第1章 Make it happen (後編)
遥かな未来より目の前の危険を優先すると、そう決めたはずだったが、その危険はもうすぐそこに来ていた。
「今日も、何も進展しませんでしたね」
珍しく沈んだ様子の石田と共に駅までの道を歩いていた時だった。
「焦っても仕方ないけどな」
「そうはいっても、このまま政府に任せてたら1年どころか、一生かかっても解決出来ませんよ」
「でも、俺たちは何か化学に精通しているわけでもなく、特殊兵器に詳しいわけでもない。結局俺たちは俺たちに出来ることをするしかないんだよ」
「そんなこと言ってていいんですか!?」
石田が突っかかってきた。いつになく真剣な眼差しに、藤田は狼狽えてしまう。
「そんな呑気なこと言って……。この国はいつもそうだ。なんでもかんでも面倒くさそうな問題は後回しにして、対応が後手に回って、結局取り返しのつかないことになる!今だって1万人が消えてるのに、政府はろくに報道しなくなりましたよね?」
「石田、俺は政府じゃないし、国じゃない」
「そうやって、他人事みたいに考えてるから政府が、国が暴走するんじゃないですか?」
「石田」
「いつかは絶対に『事を起こさなきゃならない』」
藤田はいつの間にか立ち止まって、石田の眼差しを正面から受け止めていた。
「だろうな。でも、それは今なのか?そのタイミングが、お前には分かるのか?」
そして精一杯の言葉を投げかける。石田の言っていた事は正しいかもしれない。つくづく他人任せの自分に笑いさえ込み上げてくる。石田は一拍置いた後、挑戦的な笑顔ではっきりと口にした。
「違いますよ、先輩。タイミングは伺うものではなく、作るものです」
悔しいけれど、頼もしいと思ってしまった。警察に勤めるようになってから、自分はすっかり牙を抜かれてしまったようだ。出来ることばかりをしていたって、進歩する訳がない。時には無茶をしてでも、やはり事を起こさないといけないのだ。藤田は毎日のように先輩に突っかかっていた若手時代を思い出した。
「随分と頼もしいじゃないか?」
「ええ、先輩とは違います」
「でも、具体的な案はないんだろう?」
「え、あ、それは……?」
明らかに目が右に左に泳いでいる。そんなところもまた、若手だった頃にそっくりだった。
「いいんだよそれで。行動は若者が起こして、先の見えてる老人がそれを支える。若者が行動力で勝負するなら、こちらには経験があるからな」
「先輩……」
我ながら、いい感じにまとまったな、と少しいい気分に浸っていた藤田を、女性の悲鳴が現実に引き戻した。
「!?今の声」
「公園の近くだ。急ぐぞ!」
公園に向かうと、女性用の服一式が落ちていた。まるで、中に入っていた女性が丸ごと消えてしまったかのようだ。いや、「消された」のだ。
「先輩、これって……」
「間違いない」
間違いない、とは思っていたものの、藤田の中で新たな疑問が浮かび上がった。今までの「マダー」は時限式で、人が多く集まる場所に仕掛けられていた。しかし、今度は夜の公園だ。集まる人は少ないであろうことは明白だった。なのに何故仕掛けられているのか?そして、女性の悲鳴が上がったことも不自然だった。「マダー」は一見普通の黒い箱である。悲鳴を上げる要素がない。一般人が「マダー」の見た目を知っているということも考えにくい。何故だ?
「あ、おい、待て!そこで何してる!」
物思いに耽っていた藤田をよそに、石田は行動を起こした。周りを見渡したところ、全身黒づくめの男が公園から走っていくのを目撃したのだ。
「おい、石田!」
藤田は石田を止めようとしたが、石田も黒づくめの男も走り出した後だった。仕方ない。藤田も2人を追いかけて走り始めた。
「おい、その銃はなんだ!」
「銃じゃない、Point0(ポイント・ゼロ)さ」
やっと藤田が追いついた時、石田と黒づくめの男は揉み合っていた。どうやら銃を取り上げようとしているらしい。石田は必死に取り上げようとする一方で、黒づくめの男は余裕ありげな表情でされるがままになっている。表情の通り、180cm近くある石田が食ってかかっても、男はびくともしなかった。
「貴様……!」
「消えろ」
男は突然石田を突き飛ばすと、石田に向けて発砲した。パァン……という乾いた音が夜の住宅街に響き渡る。石田が後ろにのけぞり、倒れていく様子がスローモーションのように見えた。
「石田……!」
考えている暇などなかった。藤田は倒れている石田の元に駆け寄った。
「石田、しっかりしろ!」
「……!先輩、後ろ」
それが藤田の聞き取った最後の音になった。
あたりが眩しい閃光に包まれる。石田はあまりの光に目を閉じてしまう。その光の洪水の中で、ふと自分の身体が軽くなるのを感じた。俺の上には、先輩が覆い被さっていたはずなのに……。
やっと光が収まった時、目の前からは黒づくめの男も、「先輩」も綺麗に消え去っていた。きつねにつままれた気分になった石田だが、徐々に今までの出来事を思い出してきた。黒づくめの男、拳銃とは違う武器ー現に撃たれたはずの石田は傷一つなかったーそして、ポイント・ゼロという言葉。ポイントゼロ、それがあの武器の名前なのか?ここまできて、石田は自分が「先輩」のことを忘れていないことに気がついた。先輩……藤田……天然パーマのかかった髪……くっきり二重の目……石田よりも少し背が低くて……何より石田が彼と過ごした時間、初めて奢ってくれた寿司屋で食べた穴子、初めて犯人を捕まえた時、長時間車の中で張り込みをした時の朝日……。
様々な思い出が蘇り、そばにはいつも藤田がいたことを思い出した。
当の藤田はもういない。石田の目の前には、コンクリートしかない。
「ほら、あんたがぐずぐずしてるからですよ」
暗闇に向かって呟くその声は、語尾が震えて覇気がない。遠くから、誰が呼んだのか、パトカーのサイレンが聞こえてくる。
こうして事は起こり、Point 0への、それらを使う全てのゴミクズどもへの報復が始まろうとしていた。
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