第9話 打ち上げ

 太宰駅前のファストフード店、ペクドナルド。今年になってヴェスローディアから進出してきた店舗であり、ハンバーガーという、アカツキ国民にはややなじみ薄いが手軽な食い物が好評を博して学生中心になかなかの賑わいを見せている。店内にはラジオとスピーカーが設置されており、やや割れたスピーカーからDJが歌謡曲を流していた。


「いやー、アタシ頑張った! 大活躍よ、もー」

 エーリカが大儀そうに言って、奥のテーブル席に座る。バスケの試合、ひとりで32点をたたき出して蒼月館に勝利をもたらした姫さまは、ストローからぢゅうっ、と一気にコーラをあおって「ぷはー!」と親父くさく息をついた。以前フランクフルトを下品な咥え方して店からたたき出された反省を踏まえ、今日はそういう真似は控えている。


「お疲れ。今日はおれが奢るわ」

 辰馬のねぎらい。おごりと聞いてシンタが(子爵家の四男坊で、多額の仕送りを貰ってたぶん一行で一番お金持ってるくせに)顔を輝かせる。

「オレらのぶんもっスか?」

「あー。みんな頑張ったからな。とくに塚原と大輔」


 辰馬の言葉に、繭はピクンと顔を上げ大輔は軽く会釈。煌玉展覧武術会、女史武器戦闘と男子素手格闘で圧倒的強さを見せつけたふたりは、今や押しも押されぬ優勝候補だ。今のところはまだだが、寮に帰ったらスポーツ記者に囲まれることになるだろう。大変だが、そのあたりは本人に頑張ってもらうしかない。


「じゃ、全員無事に一回戦突破を祝って……、いや、こーいうときは瑞穂の方がいいか」

 辰馬が水を向けると、ポテトをしょぼしょぼ食べていた瑞穂が驚いたように顔を上げる。ソフトボールでは長距離砲を期待されたが3打席2三振1四球。あまりいい成績ではなかった瑞穂に、辰馬としてはここで活躍の場を持たせたい。


「え? わたし、ですか?」

「ああ。スピーチ慣れてるだろ、齋姫」

「は、はい! では、ごほん。……みなさん、本日は日ごろの練磨の成果を発揮しての1回戦突破、おめでとうございます! 乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」


紙コップを掲げて乾杯する辰馬たち。そこからはいつも通りの駄弁り会になる。


「にしても、なーんで辰馬サンはスパイク打たねーんスか?」

「おれは自分が活躍するより周りを活かすのが好きなんだよ。知ってるだろーが」

「勿体ねー、勿体ねー」

「うるせーわ。にしても、出水はなぁ……先に帰っちまうし」

「あいついらねーっしょ? オレらだけで優勝できますよ」

「そーだとしても、だ。あいつの呪縛を解いてやりたいんだが」

 出水がボールを前に固まってしまうのは苦手意識が凝り固まった結果だ。もともと運動神経は人並み以上あるのだからそこをほぐしてやればちゃんと動けるはずなのだが、肝心の出水本人になんとかしようという気概がない。辰馬が気をもんでも、現状ではしてやれることがなかった。


 からんころ~ん♪ ドアが開き、清宮と今井あすかをつれた雫が入ってきた。馴れ合いを嫌う清宮は来たくなかったようだが、雫とあすかに押し切られたらしい。

「やはー♪ みんなやってるー? 今日はあたしのおごりだぁ!」

 両手でポテトのLを3つとコーラを抱えた雫は気前よくそう言うが、辰馬が「いや、今日はおれが出す」と制する。

「え、そお? んじゃポテトあと2つ注文しよっかなー♪」

「まあ、そんくらいはいーけど。太るぞ?」

「やはは、あたしは太んないんだよー。妖精種の血ってそのへん考えなくていいから気楽だよねー♪」

 雫の気軽で気安くなにげない一言が、グサァ! とほかの女性陣に突き刺さる。とくに胸の脂肪のせいで体重が70キロという大変なことになっている瑞穂のショックは尋常ではない。


「ず、ずるいです、牢城先生!」

「そーよ、ろーじょーセンセばっかり!」

 瑞穂とエーリカが雫に詰め寄り、雫は「やははー……こればっかりは、ねえ?」と冷や汗。辰馬に救いを求めて視線を投げるが、辰馬はそれを無視して繭に声をかけた。


「塚原、調子どーだった?」

「はい、絶好調です! 身体が軽くなってるのは感じましたけど、あれだけ動けるなんて思いませんでした。新羅センパイのおかげです!」

「しず姉と、源にも感謝だな。で、上泉は……」

「開始2秒、一太刀でした。相手も弱い方ではなかったんですが……やっぱり彼女は別格です」

 繭の声音がややトーンダウンする。実力で自分が上泉新稲に追いついていないことは本人が一番わかっていることだろう。だが人事を尽くして天命を待つ。事ここに至っては自分を信じるほかない。

