第27話 #ディア7(一人称パート)

 わらわに通信機をよこすのじゃーー!!


 アヤハルの頭にくっついている通信機に手を伸ばす。別に本気で奪おうというのではない。通信機を貸せという意味での行動である。なんせアヤハル達は言葉が話せんからな。砂の踊り子号に入る事も困難であろう。得体の知れないアヤハル達を海賊以上の脅威と見て襲ってくる輩がいないともかぎらん。円滑に乗り込み、トラブルを防ぐ為には、砂の踊り子号の生存者にアヤハル達を受け入れるよう、わらわが話しを付けるのが一番じゃ。


 どうやらアヤハル達はわらわの意思を読み取ってくれたようじゃ。


 小型艇に乗り込むと、女の方が操縦席に座り、わらわはその隣に座らさせられた。すると、目の前に操作パネルが空間投影で現れる。どうやらこれが無線機のようじゃ。アヤハルがパネルに向かってしゃべるように身振りで伝えてきたので、わらわは空間投影された無線機に向かって声を張り上げた。


「こちらは外にいる救助船じゃ! 砂の踊り子号の生存者に告ぐ。これから怪我人を収容する為に小型艇を降ろす。後部デッキの領域結界を機動させよ!」


 出入りするなら、内部デッキを開けるより、領域結界を使う方が早い。起動も早くて簡単じゃし、何より小型艇が出入りできる内部デッキは居住区から遠いのじゃ。デッキからならばすぐ居住区に入れるから、怪我人の搬送にはこっちの方が良い。


 領域結界とは、宇宙船の甲板などに大気の障壁を生み出し、宇宙空間に人の生きれる領域を形成する装置の事じゃ。


 わらわの言葉が伝わったかどうかは、アヤハル達の反応で分かった。女の操縦で小型艇は砂の踊り子号の上部へと向かっていくと、デッキ周辺がドーム状に淡く光っているのが見える。わらわの声を聞いた乗客の誰かが結界を起動させたようじゃ。アヤハル達が何やら驚いたような顔をしておる。


 もしかしたらアヤハル達の星には領域結界を張る技術が無いのかもしれん。


 小型艇が無事デッキに着陸する。船の性能もあるが、操縦する女の腕は確かなようじゃ。


 わらわは席を立ちセーナを呼んだ。


 そして告げる。


「わらわは彼等と共に行く。お主は……好きにせよ」


 丁度、小型艇のハッチが開いたので、わらわは返事を聞かずに外へと駆け出した。


 海賊船の中でセーナは自ら命を断とうとした。ギッツの娘であることを隠してわらわに使えていた事を気にしていたが、それくらいわらわにとっては些末な事じゃ。帝塔で過ごした一ヵ月、セーナのおかげでわらわは孤独にならずに済んだ。帝城を抜けだしてから二日間の船旅は楽しかった。今思えば、わらわの動向を掴みながら、これまでギッツが何かしてきたということは無い。わらわは帝宮にいたときよりよほど自由にしていた。だからわらわはセーナをスパイだとは思っていない。


 セーナには感謝している。突き放すようで悪いと思う。だが、わらわはアヤハル達と共に行くと決めた。救助される重傷者と一緒に小型艇に戻るつもりじゃ。言葉のわからんアヤハル達に、傷ついた我が臣民を任せっきりにすることは出来んし、何より、アヤハル達が何の為に現れたのか、その目的を確かめねばならん。助けてもらった恩もある。愚弟……いや、皇帝への謁見を求めるならば便宜も払おう。


 だが、やはり素性の知れぬ者達じゃ。セーナについてこいとは言えん。


 船内に入ったとたん、焦げた血肉の嫌なにおいが鼻を突いた。


 死体、死体、死体の山じゃ!


 やってくれたな海賊共!


 吐き気を怒りで抑えこんで声を上げる。


「誰かおるか!?」

「ここに」


 声はすぐ横からした。見ると女がふたり傅いている。ひとりは栗色の髪を短く切りそろえた二十歳くらいで、もうひとりは、長い髪をふたつ結びにした、十代半ば程の娘じゃ。同じ髪色で一見すると姉妹のように見えるが、おそらくギッツが付けた隠密じゃな。実際はわからん。


 この場にいたということは領域結界を動かしたのはこの者達か。


庭番ガーデンガードの者か? 名は?」

「エルミラにございます」

「ラ、ラティにございます」

「姉妹か?」

「いえ」


 庭番ガーデンガードは皇家に使える隠密で、情報収集と陰からの護衛を任務としている。皇家に使えるとはいえ、今の指揮権がギッツにあるのは言うまでもない。


 年上のエルミラの方はしっかりしているが、ラティの方は経験が浅いのか緊張した様子が見える。どちらも中々の美形だが、今は姉妹に見えるように変装しているようじゃ。


「失態じゃな」

「申し訳ございません。いかなる処分も受ける所存にございます」

「ふたりか?」

「はっ」

「どのような命を受けておった?」

「帝姉殿下に気付かれぬよう旅を見守れと」


 なるほど。護衛がふたりというのは少ないが、砂の踊り子号は客層も船員の質も悪くない船だった。予想しうる危険など、精々酔っ払いやなんぱ程度で危険は少ないと判断したのだろう。


