第14話 燐閃

 6日目、土曜日。

 スポーツ大会「煌玉大操練大会」はいよいよ武道大会「煌玉天覧武術会」に装いを変える。それまで体育館で行われた試合は準決勝・決勝に限っては武道館で行われ、学園の解放具合も5日目までの比ではない。学外からも出店が軒を並べ、ちょっとした……いや、盛大な祭りの活況を呈す。テレビはまだ一般的ではないが、かわりにラジオの喧騒がこの武術の祭典を盛り上げている。

「蒼月館で煌玉の決勝かぁ……。おれの在学中にはもう2度とないわけだが」

 出店の焼そばをずずっと啜りつつ、辰馬は空を見上げる。あちこちに垂らされた横断幕や出店の客引きが喧しい。

「そーだねぇ。あたしが優勝したときはここまで賑やかじゃなかったけど」

隣で、教員のスーツ姿の雫が言った。雫の手にあるのはイカ焼き、瑞穂とエーリカはそれぞれ、大玉のたこ焼きをつつく。

「牢城先生が優勝したときというと、8年前から6年前の3年間ですか?」

「そーだよー。あのころのあたしはかぁーいい娘でねー、そりゃーモテた」

「そーいうことを自分でゆーなよ……。ま、しず姉モテたのは事実だが」

「でしょー? たぁくん経由でラブレターもらったことも一度や二度じゃなかったもんねぇ」

「まーな。しず姉のどこがいーのかさっぱりわからんかったもんだが……まあ、今になるとあいつらも見る目があったってことか……」

 やははと笑う雫に、辰馬もあいまいに頷く。さすがに肉体関係まで持ってしまった今となっては、しず姉なんかかわいくねえ、とはさすがに言えない。

「そーいえばあの頃の友達が寧々ちんなんだよ、ヒノミヤの」

「あ……寧々先輩ですか?」

「そう。ヒノミヤから蒼月館に留学してきててさー、あのころはあたしよりおっぱい小さかったのにこの前会ったらあたしよりおっきくなってた。くそう」

「寧々って……誰だっけ?」

 うなずきあう雫と瑞穂に、辰馬が首をかしげる。ヒノミヤの姫巫女第4位、今新羅邸に居候している磐座穣や教主になった鷺宮蒼依とは違い、沼島寧々とは「ヒノミヤ事変」においてもほとんど接点がなかったから辰馬が覚えていなくても無理はない。

「沼島寧々ちん。えーとね、栗毛の娘で……ヒノミヤの……何位だっけ?」

「4位です。瞳術の達人で、普段はヒノミヤの【朱雀院】史学教諭。優しくて面倒見のいい、いい先輩ですよ」

「ふーん……たぶん挨拶もしてねーからな、全然覚えがない」

「ま、たつまはあのときいっぱいいっぱいだったもんねえ。将校なんて初体験だから無理ないけど」

「あー……二度とやりたくねえ。他人の命に責任とか、もう無理だわ」

 エーリカの言葉に辰馬はげんなりした顔で応える。「二度とやらない」この言葉はのちに大きく塗り替えられることになるのだが、辰馬本人ふくめてそのことは誰も知らない。皆もうあんなことはないだろうと、ほのぼのと笑うのみである。

「ほむやんに会ったのも煌玉だっけ」

「あぁ、そーなんだっけ?」

「うん。あの子最初はあたしのことすごい目で睨んできてさー、体格も体格だからえらいビビった覚えある」

「そりゃ、210㎝140㎏だからな、ほむやん。睨まれたらしず姉でもびびるか……」

 ヒノミヤ事変でも共闘した非常勤講師で冒険者仲間・明染焔のいかつい姿を思い出し、辰馬はぼんやり呟く。焔の顔と体格は仁王様とかそんなレベルだ、初対面で雫が怯えたのも無理はない。とはいっても放胆な雫が言うほど震え上がったかというと疑問ではあるが。

「うん。まあ、試合は結局あたしが勝ったんだけど」

「2年連続でな。それでほむやん、しず姉に転んだわけだから……、ひとの人生狂わせてるよなー、しず姉も」

「違うでしょー、ほむやんはあたしに会って更生したんだよ?」

「更生って……、別にほむやんが不良だったとか聞かねーが」

「そりゃ、まじめだったかもだけどあの子すげー怖かったんだから! あたしのおかげで丸くなったんだよー」

「それはまあ、そーかもなぁ……。っし、そろそろ大輔の決勝だな」

 喰い終わった焼そばの紙皿をゴミ箱に捨て、学園の時計台を確認する。そろそろ正午になろうという頃合いだ。おなじくたこ焼きを喰い終えた瑞穂が、上品にハンカチで口元をぬぐう。

