第12話 7回裏ツーアウト

 ほかのメンバーはいざらしらず、新羅辰馬がいるということで優勝候補筆頭と目されていた蒼月館バレーボールB、D組混成チームの敗北は大会参加者、観客を驚かせた。とはいえ辰馬本人はとくに落胆の様子もなく、煌玉大操練大会の日々は先に進む。


武器戦闘の塚原繭、素手格闘の朝比奈大輔は二人とも危なげなく3回戦を突破してベスト8進出。各人4日目、5日目は休養に当て、6日目土曜と7日目日曜、試合会場を第一体育館から大武道館に移し、皇帝・永安帝を迎えていよいよ「煌玉天覧武術会」準決勝、決勝を行う。


武技を競いあう本来の煌玉が2日間の休養に入った間、神楽坂瑞穂の参加するソフトボールは4日目、エーリカ・リスティ・ヴェスローディア参加のバスケットボールは5日目でファイナルを迎える。まずは4日目グラウンド、ソフトボール。


「瑞穂―、がんばれよー」

「瑞穂ねーさん、ファイトっスよー!」

「瑞穂ちゃん、打て!」

「神楽坂女史、ここで一発かましてヒーローになるでゴザルよ!」

「か、神楽坂さん、頑張ってくださーい!」

「……繭はともかくさー、なんでいつもの新羅とユカイな仲間たちが学生会スペースに来るわけ?」

 7回ウラ、蒼月館1年A組の攻撃。辰馬、シンタ、大輔、出水、そしてここ数日白襦袢の道着姿で通していたのをふだんの蒼月館学生服に着替えた繭が、バッターボックスに立つ瑞穂に声援を送る。ここは観客席学生会スペース、林崎夕姫は鬱陶しげに辰馬たちを睨んだ。


「だってしかたないやんか、フツーに女子の中にまざって応援してたら「男子が見てんな!」って怒鳴られるんやから。そこらへん男子女子の融和に心を砕くのは学生会の仕事だろーよ?」

「まあ……そーだけどさぁ……。おねーさま?」

「確かに、現状は男子排斥を掲げた私の責任ね。わたしが男子排斥学則を取り下げれば男女間の対立は融けると思っていたけれど……案外、両者の怨恨は根深かったか」

 辰馬の言葉に夕姫がやれやれと応じ、そこにやってきて夕姫の肩に手を置いた学生会長・北嶺院文がソフト帽を脱いで着席する。最難関の軍学校志望である文にとって寸陰も惜しむべき時であるはずだが、それにしてはの余裕に辰馬はやや驚く。


「だなぁ。……会長、受験勉強休んでいーの?」

「数日遊んだ程度で成績が落ちるような勉強の仕方はしていないわよ。それより……ここは男子女子のトップが仲良くしているところを示すべきかもね」

「そーだなぁ。隣に座って手でもつなぐか?」

「そうね。夕姫、すこし退いてもらえる?」

「え? おねーさま、本気ですか!?」


 文は本気も本気、夕姫をどかして辰馬の隣に座り直す。文の行動に驚き辰馬を憤然と睨む夕姫。などとやっている間にもグラウンドの試合は進み、瑞穂は追い詰められてカウント2-3。得点1対0、1点ビハインドでツーアウト、塁上にランナーはなし。かなりのピンチだった。


「っ!」

 相手チームのピッチャーが、オーバースローでボールを投げる。神力のブーストがあるこの世界、優れた女子の投げるボールは160キロぐらい軽く超える。剛速球と言っていいそれを、瑞穂はかろうじてカット、ファールで粘る。


「あれ、どんな具合っスかね、辰馬サン?」

「変化球狙いだろーな、直球だと押し負けて前に飛ばすのが難しいからファールで粘って、フォークが来たところを狙う、ってとこだろ」

「はーん……、瑞穂ねーさん打てますかね?」

「予測したフォークに合わせるなら単に遅くて落ちる球だからな。ただ、こーして速球の相手させられてたらテンポも合わなくなるかしれんが」


「神楽坂さんも相当、目がいいですよね……」

 おなじ1-Aの繭がそう呟く。160キロの速球にミートさせる運動神経には欠けるが、打ち取られずにカットし続ける目と技量は相当だ。下手な打ち方をしてポテンヒットなど上げてしまったら最悪だが、そういう失策もしない。


「ああ、あいつ弓使いで空飛ぶ鳥とか一本の矢で2羽落とすからな。目はいいよ」

「なるほど……」


粘ること11球。速球の連発をことごとくカットされ、焦れた相手ピッチャーは伝家の宝刀、フォークでアウトを取りに出た。わずかに変わるピッチングフォームから起こりを見て取った瑞穂は、それまでのコンパクトな構えからバットを長く持ち替え、振りかぶる。


「絶好球です!」

 大きすぎる胸のせいで窮屈なフォームになりながらも、瑞穂はうまくフォークに合わせた。160キロの速球は打ち返せなくとも、110キロ前後のフォークなら飛ばせる。そして飛ばせるのであれば齋姫・神楽坂瑞穂の神力ブーストはそこいらの女子とは比較にならない! キン、と小気味いい音を立てて白球が弾かれ、一気に舞い上がってセンターの後方深いところに落ちる。急ぎ拾いに走って返球するときには、瑞穂の鈍足でも悠々と2塁を落とせていた。2ベース。


