第9話 かませ犬は救いたい③

(・・・・・・グレイブがこの場面で第三王女を許すように父親に訴えるだろうか?)


俺はグレイブという人間を本人以上によく知っている。奴は他人に優しさを向けられるような人間ではない。むしろ、弱みを握って他者を従わせるようなカスみたいな人間だ。


そんな男が「第三王女を許してあげてください?」


そんなこと、言うはずがない。


今、この場でそんなおかしな事を口走ってしまったら最後、「おいグレイブよ、やはり頭を打っておかしくなってしまったノーネ。誰か早く病院に連れて行くノーネ」とか何とか言われてこの場から退場させられる未来が目に見えている。


甘い考えで安易に許すように懇願することなどできるわけがない。


じゃあ、どうすればいい?


冷静に考えろ。今、俺は命綱なしで綱渡りをしている状況なんだ。一つのミスが命取りになる可能性を忘れてはいけない。


俺は脳をフル回転させて考えた。周囲の状況や問題を深く分析し、最適な解決策を見つけるために全力を尽くしていた。


「すつもりなのですか?僕を傷つけた女を」


そして、熟考に熟考を重ねた俺の黄金の頭脳が導き出した答えがこれだった。結局、俺はただのパニックに陥って、本物のグレイブが言いそうな発言をしてしまったのだ。


「はっはっはっ、何を言ってるノーネ。愛しの我が息子を傷つけた馬鹿を許すわけないノーネ」


最悪だ。これではただ状況を悪化させただけだ。背中に感じる第三王女の使用人達の視線が痛い。


そもそも、俺は高校や大学受験でも頭の回転が悪さを記憶力でカバーして乗り越えてきた人間なのだ。

こう言う場面にはとことん向いていない。


「じゃあグレイブ、パパは言ってくるノーネ。後でたっぷり話は聞かせてやるノーネ」


絶望的な状況に見舞われ、頭は無力な静寂に閉ざされ、考えることができなくなった。ただ俺がそのまま思考停止して呆然と立ち尽くしている間に、グレイブの父親はエリスを引き連れて部屋から出ようとしていた。


俺はようやくそこで正気を取り戻した。まずい、このまま無抵抗でグレイブの父親とエリスのベットインを見届けようものなら、「けんま」の世界のグレイブと同様に俺が処刑の道を辿ることは火を見るより明らかだ。


嫌だ、絶対に嫌だ。どうせ死ぬなら、巨乳のお姉さんの胸の中で最期を迎えたい。汚い処刑台の上なんかで死ぬなんて、絶対に嫌だ。


「パパ、その役目僕にやらせてくれない?」


グレイブの父親がそのままエリスを引き連れて部屋を出ようとするその瞬間、俺のそんな欲望が自然に口から漏れ出た。


そんな俺に先程よりも鋭く、使用人たちの冷たい視線がより深く突き刺さる。ただ、今の俺にはその視線すらも一切気にならなかった。


今の発言は、生命の危機を感じた俺の保存本能が、できるだけ迅速に種の保存を選択したために口から無意識に漏れ出たものに過ぎない。


ただこの発言が、俺の脳裏にこの状況を解決するたった一つの手段を導き出したのだ。


(俺がエリスに直接、罰を与えればいいんじゃないか?)


この事件の被害者はグレイブだ。自ら罰を与えると言っても何の違和感もないはずだ。


そして罰を与えると言って、この部屋からエリスを連れ出して自室に連れて行ってしまえば、後は二人だけの密室の空間だ。俺が本当にエリスに罰を与えたかどうか、そんなことは誰も知る由がなくなるだろう。


俺は汚名を被ることになる。しかし、エリスが死ぬことはなくなり、最悪の事態は回避できるはずだ。


「グレイブよ」


しかし、そんな俺の妙案を否定するかのように、グレイブの父親の大きな声が再び部屋に響き渡った。

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転生したらギャルゲーのかませ犬キャラでした @Ybarbar

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