事帰りに寿司食いに行くか』

『俺も』

『だな』

『ちょっと奮発して回らない店に行こう』

『賛成』

『家族を連れて行かないのか?』

『馬鹿を言うな。たまには一人でゆっくりしたい』

『そうだぞ。仕事で身をすり減らして帰れば家族の団らんと言う名の休み無しの御機嫌うかがい。休日はどこに行ったんだか』

『会議中、失礼します。東洋人の男についての照会がだいたい終わりました』

『報告しろ』

『本名、安武やすたけ典男のりお。西暦1980年6月生まれの43才。東京都○○区出身で生まれも育ちも都内です』

『日本人なのか』

『混じりっ気無しの日本人です』

『前科は』

『ありません。ですが、公立小中学校を卒業した後都内の有名進学校に入学し、空手部に所属しましたが、一年もしないうちに女子部員に暴力を振るい強制退部となったようです』

『どのような暴力だ』

『記録によりますと、女子部員は顔を殴られ前歯を折る怪我をしたとのことです』

『何故、刑事事件として取り扱われなかった』

『その辺の記録が曖昧あいまいになってます。担当していた教職員が出世に響くことを恐れたのか……詳しい事は不明です』

『続きを』

『その頃からクラスでも上位だった成績が軒並み低下し、定期テストの度赤点スレスレをとるようになり、部活動も運動部から文化部に移りましたがどれも長続きせず転々としていたようです』

『その後は』

『将来は大学に進学して警察官か陸上自衛隊入隊を目指していたようですが、諦めたのかコンピューター関係の専門学校に進路変更し卒業。システムエンジニアとして就職しましたが、就職氷河期世代だったので行く先々がブラック企業で転職を繰り返してます』

『それで今に至ったのか』

『それが、2年7ヶ月前の日本全国同時多発テロ事件発生を境にぷっつりと足取りが途絶えています』

『何?』

『当時の事件発生直後の防犯カメラの映像が残っています。流しますか?』

『映してくれ』

『これです』

『…………酷いな』

『当時を思い起こさせる』

『ここです。中国人に青龍刀で斬られている人物がそうです』

『おい、腕を斬られているぞ』

『繋がってはいるようだが』

『この直後、駆けつけた陸自の隊員に救助され応急手当を受けてから付近の地下鉄に避難したようです』

『この時の怪我はどの程度なんだ?』

『当時の自衛隊員に確認したところ、切断には至っていないがおびただしい出血をしており、早急に手術を受けないと切断する事になる。それどころか出血多量で落命するのではないかと証言していました』