「そうですね、朝比奈さん、ご主人さまの影に隠れて目立ちませんでしたけど、やっぱりすごい腕利きなんですね……」

「そりゃそーだ。大輔もシンタも出水も、あいつらおれなんかの影にいていい連中じゃねーんだよ、ホントは。なんかいろいろあっておれのこと立ててくれるけど」

「そりゃ、それこそたつまが更生させたからってことよね」

「そーだよねー」

 舎弟たちが自分を慕う理由がよくわからない辰馬に、エーリカが言った。雫もそれに頷くと、辰馬は「?」という顔になる。思い当たる節はあまりない。まあ、自分があの三バカにいい影響を与えられたのであればそれでいいのか、とは思うが。

「そんじゃ、最後にたい焼き買ってこーか」

「いいですね!」

「食いすぎだろ、太るぞ」

「はう……」

「やははー、あたしは太らないもんね、体質的に」

「う、羨ましい……、ろーじょーセンセ、アールヴの体質って卑怯じゃない?」

「そんなこと言われても生まれつきだからなぁー。こればっかりは?」


・・・

・・


と、辰馬たちが日常パートを楽しんでいるころ。


「赤ザル、テーピング」

「あいよ。……つーか、なんで俺が筋肉ダルマのセコンドやってんだよ……?」

 繊手控室。大輔に乞われて、シンタがテーピングを渡す。大輔はそれをびーっと長めに切って、拳をぐるぐるに固めていく。


「ふう……」

「なんか、ナイーブになってるか?」

「まあ、な。さすがにこれだけの大舞台は経験がない」

「そらそーか。ま、いつもどーりやればいーんじゃね? 辰馬サンだって「大輔は相手がおれでもなけりゃー負けねえ」って言ってたしよ」

「それは買い被りだ。俺は新羅さんみたいに傑出した才能じゃあないからな……」

「そら、辰馬サンを基準で考えたら大概の人間はゴミカスだからな。ま、負けたら死ぬってわけじゃねーし。気楽にやってこいや!」

「負けても死なない、か……。ま、そうだな。ヒノミヤでの戦いとは違うか」


「筋肉ダルマ、赤ザル、試合開始でゴザルぞ!」

もう一人のセコンド、出水が呼びに来る。大輔はやおら立ち上がり、かるくストレッチからシャドーボクシングをしてコンディションを整えると控室の出口に向かう。


「優勝してこい!」

「賞金で豪遊でゴザルよ!」

「おお!」


・・

・・・


「この辺でいーか。さすがにいい席はもう埋まってるな」

「まあ、煌玉の決勝、大輔くんは圧倒的優勝候補だからねー」

「あいつの写真とか売ってるの見たわ。そりゃ、このエーリカさんのグラビアなら売れるのもわかるんだけど……」

「そりゃ、有名スポーツ選手みたいなもんだからな。エーリカのグラビアより高値じゃねーの?」

「むー……納得いかねーわ……」

辰馬たちがそう言って着席したちょうどそのころ、シンタと出水に先導されて大輔が入場する。普段は188㎝のシンタ、180㎝の出水に比べ171㎝の大輔は目立たないところがあるのだが、さすがに今日の主役、威風堂々としたものだ。


「東・蒼月館2年、朝比奈大輔!」

「押忍!」

 審判の呼び込みに答え、大輔がしつらえられた畳に上がる。


「西・勁風館3年、獅子守玲央!」

「おぉ!」

 反対側のコーナーでガウンをまぶかにかぶっていた対戦相手が、派手にガウンを取っ払う。褐色肌に短パン、二の腕や太ももを輪っかで縛り、頭にも鉢巻上の輪っか。このアルティミシア大陸にムエタイは存在しないが、まあ風貌から言ってそんな雰囲気である。


「両者、中央へ!」

 審判の言葉に、大輔と獅子守は粛然と試合場の中央に集う。武道家としては小柄な大輔より、獅子守はさらに背が低い。166㎝、女子としては大柄なエーリカと変わらない背丈だが、侮れない相手であることはその体躯を見れば知れた。


 睨み合う、両雄。視線が交錯し、火花を散らす。


「………………」

「………………」

「時間無制限、1本勝負、試合開始!」


 すかさず動いたのは獅子守。俊敏な踏み込みから膝蹴りをかまし、わずかに下がった大輔の下段にナタのようなローキック。バシィ! とおよそ肉と骨の激突とは思えない破裂音が轟く。


