第28話 ミッション完了なのじゃ!

「すず!」


 涼穂がツインテールの少女に銃を向けられた事に気を取られた瞬間、背後に回り込んだもうひとりの女に首を絞め上げられる彩晴。女のもう片方の手には暗器が握られ、鋭い切っ先を喉元に突き付けてきた。


「くっ!?」

『彩晴さん!?』


 戦闘用ウォールスーツは防弾防刃使用で、首回りもしっかりガードされている。とはいえ貫かれないという保証はない。


 相手は手練れだ。一瞬で拘束されて格の違いを認識させられた彩晴は死を覚悟した。


 だがその時、少女の声が室内に響く。


 ディアだ。ディアは室内に飛び込んでくると、その勢いのまま、彩晴を拘束する女めがけて飛び蹴りを繰り出す。しかし、咄嗟に盾にされて蹴りを受けることになったのは彩晴だった。


「ふぎゃ!?」


 ヘルメットにガツンとくる衝撃。蹴った後、宙返りして軽やかに着地するディアの運動神経は大したものだが、所詮は小柄な少女のキックだ。戦闘用ウォールスーツに備えられているバランスアシストと衝撃吸収機能が働いて、彩晴にダメージはない。


 しかし、ディアの奇行は無駄ではなかった。


 ツインテールの少女の意識が一瞬逸れた瞬間を、涼穂は見逃さなかった。


 銃を持った少女の右腕を自分の左脇に挟み込み、右腕で後ろから頭を抱え込むと、足を絡めて背後に反るように倒す。相撲の河津掛けだ。


 河津掛けはアマチュア相撲では禁止されているくらい危険な技だが、実際の戦闘でそんな事を気にするはずもない。受け身もとれずに下敷きにされたツインテールの少女から苦悶の声が上がる。そのまま抑え込みにかかる涼穂。


「あやっ!」

「まかせろ!」


 彩晴は首を絞めつける女性の腕をパワーアシストされた膂力にものを言わせて振り払い、背負い投げで女性の身体を床に叩きつけた。


「悪いな。でも、先に手を出したのは君達だから」


 大の字で白目を向いているが死んではいないだろう。彩晴は女性に謝罪すると、大腿部のホルスターから45口径拳銃を抜く。そして、床で涼穂と格闘するツインテールの少女の腹に向けて引き金を引いた。装填されているのは、スポンジに神経を麻痺させる電磁パルスを内包した麻痺弾パラライザーだ。撃たれると1時間くらいは身体が痺れて動けなくなる。


 彩晴は、痙攣するツインテールの少女の手から銃を取り上げる。


「相変わらずお転婆だなすずは」

「あやの詰めの甘さも相変わらずだね」


 涼穂は寝転がったまま銃を抜くと、暗器を手に起き上がろうとしていた女性を撃つ。


「まだ動けたのか」

「相手はプロだよ。油断しちゃ駄目」

「ああ、ありがとう。助かった」

「私も助けてもらったからおあいこだね」

「そうだな」


 麻痺弾パラライザーを受けたふたりの頬をつねって、無力化した事を確認する。とはいえ、手練れである彼女達の事だ。恐らく1時間もかからず回復するだろう。


『まったく! てきとうなところに銃を置くからです!』


 一難去ったところで今度はハツの説教が飛んできた。反論しようも無く、彩晴はがっくりと肩を落とすしかない。


「ごめん」

『戻ったら反省会です。覚悟してくださいね彩晴さん』

「あいさー」


 彩晴は奪った銃を、コマンドドッグに向かって放り投げた。口でキャッチして、それを噛み砕くコマンドドッグ。エネルギーパックが放電して小さな爆発が起こるが、びくともしない様子で、粉々に破壊した銃を床に吐き捨てる。


