7.カ・ル・ネルズの砦

「らっぱぁ~!! 少尉階級が率いる十人隊は十隊纏まって、中尉階級の指揮に従え!! 中尉階級の率いる百人隊は、十隊纏まって大尉階級の指揮下に!! 大尉階級の指揮下千人隊はやはり十隊纏まって、わしの指示に従えぇー!!」


 幼女天使ネプティエルが声を張り上げる。


 さて、日が過ぎて。俺達ネプティエル隊の異世界人部隊は、キリスタルズハイムの城外、城門前で列を作っていた。

 天使少尉が10人を率い、天使中尉が100人を率い、天使大尉が1000人を率い。

 天使少佐たるネプティエルが、その総勢10000人の指揮を取るという、この大軍容。

 一体どことの戦争をやらかすんだ、ホントに。ガゾが言っていたことには、魔族と戦うらしいが……。


「では、出撃!! 進軍開始!! 目指すはマズディア大陸中央域、ガラウ・ル・ガエッダの平原だ!!」


 天使たちはユニコーンという白い一角獣の神獣に騎乗している。

 だけど、俺達異世界人兵は徒歩だ。

 何というかすんごい待遇差だぜおい!!


「きっさまらぁ!! 怠けるな!! 歩みが遅いぞっ!!」


 ああ、天使だよ。間違いない、コイツら天使だよ!!

 神獣の上から、鞭をブンブン振り回して。

 徒歩勢の俺達異世界人部隊の中で、疲れて歩みが遅くなってきた奴らをビシバシ叩いてる。


「フン……。頭が悪いな、あの天使共。物理的に叩けば、叩かれたものは体力を消耗する。それよりは、嘘でもいいから大きな褒賞を与えるといって、気力を引き出せばいいものを」


 お、おい。俺の隣で、弓を背負ったミツグが何か邪悪なことを呟いてる。


「ミツグ……よぉ? お前、現世のブラック企業で、そういう使い方を部下に?」


 俺がそう聞くと、ミツグは苦い笑いを浮かべた。


「空約束に空手形。口約束。そう言ったものは、部下を無償で動かす方便としては優れている」


 鬼環境に居たんだな、コイツぁ……。俺は、なんかミツグがちょっと怖くなってきた。



   * * *


 行軍距離、一か月ほど。

 無茶苦茶長い行軍をしたような気がする。

 辿り着いたそこはどうやら、神軍の最前線のようで。

 要塞が築かれていた。デカい。


「カ・ル・ネルズの要塞に連絡が取れました! ただいまから開門!!」


 伝令天使が砦に飛び、戻って来てネプティエルにそう告げている様子がわかった。


「よーし!! 貴様ら異世界人部隊!! 一か月ぶりに、寝台で寝させてやるぅ~!! 総員要塞に入れっ!!」


 ネプティエルの指示がそう飛び、俺達は要塞に入ることになった。


「ミツグよぉ……」


 俺は、同じ隊に配属されているミツグに尋ねる。


「なにか? エイタ君?」


 要塞内に入る為に開かれたバカでかい扉。それが開くことで出来た通路の壁をコンコンと叩いて、何か納得したような顔をしているミツグ。


「コイツら。いや、神軍の連中の事だけどよ。ヤベェな。色々と規模がでかすぎる。しかし、コイツらがここまでするってことは……。敵はその相応以上の脅威って事だろ? ヤバくねぇか? ミツグ」

「はは。確かにヤバいが。私たちは戦うしかないぞ、エイタ君。この分では、逃亡兵に対して、この神軍の連中は容赦しなさそうだし、仮にうまく逃げおおせてもだ。この右も左も分からん異世界で。我らはどう生きていくんだ?」

「……そりゃま。そういう理屈にはなるけどよぉ……」

「変なことは考えるな。そんな事に精神力を使って、これから戦うことになる戦場で集中力を欠いて屍を晒すと考えたらゾッとするだろうに」

「……まぁ、な」

「では、今夜はよく休もう。風呂があるかはわからぬが。少なくとも寝台で寝させてくれるとあのネプティエル様が約束したからな」

「ネプティエル、ねぇ……。あの頭ぱっぱらなメスガキちゃん、大丈夫なのかよ。本当に」

「さあね? しかし、私たちを最初に遇したときの待遇の手法は大したものだし、一か月もの行軍でほぼ脱落者を出さなかった手腕も大したものだろう。この分では、戦場の司令官としても期待は持てる」


 そんなことを話していると。


「おい、いっつも無駄口を叩いているな、貴様らは!!」


 俺達の直属上官である、十人隊の指揮を執る少尉天使セプナエルの奴が、叱咤の声を飛ばしてきた。


「この兵舎の中に早く入れ!! 飯の時間に遅れたら、それは食えなくなるぞ!!」


 とかいって、鞭で俺達のケツを引っ叩きやがった。イテエな!!


   * * *


「黒パンに、蒸かしたジャガイモ。それにスープか。上等じゃないか、ここの飯は」


 何というのか。始まりがスクラップビーストの肉だったんで、なのか。

 あのエリートっぽいミツグの奴が、こんな粗食に文句を言わないのがなんとなく不思議だったが。

 腹減った状態で喰うと、黒パンもジャガイモもスープも。

 旨いのは確かだった。


「貴様らぁ!! 飯を食ったら、この湯にタオルを浸して絞り!! 身体を拭え!! 貴様らの畜生臭いニオイを嗅がされるこの天使様の身にもなるのだ!! 不潔な生物どもめっ!!」


 うちの隊の二人に。バケツに入れたお湯を持ってこさせて、俺達の前に置き。

 兵舎の中の全員分のタオルを配らせた、少尉天使セプナエルは。苛立った表情を浮かべつつも、ちゃんと役割を果たしているようだ。


「ふむ……。冷水でなくお湯か。この一点だけでも……」


 ミツグがなんか頷いているので、俺は聞いてみた。


「どうした?」

「いや、このネプティエル大隊。神軍の中でも相当に待遇がいい。そう思った方がいいぞ、エイタ君」

「水が、お湯なだけでか?」

「そうだ。細かい所の差が大事なんだ」


 そんな事を聞いていると、本当にそんな気がしてくる。

 このミツグ、現世で相当な修羅場くぐってそうなので、俺は。


 コイツの言う事を大事に考えたほうがいいな、と。


 そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る