『待て、昨日のコンビニの防犯カメラの映像には五体満足でいるぞ』

『……続きですが、男が地下鉄に避難した後、核弾道弾が東京目掛けて落下を始めましたが、皆様ご存知の通り全弾撃墜しています。奇妙なのはここからです』

『奇妙?』

『消えたんです、文字通り。その後の都内の防犯カメラの映像記録には男の足取りが残っていないんです』

『日本全国の防犯カメラを調べたのか?』

『さすがにこの短時間での調査は無理ですが、恐らく映っていないものと思われます。男に関しての報告は以上になります』

『あとは二人の女に赤子か』

『身元は分かったか?』

『今のところ不明です。過去に日本にいた記録がないか捜索しています』

『不法滞在の外国人か』

『それにしては、流暢とはいかんまでも日本語をすらすらと話し、文字もある程度読めるようだが』

『大方、男が教えたんだろう』

『本人たちの会話から察するに海が無い国の出身のようだな』

『言葉のなまりからどこの国の出か判別できないか?』

『照らし合わせてみたのですが、どこの国の物とも一致しませんでした』

『ううん?』

『……他に手がかりとなるものは?』

『先日の国道375号線で起きた第◯◯混成連隊襲撃事件の報告になるのですが』

『やはり関連があるのか』

『現場に残された襲撃者であった不法滞在の外国人の死体を全て収容し調査したところ、DNAの簡易検査でこの地球上には存在しない遺伝子を検出したとのことです』

『何だと』

『持ち物に関しては現代に似つかわしくない武装をしており、…………』

『どうした』

『それが、正気を疑われるかもしれませんが、調査結果から推測するに…………この地球以外の星に生息している人類ではないか、と』

『はっ、馬鹿を言うな』

『ここに来て異星人だと?』

『じゃあUFOはどこにあるんだ』

『今のところ分からないとしか判明しておりません』

『他には?』

『現場で陸自が巨大な大男を一人、目撃しています』

『映像は確認済みだ。……大男かこれは?』

『何か、アニメで見る二足歩行の人型ロボットのように見えるんだが……』

『しかもアスファルトに沈み込んで消えて……』

『消えた場所は調べたんだろうな?』

『穴を掘った形跡は見当たらなかったそうです』

『訳が分からん』

『もういい。……他に報告することは? 無いなら下がっていい』

『調査した関係者に伝えておけ、明日一日休めと』

『ここのところ働きづめのようだからな』

『休めば問題も解明できるだろう』

『……報告書は提出しておきます』

『とにかく目標の一人が日本人と分かった以上、何としても確保するんだ。個人所有かどうか知らないが、光学迷彩を手に入れて調べ上げれば我が国は世界に先駆けてリードできる』

『手っ取り早く接触して、懐柔しては?』

『不法滞在者の件でつつけば大人しく提供するだろう。他にも何か持っていないか徹底的に調べ上げろ』

『それと、職務質問をしないようにと警察にも通達しておけ。何かあれば対処するが、それまで泳がせておけ』


◆     ◆     ◆


 子どもの頃からの夢、警察官になるにはたくさん勉強しないといけないらしい。

 そんな事を幼稚園にいた頃に何となく理解して目の前に置かれる宿題はできるだけこなした。


 小学校低学年の頃、両親が将来を心配して学習塾に入れられた。まだまだ友だちと遊びたかったが将来のためと諦めた。

 定期テストの度それなりの高得点を獲得するようにはなったが、学年でも上の中の成績で本物の天才秀才には敵わなかった。それでも俺は頑張っていたつもりだったし、上には上がいると肌身で理解しただけでも十分だった。


 全ての歯車が狂ったのは有名進学高校に入学し空手部に所属した後だ。俺は他の学校の空手部と比べる事をしなかったから、顧問の教育指導についてかなり厳しい事に何の疑問にも思わなかった。むしろ、こんなものだろうとしか考えていなかった。

 入部してもうすぐ冬を迎える頃だったろうか、たまたま顧問が所用で部活動中に不在だった時に同じ空手部の女子部員が何人かの同性と体育館の隅でおしゃべりを始めたのである。


 練習の邪魔だったので会話を止めて練習するよう注意をしたところ無視された。普通ならこの時点で放置するのだが、カチンと来た俺は拳を振り上げ練習に戻るよう言った。

 それだけで彼女たちは練習を再開した。拳を振り下ろす事は無く終わったので内心で安堵した。


 そのはずだった。

 翌日、空手部顧問の呼び出しを受け生徒指導室を訪れてみると、そこで待っていたのは殴ってもいないのに包帯で顔をぐるぐる巻いた女子部員とその両親、そして彼らに頭を下げて俺を睨みつける顧問だった。


 正直あの後のことは語りたくないが有無を言わせず空手部を強制的に退部させられ、俺が女子に暴力を振るって怪我をさせたという噂が広まって学年から村八分状態となった。


 ストレスに押しつぶされ成績は急降下。学業に身が入らなくなりテストも赤点すれすれ。部活動に所属しなければ内申点を下げるという教職員の通告に渋々文化部に移動した。だがそこでも腫れ物のような扱いを受け、一人でならこなせるパソコン部に落ち着いた。


 進路指導の教職員からも警察官は諦めざるをえないだろうとのことで、次点の自衛隊に行こうかと考えるも両親の猛反対を受け断念し一般企業に就職するしかなかった。


 どういうわけか、就職先の会社はどこもブラックと呼んでも差し支えない企業ばかりで、俺の人生呪われてるんじゃないのかと思いもした。

 結婚もできずこのまま終わるのかと暗澹たる気持ちを抱えていた頃、いきなり戦争が始まり異世界に召喚された。


◆     ◆     ◆


 西暦2028年2月14日午前六時 葦野よしの旅館



 夢と自覚した途端、目を覚ます。何となく天井を見つめる。

 何で今になってあんな夢を?

 考えても何も始まらないので身を起こした。


 昨日、寿司屋で夕食をとった後、近場の旅館やホテルを片端からあたり、そのうちの一軒が飛び込みでも好意で泊めさせてもらえた。

 空いている部屋がひとつしかないとのことなのでローナたちと一緒に泊まる。その際、従業員に汚さない事と念押しされたうえで入ることが許された。

 他所様の布団でしないよそんな事。


 そのまま何事も無く夜が明けたようだ。

 さて、気分を切り替えて今日は服屋に行ってそれらしい装いに着替えるとするか。

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