第三十五話 影で蠢く者たち

「いくら何でもおかしい。暗殺成功の報告どころか、定期連絡すら入って来ん」

「どうされますか?」

「やむを得ん、切り札を使う。どの道、儂らはもう終わりだ」

「…………」

「もはや、なりふりなど構ってられん、最期に一矢報いてやる。覚悟しろ、勇者ヤスタケ」


◆     ◆     ◆


 西暦2028年2月14日午前8時 葦野旅館



 観光二日目、この国に合った服を買おうと話し合い、市内の服屋を見て周る予定を立てる。


「ねえ、何で荷物背負わないといけないの? 重いから旅館に置いて行こうよー」

「空き巣に遭ったらどうすんだ。我慢しろ」


 何せ名だたる警備会社をあごで使うときた。職権で部屋に踏み込まれる可能性がある。


「むー! 美味しいお菓子おごってー。それで妥協してあげる!」

「分かった分かった」

「約束だよー」


 あっさり機嫌が治った。現金なものだ。


「良いのか?」

「それくらいなら安いものさ」

「それなら私もご相伴しょうばんに預かっても良いだろうか?」

「構わない。君を除け者にはしないよ」

「ありがとう」


◆     ◆     ◆


『ローナが安武の妻ということは分かったが、セシルとの関係は何だ?』

『可能性としてはローナの護衛が高いかと。身のこなしが軍人のそれです』

『練度は?』

一概いちがいには言えませんが、陸自に当てはめると入隊から三〜五年相当ではないかと』

『まあ、年齢から類推するとその程度か』

『そうなると、第三国のスパイの線もあるな』

『どこの国にも該当しないのにか?』

『拾われて育てられた可能性もある』

『問題はどこの国か、だが』

『同盟国のアメリカやイギリスの線は……意味が無いな』

『中露北、大穴で韓だろう』

『安武という男がセシルに篭絡ろうらくされて操られている、とでも?』

『それは無いだろう。あったら女に対する男の態度が露骨に出る』

『どちらかと言うと友達以上恋人未満の関係に見えます』

『それはそうと、女たちの身元は割れたのか? 手がかりは無いか?』

『警察にもあたって見たんですが、スカを引きました』

『該当無し、と』

『一体どこから密入国しやがったんだ』

『全国の防犯カメラを総ざらいしているのですが、一向に……』

『見逃しているのかもしれん。もう一度洗い直せ、最優先だ』

『了解しました』

『今まで光学迷彩で隠れていたのに、見つかったら止めるとか何を考えてるんだ?』

『無意味と判断したんじゃないか?』

『大体の位置は分かっても視認できるできないで大分違うんだぞ』

『……もしかすると、本当はスパイではないのでは?』

『なら何のためにこの国に来た?』

『……海外で結婚して嫁を連れ帰って来た、とか』

『光学迷彩まで使ってか?』

『それなら、普通に入国手続きすれば良いだろう』

『嫁本人がパスポートを持ってなかったりしてな』

『いくら何でもそんな事は無いだろう。……無いよな?』

『奴らは何か隠している。それを暴くんだ』


◆     ◆     ◆


 西暦2028年2月14日午前8時 葦野旅館



 葦野旅館を経営する家族のお婆さんに頼み、服屋の場所と名称が書かれた紙を受け取る。

 ただ、お婆さんの話によると大和ミュージアムの側に建った大型ショッピングセンターに若者たちが行ってしまい、市内の個人商店の多くがシャッターを下ろさざるをえなくなったそうだ。