「ホームランじゃなかったのは厳しいですね。次は……フミハウちゃんか」

 大輔が言う。見事なヒットとはいえ1点差は変わらず。状況最終回2アウトで以前厳しいなか、6番に入ったのは学園抗争を経て明芳館から交換留学生でやってきた黒髪少女、コタンヌの歌姫・フミハウ。


「あいつ運動神経どーなんかな……。氷使いの能力がデカいのは知ってるが」

「でもコタンヌ集落って狩猟民族っしょ? それなりに運動得意なんじゃねースか? それに、フミハウちゃんってダンスできるし」

 辰馬とシンタが言い交わす間に、相手ピッチャーの投球。本来なら速度も精度も強烈なそのボールはしかし、瑞穂に20球近く粘られてスタミナを削られている。威力の落ちたボールをフミハウはコンパクトな振りで強打、1、2塁の間、低い打球が抜けた。瑞穂が進塁し、これで1、3塁。そしてネクストバッター、7番磐座穣。


「あー……ここで磐座か……」

「し、新羅センパイ、まだわからないですよ?」

「そーは思うが……、あいつ頭がいいぶん運動からっきしだからなぁ……。なんもないところでコケるし」


「聞こえてますよ、新羅。まったく……」

 穣は外野から聞こえる辰馬の声に、わずかに柳眉の眉根を寄せた。敬愛する主君・神月五十六を倒した仇敵の口さがないもの言いにイラつき、腹は立つものの。それで我を忘れる穣でもない。穣はこれまでのピッチャーの投球、キャッチャーのリード、そして相手チームの守備布陣などを全部勘案し、その上で自分がアウトにならず瑞穂を進塁させる策を立てる。やるとしたらバントしかない。


相手も穣がそれを狙うことは承知の上。厳しいコースへとボールを放る。スタミナが落ちて球威が下がったとはいえ、穣の弱腕ではとても打ち返せないようなボールだが、どこにどんなボールがどんな速度と角度で入ってくるのか、すべてを予測して上でバットを置いておくのなら難しいことはない。そして穣にはその予測を可能とする頭脳があった。コン、と鈍い音をたて、白球が転がる。穣は瑞穂以上の鈍足で必死に走った。1塁からフミハウスタート、3塁瑞穂も走る。


キャッチャーは素早く立ち上がり、近場に転がったボールを拾おうとして……ボールにかけられた絶妙なスピンで弾かれ、つかめない。穣が完璧に計算し、制御した打球は地味にとてつもなく拾い難い回転をかけられていた。


その間に瑞穂が帰って1対1。穣もひいはあ言いながらなんとか1塁進塁。そしてフミハウは2塁3塁をまわってさらに本塁を狙う! 足元に氷の神力をまとわせ、アイススケートの要領で加速、ホームに突っ込んだ。


寸前でキャッチャーがようやくボールを掴む。本塁を踏むか、直接フミハウにタッチするかを一瞬逡巡し、直接タッチを選んだ。クロスプレーになる。フミハウは直進する氷を解除、キャッチャーをかわし、鷹のように鋭く本塁にすべりこむ。


 一瞬、沈黙。しわぶきも起こらず。


「セーフ! ゲームセット2-1、蒼月館!」

 審判の教師が叫ぶ。蒼月館側の観客席がおおいに沸いた。


「ふー……、頑張った……」

「フミちゃん、すごいですー!」

「派手な走塁でしたね。同点延長でもやむなし、と思っていましたが……」

 殊勲者・フミハウに瑞穂と、1塁からもどった穣もそう言ってねぎらいをかける。煌玉大操練大会・女子ソフトボールはこうして蒼月館女子1年A組の優勝で終わった。


「やはー、終わったー? みずほちゃんたちの活躍みれなかったかー……」

「ま、たつまじゃねーんだから負けたりしないと思ったけどね」

 試合終了直後、観客席の辰馬たちの後ろに、今日見なかった雫とエーリカが立った。どこへやら行っていたらしい。


「うるせーわ。2回戦敗退で悪かったな。……で、しず姉、エーリカ、どこ行ってた?」

「村主くんち。あの子放校処分になったからそのへんの手続きをね♪」

「あー……放校になったか。まあ、自業自得ではあるが」

「女の子食い物にするとか罪は重いからねー。財閥の子息とはいえ処分はさせてもらいました♪」

「この前の書類の力か。ともあれ、一件落着かな」

「そんなとこ」

「で、清宮と今井は? あいつらにも教えてあげないと」

「清宮は第2体育館でバレー見てるだろ。今井はどこにいるかわからんが……試合は見てないんだよな?」

「今井ちゃんは魅了の力をコントロールできないからねー。男の子が試合どころじゃなくなっちゃうから会場には入れない、ってゆーか入っちゃダメって学園側が言ってるんだけど」

「あー……、それで昨日までの試合も見に来てなかったんだな」

「そーいうこと。んじゃ、あたしが職員室から今井ちゃん呼び出そぉ♪ んじゃ、行くよ、エーリカちゃん」

「はーい。んじゃーねー、たつま」

「おお。んじゃ、今日もペクドナルドで」

「食べ過ぎちゃだめだかんね、たぁくん。夕食はあたしが作ったご飯食べんさい」

「はいはい。そんじゃな」



 こうして4日目は幕を閉じる。ペクドナルドにはいつもの面々の他フミハウと穣、そして学生会から夕姫と文も参加。雫に連れてこられた清宮周良、今井あすかの両名は村主刹の放校処分を聞いて胸をなでおろした。


煌玉大操練大会 4日目。


●勁風館 1 × 蒼月館 2〇


 蒼月館女1-A、ソフトボール部門優勝。

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