第13話 盾姫アリウープ

「よぉっし、今日はアタシが主役の日!」

 煌玉大操練大会、5日目。エーリカ・リスティ・ヴェスローディアは朝から走り込みに余念がなかった。


「おー、エーリカ」

「あ、たつま」

「珍しーな、おまえと朝に会うとか」

「そーねー。いつもアタシはあさ早出だし、たつまは大体登校時間ギリギリまで寝てるし」

「だよなぁ。おまえは今日バスケの決勝か。相手は……ウチの3-A」


 エーリカが決勝でぶつかることになったのはおなじ蒼月館の3年だった。さすが名門の最優秀クラス、高身長と高身体能力を兼ね備えた選手をそろえ、圧倒的な実力で他チームを寄せ付けない戦いぶりはおよそ学生レベルではない。実際プロを狙っているともいわれる。もともと煌玉は天覧御前武術大会、選手にとっては自分に箔をつける意味合いが強く、ここで優勝したという実績は就職にも大きなプラスになるだろう。エーリカたちのようにレクリエーションの延長でやっている2年生以下とは、そこのところの気構えが違う。


「まー見てなさい、アタシが華麗に活躍して、3年のセンパイたちをキリキリ舞いさせてあげるから!」

「そりゃ、おまえの身体能力高いのは知ってるが。それでも3-Aってのは緋想院のランク付けでも全員Bランク以上だからな……」

「アタシまだCランクだけど! だからこそ大物食いのダイゴ味ってヤツでしょ!? ……ってゆーか、ダイゴってなに?」

「……醍醐な。チーズみたいなもんだ」

「へー。って、それはどーでもいいのよ! とにかく、しっかり応援してよね、たつま!」

「はいはい。任せろ。こっちゃヒマだし、応援しかすることないしな」



 牢城雫と神楽坂瑞穂は弁当作りに余念がない。ふたりは今回、晦日美咲を招いて極上弁当の制作にとりかかっていた。

「えーと、こんくらい?」

「牢城先生、目分量はダメです。しっかり計量してください」

「むー……、ママはこれでいいって言ってたんだけどなぁ~……」

「牢城家のご母堂のやり方は存じませんが、私に教えを乞うのなら私のやりかたに従っていただきます、いいですね?」

「はーい……。美咲ちゃんけっこースパルタだぁ……」

弁当のデザート重にいれる目玉のケーキ、その粉の分量の時点で、雫は落第点をつけられてしまう。母・フィーリアのやりかたを踏襲した「経験とカンと目分量でやっちゃえ?」方式では話にならないと一蹴だった。


「晦日さぁーん、こっちもお願いします……」

「……どうしました、姫さま?」

「それが、こんなふうに……」

 瑞穂の担当は漬物。とはいえ料理に関して壊滅的に素人である瑞穂が漬物床からやるなんていうはずもない。ヒノミヤから取り寄せた高級漬物を切って盛り付けるだけの簡単なお仕事、のはずだったのだが、その斬り方が不ぞろいなざく切りのうえ、ところどころうまく切れずに繋がってしまっている。どうせ食うのは辰馬たちなのだし、食ってしまえば見た目なんぞどうでも、と辰馬は言うだろうが、そこに甘んじることは少女たちの矜持が許さない。


「姫さまには、包丁の扱いを基礎から教えなければなりませんね……」

「……すみません……」

 ということが朝、あって。

 8時から男子バスケットボール決勝。

 それが終わり、11時からバスケットボール、決勝である。


「エーリカ、あいつキャプテンなんだな。10番とかつけて……ま、もとから目立ちたがりではあるか」

「ですねえ……にしても、3-Aの女ども、女って顔してねーわ。かわいそうっつーか……」

「お前に哀れまれるとかあまりに酷いからやめてやれ。まあ、早雪さんに比べればそりゃあ、確かにブスだが」

「筋肉ダルマ、ブスとかはっきり言っては怒られるでゴザルぞ?」


 辰馬たちは今日も学生会の放送スペースにいた。林崎夕姫の視線は痛いが、そんなもん気にする辰馬たちではない。今日は空けているが学生会長、北嶺院文が黙認しているということもあって夕姫も強く言うことができないというのもある。


「あんたらさぁ、あとで片づけぐらい手伝いなさいよね!」

「おー。そんくらいはな。悪いな、林崎」

「悪いと思うなら学生会スペースにくんな!」

「よろしく、エーリカ姫」

「お手柔らかに」

 握手の手を差し出す相手チームキャプテンの手を、にこやかな笑みとともに全力で握り返すエーリカ。太刀を自在にぶん回す剣術小町である雫ほどではないが、盾を構え続けるガーダーであるエーリカの握力というのも大概に強い。3年は涙目になりながら、それでも笑顔でエーリカを睨みつけた。