 旅館からだと線路の向こう側だから近くの個人商店から回ってみるとするか。

 しまった、役人に目をつけられたらスマホ持ってなくても意味無いやん。

 魔王領に置いて来なければ良かったかもしれん。

 服屋は呉市内を南北に流れる二つの川のうち、東の川より東側の建物の群れ一帯がそうらしい。


「ねえ、これって今日中に全部見て周れるのー?」

「呉市内の主だった施設がこの辺に集中してるし、可能だろう」

「何なら明日も続ければ良いのでは?」


 メモとパンフレットの地図と照らし合わせて、ローナが困った顔で疑問をぶつけてくるも俺の根拠不明の発言にセシルが突っ込みを入れた。


「……それもそうだ。ハズレは引きたくないからな。じっくり選ぼう」

「さんせーい」


 セシルは大丈夫だろうが、ローナがどういった服を買うのか不安だ。


「お金はあるけど限度ってものがあるからな。余り高いの選ぶんじゃないぞ?」

「可愛くないのは嫌だよ?」 

「子持ちが何を……まだ十代だったな、そういえば」


 メイドだったからな。色々な服を欲しがるのも当然か。


「女は若いうちに着飾るのが良いと思う」

「そうだぞー」

「分かった、分かったから」


 二人の意見に押されまくる。一対二では分が悪いので早々に白旗を上げた。


「それと虎太郎の服も買うぞ」

「こっちに良い物がそろってると良いなー」


 店の人に訊いてみれば適切な物を見繕ってくれるだろう。


『ところでさ、さっきから私たちを見てる人たちいるよねー?』


 急にローナが頭内通話に切り替えてきた。


『なるべくこの国の服に似せて作ってもらったけど細部が違うからな。それなりに目立つだろう』


 俺たちが着ているのは副官の紹介で訪れた服屋に仕立ててもらった物だ。副官御用達の店だから、そこらの店より断然質が良いのは理解できる。ただ、中世の技術で作られたせいなのか現代日本と比べて作りが甘いのは仕方ない。


『それもあるけど、視線に害意が込められてるのがあちこちいるんだよねー』

『……ということは、覗き魔の仲間か』

『たぶんそれ』


 覗き魔の一件以来、ローナが全周囲に邪思探知という魔法を常時行使するようになった。

 効果は術者に向けられる意識に悪意や害意を抱いている場合、誰がどこにいるのか分かるものだそうだ。ただ悪意を感知することはできても、思考までは読めないとか。

 さりげなく視線を左右に走らせるが、俺自身相手が一般人かそうでないか判別できる程では無いし、探すのが面倒くさいので放棄した。


『どうする、叩きのめすか?』

『時間と労力が勿体もったいない。ちょっかいをかけてこないのなら放っておけ』


 脳筋思考なセシルの問いかけに、俺は相手にするなと言ってやる。


『典男がそう言うなら我慢するよ』

『私はやりたいけどねー』

『頼むから今は耐えてくれ』


 ローナが本気で怒ったら何をするか分からん。妊娠発覚後ポルターガイスト現象を意図的に起こして制御と効果増大に力を入れて訓練してるから、触らぬ神にたたりなしだろう。

 視界内の人間が空中を飛び交う光景なんか見たくもない。


 歩道を歩いていると、道の真ん中に俺の胸の高さくらいに一匹の虫が飛んでいるのを見つけた。こちらに背を向けて同じ場所にとどまっている。よく見ると黄色と黒のしましまの蜂だった。蜜蜂程度の大きさだ。

 そのまま蜂を追い越しかけて違和感を感じた。

 今二月だぞ、蜂? 近くに咲いてる花も無いのに?

 蜂を追い越しその場で反転すると、腰を落として膝の上に両手をつき蜜蜂の顔を覗き込んで思考停止する。

 蜜蜂の頭にあるはずの複眼が無く、二つの茶色いレンズが並んでいた。

 ロボットか、これ?

 蜂は投げられたブーメランのような軌道を描いて百八十度向こう側を向いてしまう。

 俺は無意識に回り込んで蜂の顔を覗き込もうとしたら、蜂は横回転しながら急上昇しどこかへ飛んで行ってしまった。

 うん、本物の蜂と違って生き物くさい飛び方してないな。はたき落として足で踏み潰せば良かったかな?