 海賊の襲撃をたったふたりで収拾せよというのも酷な話じゃ。これ以上この者達を攻める事は出来ん。責任があるとすれば護衛をふたりしかよこさなかったギッツにある。


「近衛の艦は来ておるのか?」

「残念ながら……殿下付きの騎士団は解体されて再編中だった上に、先日の戴冠式の件で近衛は全て帝城の警護の為すぐには動くことが出来ない状態で、合流は早くて5日後となる予定でした」

「ふむ。帝星系内と油断したか」


 そもそも近衛が来られない状態にあったと聞いてわらわは頭を抱えた。


「あの船が来てくれなかったらどうなっていたか」

「殿下。そもそも近衛が動けなくなったのはあの船のせいでございます」

「……わかっておる。だが、今は彼等に頼るしかない。協力せよ」

「はっ」


 とはいえ、納得してはおらんじゃろうな。


 帝塔にいたから詳しい事は知らんが、戴冠式では近衛や諸侯艦隊に少なからず被害が出たようじゃ。見ていた限りアヤハル達は一発も撃ってはおらんかったから、被害はほぼ帝国艦隊の自滅である。とはいえ、死傷者が出た上、領域侵犯を犯したアヤハル達は帝城関係者からしてみれば犯罪者じゃ。庭番はアヤハル達を捕縛せねばならん立場にある。


「今は民の命を救うことが先決じゃ。軽傷のものは良い。重傷者を探せ」

「ではこちらに」


 案内された一室。扉を開けてみると、裸の娘と息絶えた海賊の姿があった。童の映していた映像の中で見たのと同じ娘じゃ。


「なんと……酷い事をする」


 室内の様子を見てわらわはこの娘に起こった悲劇を覚る。凶行に及んだ海賊は既に息絶えておるが、少しも哀れには思わん。


「あの傷では助からないかと……」

「わらわは海賊船からあの船に助けられた。我らより進んだ技術を持っている彼等なら救えるやもしれん」


 天上に小さな虫のようなものが張り付いているのが見えた。オートマタじゃな。海賊を眠らせていったのはあれか。そして今も映像を母船に送り続けているのだろう。


「あれに気付いておるか?」

「……はい。どうやら銃を持っている者や、自死する危険のある者を対象に麻酔を打ち込んでいるようです」


 なるほど。危険なのは海賊だけではない。身内を殺され、錯乱した乗客が銃を持てば、他の乗客や船を傷つけかねん。当たり所が悪ければ、流れ弾一発で船が沈むこともある。それに、愛する者を失えば悲しみから殉ずる者も出てこよう。


 あのオートマタが見張っている限り、砂の踊り子号に残された者は安全ということである。


「乗り込んでいた海賊共は?」

「息のあるものは縛り上げてあります」

「よし。奴らの背後にいるのはサイサリアスじゃ。頭目は死んだが生き残りは大切な証人である。近衛に引き渡すまでしっかり見張れ」

「はっ」


 その時、入口の方から名を呼ばれた。二体の獣型オートマタと、勝手に走る担架を連れたアヤハル達が向かって来るのが見えたので、手を振り返してやる。


「殿下!? 彼等と話を?」

「うむ。中々気の良い奴等だったぞ。戴冠式に現れたのにもきっと何か事情があったに違いない。あの船が海賊船4隻を一瞬で屠ったのを見たじゃろう? 彼等が本気だったならどれほど被害が出ていたかわからん」

「だからと言って……その……殿下を呼び捨てとは不敬では?」

「構わん。どうやら我らの言葉が分からんようじゃからな」

「は? ではなぜあの時あのような下劣な台詞を……」


 頬を染めるエルミラとラティ。なんじゃ? 小奴らもあの言葉の意味が分かったのか? やはり、帝城にいてはわからんことは多いのう。


 エルミラ達はアヤハル達に警戒する様子はあるものの、手を出すつもりは無さそうじゃ。アヤハル達が連れている、獣型オートマタを気にしているようじゃな。わらわでもあのオートマタを敵に回すのが危険な事くらいわかる。


 船外服を着ていて表情はわからんが、アヤハル達が室内の状況に息を飲んだのが分かった。娘の手から銃を取り上げる彩晴からは、海賊への怒りと娘への憐憫が伝わってくる。


 アヤハル達は決して悪い輩ではない。戴冠式での出来事は、何か行き違いがあったのじゃ。それを解くためにもやはりわらわは彼等と行かねばならん。


 娘を乗せた担架が小型艇へと走っていく。獣型オートマタも一体がそれに続いたのを見送ったその時、エルミラとラティが互いに目くばせしているのに気が付いた。ラティがベッドに置かれた銃を拾って、その銃口をアヤハルの女へと向けた。アヤハルがそれに気づいた時、背後に回り込んだエルミラがアヤハルの首を絞め上げ、隠し持っていた暗器を突き付ける。


 うむ! 流石皇家の隠密、鮮やかな手並みじゃ! ……などと言うと思うか!?


「何やっとるんじゃこのうつけ共ーー!!」


 次の瞬間、わらわはエルミラめがけて飛び蹴りしておった。

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