「っ!」

「シャア!」


 下段を打った蹴り脚をおろさず、そのまま上段にスイッチ。側頭部を蛇のようにうねりながら狙う蹴りを、大輔はかろうじてガード。から反撃の正拳。獅子守はイナゴのような動きでこれをかわしつつ、大輔の顔面に下から打ち上げる肘で顎先狙い。大輔、これも紙一重で躱す。しかし間が開くと変幻自在の蹴り技、間を詰めると肘や膝が飛び、なかなか大輔がイニシアチブを取れない。


「ら!」

 リズミカルに、膝、ローからのハイキック、回転肘うち、バックハンドブロー。スピードがあるうえに一発でKOを狙える威力。大輔は防戦一方に追い込まれる。


「っ!」

「そんなもんかよ、朝比奈!」


 打ち込み、打ち込む。ラッシュに次ぐラッシュ! カラテ・スタイルの大輔に、リズミカルなステップを刻む獅子守は相性が悪い。


 このまま獅子守の勝利に終わるか、と思われたが。


「確かに……このままでは分が悪いか……」

 大輔はベタ足すり足をやめ、トン、トンとつま先でステップを刻む。握り込んだ拳をわずかに開き、構えを変える。空手の構えではない。新羅江南流の、辰馬の身ごなしに近い。


「まだ完成してないが。試すにはいい舞台だ」

「付け焼刃でスタイル変えたところでよ!」


 獅子守の蹴りが唸る。ハイキック。と、見せかけ、ハイの軌道から急角度で落ちるローキック。これまでの大輔はこれに対応できず後手に回ったが、今度は半円を描くステップで回避しつつ逆に間を詰め、獅子守が肘でカウンターを狙うにこちらも肘を合わせてさらなるカウンター、そこからふ、と身を沈め、ぶぉん、と風切り音をあげる掃腿(足払い)。屈強な脚力で踏ん張る獅子守にもう一段を繰り出して強引に払い飛ばし、そこから後ろ回し蹴りで跳ね上げる!


「くぁ!?」

「もう一つ!」


 跳ね上げた獅子守を追って跳躍、飛び回し蹴り。さらにもう一回転してカカト落とし! まともに喰らった獅子守の身体が畳の上でバウンドする。「っし!」残心を決める大輔。今の連撃はまさに辰馬の必殺技「燐閃」だった。


「いまのって、ご主人さまの……?」

「だな。おれは教えてないんだが、見て盗んだか」

「たいしたもんだねー、大輔くん。よーし、やっちゃええ!」


 観客席の辰馬たちの声が届いたわけでもないだろうが、この一撃を反撃の嚆矢として試合の主導権は大輔に移る。獅子守も簡単に落ちるような相手ではなかったがやはり大輔の燐閃をまともに喰らったダメージは大きい。苦し紛れに首相撲からの膝蹴りを狙うがダメージで弱った握力では首相撲も不十分、大輔は強引に振りほどいて逆にお株を奪う膝蹴りをくらわし、そして間を開くと拳を腰だめに構える。


「おぉ! 虎食み!」

闘気の虎がうなりを上げる。本来の、イナゴのような機動力を発揮していた獅子守には到底当たらなかっただろうが今の獅子守にこれをかわすことは不可能。まともに大虎の咢に咬まれた獅子守は、ついに白目をむいて失神する。


「そこまで! 勝者、蒼月館朝比奈!」

「おぉす!」


かくて、勝敗決したあと。すかさず殺到する取材陣。「ちょ、待つでゴザルよ!?」「おめーらそんな……殺到すんじゃ……!」出水とシンタがバリケードになろうとするが、あえなく弾き飛ばされ大輔に記者たちが群がる。インタビューというか囲み取材が始まり、大輔はすっかり困惑させられた。


・・・

・・


「やはは、これしばらくは休めないねー、大輔くん」

「しず姉もそうだったしな。……んじゃ、帰るか。今日はペクドナルドどころじゃないよな」

「だねー。そんじゃ、おねーちゃんが料理作るよ」

「あい。楽しみにしてる。……明日、いよいよ塚原と上泉か……」


 煌玉天覧武術会1日目(煌玉大操練大会6日目)、終了。


Result

〇蒼月館2年 朝比奈大輔 × 勁風館3年 獅子守玲央●

 

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