「ホント、元気な2年よね……ブチのめす!」

「その言葉、そっくりお返しします♪」


 試合開始。審判がボールをあげる。3年チームのセンターが自軍にはたいた……そこに滑り込んだエーリカが、誰にも邪魔させないステップでボールを奪う、と、同時にバックパス。後ろに目がついてるのか、と思わせるほどの正確正鵠に、敵味方双方が目を丸くする。


「上げて!」

 走りながらゴールを指さすエーリカ。パスを受けた2-D女子は高く山なりのパスをあげる。ダダッと奔り込んだエーリカが、3ポイントラインのあたりからジャンプ。


「これがアタシの、挨拶よっ!」

 そして空中でキャッチすると同時に、激しくゴールを揺らすダンクシュート。アリウープを決めて着地する――!


「っはぁ! 大したもんだわ……!」

 両手を高らかに上げてアピールするエーリカに、おもわず辰馬が腰を浮かす。アリウープぐらいできる身体能力があるのは知っていたが、それはディフェンスがない場合での話。敵に邪魔される実戦の中でアレを決めるにはただ身体能力があるだけでは不可能。ましてや相手は3年の最精鋭、そのなかで決めてしまうだけのクソ舞台度胸が、エーリカにはあった。


「さぁ、行くわよ! 3年相手だってどってことない!」

 チームメイトに檄を飛ばすエーリカ。それまで3年には勝てないと委縮していた少女たちの瞳にも、負けてなるかという勁志が宿る。


 そこからの試合は一進一退になった。エーリカの最初のアリウープは確かに3年チームの度肝を抜いたが、それでも総合力で3年が勝るのは確か。エーリカたち2年も勇戦奮闘するが、桁外れの実力者はエーリカ1人。向こうはエーリカにディフェンスを3枚回し、2人で4人に当たるがそれでも2年チームを押さえるに十分だった。ときどき3枚ディフェンスを強引に引きはがしたエーリカが点を入れるが、その間に3年は2本ゴールを決めている。これでも奮戦しているのだが、90分の45分終了時点で38-41。3点差。


「まだまだ! 思ったより点差少ねーわよ、頑張って行こう!」

 スタミナに関して人語に落ちないエーリカは1人元気だが、バスケという90分をフルに走り回って飛び回るスポーツに、専門ではない2年チームの女子たちはすでに顎があがりかかっている。15分の休憩では回復などおぼつかない、それほどバスケというのは過酷だ。


「みなさん、疲労困憊という感じですね……」

 辰馬のとなりで、瑞穂がハラハラした顔で言う。今日は用事がないらしく辰馬の反対隣に陣取った雫も、すこし難しい顔だ。


「せんせーとしては肩入れしちゃーいけないかもだけど、やっぱりエーリカちゃんに勝ってほしいんだよねー……でも、さすがに厳しいかも。向こうはバスケの専門で固めたチームだし」

「エーリカ1人で試合するわけじゃねーからな……。こーいうことがあるから、仲間って大事だ」

 辰馬もそう呟いてコートに視線を飛ばす。勝つにしろ負けるにせよ、最後まで見届けるのが礼儀だ。


 エーリカはとにかく動く。自分一人でオフェンスとディフェンスとおとりを全部やる。仲間を信じていないわけではないが、十全に力を引き出しても2-Dの少女たちでは3年に追いつかないのだから、唯一凌駕している自分が頑張るしかなかった。


「エーリカ!」

「はいな!」


 見方からの、あまりうまくないパスを受け取り、ダイレクトでジャンプショット。3ポイントライン外からのシュートは見事な放物線を描き、ネットを揺らす。


「まずいな……」

 辰馬が言って、雫がうなずく。瑞穂たちはなにがマズいのかわからずきょとんとした表情だが、エーリカの表情に余裕が薄い。これまでシュートを決めるたび、過剰な煽りともとれるアピールをしてきたエーリカがそれをやるだけの余力もなかった。


「膝っつーか、ふくらはぎパンパンだろ、あいつ……。これ以上無理させると身体壊すぞ……?」

「やめさせる? エーリカちゃん負けず嫌いだから怒ると思うけど……」

「ひとにやめろって言われてやめるの、悔しいんだよな……。本人が納得するまでやらせるしかねーか……」


「てあぁ!」

 後半44分1点差、エーリカはまたダンクを決める。今度は敵のディフェンス2枚をかわし、すりぬけてのトリプルクラッチ。これによって逆転、80-79!