「でも、見えたろ? 上泉の太刀筋」

「はい。かろうじて、ですが」

「なら大丈夫。集中を途切れさせずに見にまわれば勝機はある」

「……そう、ですね。はい!」

 辰馬の言葉は空しい励ましではない。繭の動体視力は集中力の高まりに応じて須臾の間の隙を見切れるところに達している。カウンターを鍛えた繭のもうひとつの武器だ。上泉新稲が絶速の太刀と瀑布すら断ち割る超質量の一撃を持つとしても、限界まで集中した繭なら見切れるはずだった。繭に自信が戻ったのを確認して、辰馬は次に清宮に向き直る。


「そろそろ村主が仕掛けてくると思う。覚悟できてるか?」

「ああ。問題ねえ。あの野郎、半殺しだ……」

「半殺しとかゆーな。……まあ、お前が足りない技量を埋めるのにはそのくらいの気迫が必要かもしれんが。……あいつは組み打ちに自信持ってる。だからあえてその土俵に乗ってやる。いいな?」

「わかってる。『穿月』で決める」

 穿月というのは新羅江南流の奥義のひとつだ。もともと新羅の技に技名というのはとくにない(一の型一か条から九の型十二か条まである)のだが、それでは指導がやりづらいということで便宜的な名前がある。雫の、瞬時に七連斬を繰り出す技は『雲耀(雫に言わせると「雫ちゃんすぺっしゃる」だったり「雫ちゃんファイナルストライク」だったり、気分で変わる)』、辰馬の二段掃腿から蹴り上げ、跳躍して踵落としで叩き落とす得意技は『燐閃』。『穿月』は超威力のゼロ距離発勁打撃の通称で、辰馬の祖父・牛雄が得意とする。先日、ヒノミヤ事変に先んじての修練で辰馬の身体に叩き込み、『天壌無窮』の威力を見せつけた絶無の発勁掌打、あれが穿月である。勁打の威力が抜ける前に二段、三段と重ねていくもので、牛雄の一撃は相手の体内に地震エネルギーが一極集中で炸裂するような衝撃を与えるが、もちろん天壌無窮の境地に達していない清宮の穿月は牛雄の100分の1の威力もない。それでも当たれば十分に敵をKOするだけの威力があるはずだった。そして、清宮の技量でこれを確実に当てるためには殴り合いの間合いではダメだ。敵を組み伏せ、密着状態に持ち込む必要がある。


「まあ、村主が油断してる間になんとか決めてくれ。警戒されたら当たらん。二度目はない」

 辰馬はそう言って注意を促す。警戒されては当たらないし、それに清宮の身体への負担もある。特殊な呼吸と身体運用で一時的に限界を超える穿月を、まだまだ格闘家としてはビギナーである清宮が連発すると自壊しかねない。現時点で清宮の右ひじにはサポーターが巻かれている。連日のオーバーワークで、動かすのもかなり痛いはずだ。

 が、清宮は泣き言を言わず、軒昂に吼える。

「当てるさ。人生かかってんだ、外さねえ」

「だな」

「負けんじゃねーぞ、清宮!」

「煌玉の調整を放ってお前の特訓に付き合ったんだ、負けるなよ」

 シンタと大輔も、口々に清宮に檄を飛ばした。


「新羅くん……ありがとう……。ちーくん、清宮くんがこんなに元気になって……」

 あすかが辰馬に頭を下げた。すかさず「いらねえ真似すんな!」と清宮が怒鳴る。

「元気っつーのか、これ……? 実際コレの相手大変だろ」

「慣れてるから」

 あすかはそう言うと、好もしい視線で清宮を見遣る。うーん……と思いつつもひとの恋愛に口出しするものでもない。本人が納得しているならいいのだろう。


 気づけば周囲の視線がこちらに集まっている。辰馬、瑞穂、雫、エーリカの美貌は当然として、あすかの魅了能力が強く作用しているようだ。これ以上店内にいると騒ぎが起こると判断した辰馬は解散を宣言した。


「まあ、解散っつーても行先おなじなわけだが……」

 ペクドナルドを出た辰馬たちは、ひとまとまりになって寮への道のりを歩く。人通りが絶えたところで、30人ほどのガラの悪い少年に囲まれた。チンピラに見えるが、装備は軍の精鋭部隊が使うような最新鋭銃火器だ。金と伝手が潤沢にあるらしい。


「よお、清宮。あすかを返してもらいにきたぜ……」

 少年たちの中から、長身に猪首、少年というにはやや大人びた風貌、冷徹に見えて黒瞳の奥には昏く狂的な情念を渦巻かせた瞳。村主刹が立ちはだかる。


「村主……!」

 清宮が瞳を怒らせ、あすかを庇って一歩前に出る。村主はあすかにまとわりつく視線を向けるが清宮には一瞥もくれず、辰馬に向かって

「新羅ぃ、お前らは手ぇ出してくれんなよ? こっちもこいつらに手出しさせねーからよ……」

「あー。分かってる。これはお前らの勝負だからな」

 辰馬は皆を下がらせる。村主は満足げにうなずき、猪首を鳴らした。

「……んじゃ、クソザコに引導渡してやるとするかぁ……」

「言ってろ。すぐにそんな口きけなくしてやるからよ!」


 拳を握る清宮。清宮と村主、清宮にとっては自分とあすかの人生を決める、因縁の勝負が始まった——!

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