 などと思いつつ、ローナたちにどうしたのかと訊かれて良く出来た作り物の虫だったと答えた。


◆     ◆     ◆


『安武一味を監視しているが、特に動きは無いな』

『外国の反応は?』

『我々の動きをなるべく隠蔽しているおかげで、それほど目立っていないし気づいてもいない。同盟国もまたテロリストか、お疲れ……という反応だな』

『このまま静かにしてくれればいいのだが』

『報告します、蜂型偵察機の存在がばれました』

『観察力があるな。引き続き監視を続けろ』

『了解しました』


◆     ◆     ◆


 西暦2028年2月14日10時48分 呉市内堺川東側商店街



 服屋を地図の北側から順に見て回るがどこもシャッターが降りていて買い物自体が不可能と来た。店を何軒もはしごしてあと一時間ほどで昼飯の時間になる。

 ローナとセシルはそれまでに訪れた店は、どれも服がお年寄り向けの婦人服ばかりで困っていた。少子化の影響で若者向けの服が売られていないのでは、と俺の説明に納得したようだ。

 俺たちは諦めて呉駅の脇にある空中歩道を通って大型ショッピングセンターの二階から入店し、風除室の壁にかけられていた店内の案内図を見て目的の店に向かう。

 それまでの店と比べて値段がどれもお手頃で、俺に虎太郎を預けたローナとセシルはあれが良いこれが良いと物色を始めた。

 それに対して俺の場合、サイズ的に合いそうなのが無い。一番大きい服よりも一回り大きいので着られないのだ。

 店員さんに尋ねてみたところ、広島市か同じ呉でも山を挟んで東の方にそんなお店があると言う。

 名称を訊くと広島市の方は知らなかったが、呉市東部の新広駅の北側にあるのはワーカーマンという東京でも見かけるお店だ。あの店には時折お世話になっている。

 できればサッカーアークもこっちにあれば良かったんだが。

 ローナとセシルの買い物が済んだら適当な店で昼食をとって、そっちに足を伸ばそう。


◆     ◆     ◆


西暦2028年2月14日13時過ぎ JR呉線電車内



 呉駅から三両の電車に乗って東へ進み新広駅までの短い旅だ。ローナたちは座席に座って窓の外の景色を眺めている。


「速い速い! 聞いてはいたけど、電車って凄いね!」

「故郷にはこんな物、影も形も無かったからな……。典男の住んでる国の力は凄すぎて口を開けっ放しだよ」


 ローナが電車の速さに感動し、セシルは感心し車内も見回している。

 一応補足として説明しておくか。


「ちなみに昔は国の物だったけど、今は民間が会社として運営してるぞ」

「嘘を吐くな。兵站も兼ねているはずだ。民間人を運ぶのはあくまでついでだろう?」


 その可能性もあるけど、俺は実際に目の当たりにしたことはない。なので肩をすくめるだけにした。


「…………」

「何だ、その無言の笑みは。…………え、まさか本当に? ええ……」

「ねえねえ、どこまで行っても建物ばかりだよ。どこまで続いているの……うわ、真っ暗!」

「トンネルに入ったんだ。出てから二つ目の駅で降りるぞ」

「まだかなー、…………外に出た! うわわ、こっちも建物だらけ!」

「東京はこことは比べ物にならないくらい凄いぞ」

「ここよりもか? どれだけ大きな国なんだ……」


 ローナは驚きっぱなしだし、セシルはあまりの壮大さにため息を吐いた。


◆     ◆     ◆


『ええ……鉄道の存在をこれっぽっちも知らない国から来た? あり得ないだろ、そんなの』

『アフリカの奥地か、それともジャングルの未開部族の出なのか?』

『襲撃者どもも中世っぽい身なりをしてたようだから、もしかすると奴らと同郷だったり?』

『…………待て。そう考えると、襲撃者の狙いは我が国でなく安武一味ということになるが』

『……安武一味が何らかの理由で出奔して、恨んでいる奴が追手を差し向けた?』

『可能性はありますね』

『おい待ってくれ。ということはたまたま第◯◯混成連隊が通りかかって、とばっちりを受けただけだったり……』

『いやまさか、それは。しかし』

『やはり接触して、直接訊いてみてはどうでしょうか?』

『…………もうしばらく様子を見よう』


◆     ◆     ◆


 西暦2028年2月14日14時26分 ワーカーマン前



「へー平べったいお店なんだね。何て言う名前なの?」