 しかし。


「ぁくぅ……!?」

 足を押さえて倒れ込むエーリカ。とうとう限界が来た。というよりむしろ限界などとっくに超えていたのだ。それを常人離れしたド根性で押さえつけていたにすぎない。根性の王女様は明らかに肉離れを起こした、ほんらいの倍近くに膨れ上がった足でなお立とうとするが。


「そこまで。エーリカちゃん、保健室行くよ?」

「ろーじょーセンセ!? ま、待ってよ、こんなの全然たいしたことねーんだから! すぐに立つし……あぅ!」

「ごめんねー、こんなになるまで無理させちゃった。もっと早くに止めてれば……」

「止めるなって言ってんのよ、雫ぅ!」

「……ごめんなさい、せんせーとしては、ドクターストップです」

「そ……んな……」

 雫の、静かに諭す言葉に、エーリカの顔が歪む。涙があふれた。


「あたし……ここまで頑張った……! 頑張ったのにぃ……っ!」

「うん。うん……くやしーよね、ごめんね、エーリカちゃん」

こうして、エーリカ・リスティ・ヴェスローディアはケガにより退場。試合の残り時間は1分を切っていたが、3年チームが再逆転するには十分すぎた。


「たぁくん、今日は保健室でご飯食べるよ?」

「ん、エーリカのとこか」

「そお。あたしとみずほちゃんのすぺっさるなお弁当があるのです。喜びんさい」


試合後、会場で二人の少女がまみえる。

塚原繭と、上泉新稲。

廊下ですれ違う二人は、短く言葉を交わす。


「茶番は終わり。明日からが、本物の煌玉。武の祭典」

「エーリカセンパイの頑張りを見て、あれを茶番と言うのですか、上泉さん?」

「……結局、負け犬でしょう?」

「……あなたに負けたくない理由がひとつ増えました。絶対に、勝ちます!」

「それは勝ってからいうことね。……それじゃあ」


 新稲が歩み去った後、

 繭はへたん、と膝をつく。


「真剣をつきつけられたような威圧感……これで、絶対に勝つなんて……」


 前哨の盤外戦は、上泉新稲の圧倒的勝利だった。

そして、蛇足ながら保健室。


「このお漬物、わたしが切ったんですよ? ヒノミヤのおいしいお漬物です!」

「それよりこのケーキを食べんさい、たぁくん! ほらほらほらほら!」

「ちょ……お前ら漬物とケーキと一緒につきつけんじゃねーわ。つーかここ保健室、静かにせれ」

 瑞穂と雫はそれぞれの自信作を辰馬につきつけ、辰馬が辟易して唸る。エーリカもそんなやり取りをジト目で見ていた。


「まったくよホントに……てゆーかさぁ、アタシ一人で泣きたいんだけど……」

「やはは、それはごめんなさい。でも思いっきり泣いた後は笑ったほーがいいよ?」

「そりゃ、そーだろーけど」

 昨日瑞穂がソフトボールに優勝して、エーリカも負けられないと思ったのだ。自分も優勝しないと辰馬の特別でいられないのではないかと思ってしまった。そのために朝からの走り込みも含めたオーバーワークだったわけだが、結局、それだけ頑張って優勝はできなかった。


「牢城先生の処置とわたしの神聖魔法で後遺症がのこることはないそうです。全治1週間とかからないのではないでしょうか」

「1週間かー……ヒマになっちゃうなー……」

「勉強しろよ。おれ、教えるし」

 ぼーっというエーリカに、元祖ぼーっとした顔で辰馬が言う。途端にエーリカのほほが桜色に染まった。辰馬とお勉強会!


「へ? そお? ……なら、ケガも悪くないかな……」

「ただし、みっちり厳しく教えるけどな」

「いや、そこは優しくソフトに……エンジョイ系で……」

「おまえテキトーに教えても身にならんタイプやろが。みっちりやるから覚悟しとけ」

「? わたしもいっしょにお勉強しましょうか……」

「アタシ差し入れもっていくよー」

「ちょ、アンタらが来たらいつもどーりじゃん? アタシはたつまと二人きりがいーの!」

「やはは、そーはさせるかー!」


 こうして、煌玉大操練大会5日目、バスケットボール決勝は幕を閉じた。


Result

●蒼月館2-C、D混成 80 × 蒼月館3-A 83〇

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