「そうだ。ディアにも礼を言わないとな」


 蹴られたのが彩晴だったとはいえ、ディアが彩晴を助けようとしてくれたのは明白だ。


 目を向けると、ディアは悔しそうな顔をしてスカートの裾をぎゅっと掴んでいる。


「※※※」


 すまんと言っているのだろう。


 恐らく彼女達は、ディアの指示に従わなかったのだ。ディアはそれが悔しいのだろう。


「ディアが気にすることは無いさ。それよりも、助けてくれてありがとうな」


 ヘルメットを脱いだ彩晴は、視線を合わせるようにかがんでディアの頭を撫でた。


『あ、また!?』

「やると思ったよ」


 そう言って、涼穂もヘルメットを脱いでしまう。


『涼穂さんまで!』

「仕方ないよ。だって私達見るからに怪しいもん。せめて顔を見せてた方が、少しは信用してもらえるんじゃないかな?」

『……本音は?』

「あやが病気になるなら、私も同じ病室にいたい。あやが死ぬなら私も死ぬ」

『……ですよね。わかってました』

「おいこら。聞こえてるぞ」


 不機嫌そうな声とは裏腹に、彩晴の顔は真っ赤だ。照れた様子が見れたことに満足したのか、にっと笑みを浮かべた涼穂が顔を近づけてくる。


 その目は言っている。「私も撫でろ」と。


「まったく……こんな時にしょうがない奴だな」


 涼穂の肩を抱き寄せて、長い髪をすくように撫でた。涼穂は彩晴に身を預けて、その首に腕を回す。


 が、当然、ハツの雷が落ちる。


『さっさと次に行きなさーーーーーい!!!!!』

「※※※※※※※※※※」


 吼えるハツ。あと、何故か彩晴は口を尖らせたディアに尻を蹴飛ばされた。


「なんでっ!?」



 ✤✤✤



「生身だときついなこりゃ」


 ヘルメットを脱いで行動する事に決めたが、実際の現場の空気を直で触れると、その判断は甘かったと思ってしまう。


 その部屋は乗務員用の更衣室だった。中で倒れているのは5人。ひとりは大柄な海賊。生きてはいるが、手足は割いたシーツで縛り付けられている。ディアの護衛とみられるあのふたりがやったのだろう。ご丁寧に肩と足首の関節が外されていた。そしてあとの4人は10歳にも満たないような幼い少年少女達だ。酷い暴行を受けたのは明白で、彼等は皆、全身に痣だらけだった。うちふたりは既に冷たくなっていたが、幸い残るふたりにはまだ息があった。兄妹だろうか? 護るように女の子に覆いかぶさったまま、気失っている少年。吐瀉物に血が混じっている。内臓が傷ついている証拠だ。女の子の方にも殴られた跡はあるが軽傷で、今はインセクターの麻酔で眠っている。


「護りきったんだな」

「あやぁ……」


 涙目の涼穂。だが、彩晴も流石に今は胸を貸すこともハンカチを渡すことも出来ない。


「辛かったらメットしてろ。ここは俺がやるから」


 ヘルメット内には涙対策としてエアクリーナーと加湿装置が備えられている。この場で泣くくらいなら、ヘルメットを被っている方が良い。


 だが、涼穂は涙を堪える方を選んだ。


「ごめん。でも大丈夫だよ」

「それでこそ俺の相棒だ。彼の手を外すのを手伝ってくれ」


 絶対に放すまいと女の子を抱きしめたその腕をなんとか解く。それから、彩晴は少年を抱き上げて、ストレッチャーに側臥位で乗せ、安全ベルトで固定する。


『差し当たって至急治療が必要なのはさっきの女の子とこの子だけです。一応インセクターで見回りは行いますが、まずは艦に戻ってきてください』

「了解だ。あれ? そういえばディアは?」

「そういえば、さっきまでいたのに」

『まあ、どのみちここでお別れの予定でしたし、今は怪我人の治療が優先です』

「そうだな」


 ハツの言う通り、今は怪我人をハツヒメまで運ぶのが先決だ。どのみち治療が終われば帰しに行く事になる。その時また会えるだろう。一抹の寂しさはあったが、彩晴と涼穂はストレッチャーとコマンドドッグを引き連れてきた道を戻る。


 死臭の漂うカフェテラスと、エアドームを通る際は、息を止めたまま駆け抜けて、内火艇へと駆け込んだ。


 内火艇の中には、最初に保護した女の子がストレッチャーの上で眠っている。彼女には見慣れぬブランケットがかけられ、その手をひとりのメイドが、力付けるように握っていた。


「セーナ?」


 セーナの傍らには大きなトランクがある。どうやら、彼女は部屋に荷物を取りに行っていたようだ。


「ということは……」


 来た時同様、副操縦席に座る金色の小さな頭が見えた。彩晴達が乗り込んで来ると、シートの後ろから顔を覗かせて笑みを見せる。


「ハツ。知ってたな?」


 彩晴達が客船に乗り込んでいる間、無人の内火艇はインセクターで監視していた。また、途中からはコマンドドッグもいたのだ。ディアとセーナが乗り込んでいてハツが気付かないはずがない。


「いいのか? 後で拉致だなんだって問題にならないか?」

『他国の軍用艦艇に無断で乗り込んだわけですから、こちらとしては事情聴取しないわけにはいきません。ああ、でも、困りました。翻訳ソフトがまで完成していません』

「それが狙いか。最近のアンドロイドってのは随分柔軟な思考をするんだな」

『言葉が分からないのは直接安全にかかわります。今回の件で速やかに翻訳ソフトを完成させる必要があると再認識しました』

「まあ、確かにな」

「もう……あやに近づくお姫様がまた増えた」

「すず? なんでむくれてんだ?」

「なんでもない。ほら、出すよあや。座って」

「なんなんだよ」


 頬を膨らませた涼穂が内火艇を離陸させたことで、仕方なく彩晴も開いてるシートに腰掛ける。その口元が緩んでいることに、この場で彩晴だけが気付いていなかった。

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