「ワーカーマン。労働する人という意味らしい」

「そのままだな、おい」


 物珍しそうに外観を眺めるローナに説明すると、微妙な顔でセシルが正直な感想を言った。

 気にしたら負けだ。


「その分、生地をそれに合わせて丈夫に作ってあるという触れ込みだ」

「肉体労働向け……、男のための店なのか」


 なるほどと頷くセシルに、ちょっと解説してやる。


「当初はそのための店だったんだがな」

「どうした?」

「俺も詳しくは知らないが、経営方針が変わったのか女性に対して男臭くならないように見られるための路線になってな」

「どういう事ー?」

「つまり黒や灰色なんかの地味な色合いの作業服じゃ女が寄って来ないから、あれやこれや色を加えたんだよ」

「ふーん」


 解説の途中でローナが淡白な返事をした。


「あくまで個人的な解釈ではあるけど、……あまり興味無さそうな態度だな、おい」

「大人の仲間入りしてから女を探すんじゃなくて、子どもの頃から彼氏彼女を作るべきだと思うのー」


 女性視点からの意見は俺にとってなかなか無いのでありがたい。限度はあるけどな。


「……理由は?」

「典男の場合、勉強と仕事にかまけて彼女を作ろうとしなかったから結婚できずにそんな年になっちゃったんだよー? 自覚無いのー?」

「あるにはあるぞ。というか、心の傷をえぐるのは止めてくれ」


 自覚すると悲しくなるから、意識せずに生きてきたんだよと心の中で毒づく。


「まあ、彼氏が目立たないというのは女にとって自慢できるものではないな」


 セシルよ、お前もか。


◆     ◆     ◆


『ぐわー!』

『俺たちに対するあてつけか?』

『悪かったな、塾とか受験勉強に忙しくて女に構ってる暇無かったんだよ』

『俺、まだ結婚どころか彼女すらいねーよ……』

『ドンマイ』


◆     ◆     ◆


 幅十m、高さ六mの洞窟の入り口の前、暗闇の中に無数のかがり火が等間隔に設置され武装した兵が隊列を組んでずらりと並んでいる。

 彼らは主戦派閥の中のさる大貴族に雇われた私兵集団であった。


 カルアンデ王国議会で主戦派閥が軒並み魔王によって殺害されたが、雇い主である大貴族は辛くも難を逃れた。

 しかし、カルアンデ王国国王ウェスティンは彼らを粛清に踏み切った。

 税金を誤魔化して国庫に納めない等の悪事は茶飯事と化していて、大貴族であったため迂闊に取り潰すわけにはいかず今まで放置されていたのだ。


 止めとなったのは魔王軍との戦争の勃発を防ぐどころか散々周囲を煽り、いざ始まると戦から距離を置いた事。それに加え、議会の私兵集団の参加要請をやんわりと断った事だ。

 国王は怒り心頭だったが主戦派閥が無視できない程の勢力を有していたので、下手をすれば国を二分する内戦へと発展し隙を突かれて他国の介入を招きかねなかったため粛清を思い留まっていたのであった。


 しかし、勇者ヤスタケによって戦争終結。その時に魔王の遠隔攻撃で主戦派閥の取巻きの多くが強制的にあの世へと旅立たされ組織は弱体化し、これを機会にと国王が生き残りの主戦派閥の粛清に走った。

 辛うじて残った私兵集団も今や風前の灯火である。


 ……かと思われていたが。

 私兵集団の団長が声を張り上げる。


「お前ら、準備はいいな? 雇い主は死罪だろう。俺たちも良くて鉱山奴隷が待ってる。そうなれば二、三年も持たずに死ぬだろう。誰がそんな運命受け入れられるか。どうせなら勇者ヤスタケを道連れにくたばってやる」


 その言葉に同調する怨嗟の声が周囲の森に吸い込まれていった。


「この洞窟は勇者の故郷、それも勇者の近くに運んでくれるというありがたい魔法だ。いいか、お前ら? もう雇い主はいねえ。昔みたいに強盗強姦虐殺、何でも有りの懐かしい時代が戻って来た! 俺たちの命が尽きるまで勇者の故郷をいたぶってやろうぜ!」


 団長の言葉に熱狂する兵ども。


「遠隔門、繋がりました!」

「よーし、良くやった! 行くぞ、お前ら! 地獄の底まで突き進むんだ!」


 団長に率いられた集団は戦勝を祝う歌を歌いながら、列をなして洞窟の中へと入って行った。

 そして。

 洞窟の前には消えかけのかがり火と無数の足跡のみが残されていた。

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