第10話 月を穿つ拳

 しずしずと、雨が降ってきた。強い雨ではないが、濡れたアスファルトは足を滑らせる。しっかり踏み込んで殴るストライカーには不利なコンディションだが、踏ん張りがきかなくなるのはグラップラーである村主も同じこと。清宮は恐れず前進し、まずは牽制の拳。


「シッ!」

「は!」

 ぱん、とぶつかり合う肉の音。次の瞬間吹っ飛んだのは清宮の方。派手に吹っ飛んだ清宮は何度か転がり、手近の柱にぶち当たってようやく止まる。


「新羅さん、あれは……」

「あー。使ってるな、霊力。地属性……重力系か。親父ほど強くはないが……」

 大輔の言葉に、辰馬もうなずく。以前、辰馬をほぼ接触のみで投げてのけた村主。それは武道家としての技量に加えて、重力操作の霊力による。自分の感じる相手の体重を軽減させ、投げのインパクトが加わる瞬間、今度は体重を倍加させる。投げ主体の格闘家にとって理想的な能力と言える。


「オラ、どーしたよ雑魚介くんよ?」

 立ち上がる途中の清宮に歩み寄り、村主の蹴りがみぞおちに突き刺さる。この蹴りの威力も重力で増幅されており、ダメージは見た目以上に大きい。

 しかし。

「バカがよ!」

 清宮は縋りつくように、左半身を使って村主の脚にしがみついた。そのまま右腕を構え……穿月のモーションに入ろうとするが、村主は簡単に拘束を振りほどくとまた清宮を蹴り飛ばす。


「残念だったなァ。なーんか必殺技? があるみてぇだが、あんな使い方じゃ当たる当たらない以前に出させもしねぇ。所詮、ゴミクズがオレに勝てるわけねぇんだよ!」

 清宮の髪を掴んでぐいと引き上げ、仰向けに持ち上げるとアスファルトの地面に脳天から叩き落す! いやな音がして、地面に鮮血がにじんだ。


「ち、ちーくん……!?」

 致命的と思える一撃に、あすかが悲鳴を上げる。村主をにらむより、辰馬に避難がましい視線を向けた。あれだけの実力差がわかっていて、なぜ清宮を戦わせたかと。


「雑魚介っつーてもしぶといからなァ。もう一発……!」

 村主がもう一度、清宮の身体を持ち上げて杭打ちに落とす。が、接地の瞬間、清宮は両手をついて柔らかく衝撃を殺し、全身の発条を使った蹴りで村主を蹴り飛ばした!


「っぐ!?」

「やってくれたよなぁ、チンピラ……! たっぷりお返ししてやるぜ!」

 清宮は軽い踏み込みから伸身前転、逆立ち状態から二段蹴りを見舞う。村主は受けて投げにつなごうとするが、蹴りの軌道が変幻でとらえきれない。逆立ちからの蹴り技はさながらカポエイラの動きであり、変則的な動きを初見で見切ることは困難だった。


「ちぃ……! 調子にのんなよ、雑魚介!」

「死ねよ、チンピラ!」

 チンピラ臭いのはどっちもどっちだが、戦闘のレベルは口のききように反して高い。清宮がここ10日で仕込まれた戦闘技法は片足で戦うということより両手を足代わりに使うことに要訣を置く。「もらった! 死ぬのは……」「てめぇだよ!」掴み、瞬時に投げに転じようとする村主、その身体に鍛えた腕力でしがみつき投げさせない清宮。そして清宮が右の拳を引き絞る。


「うぉらあぁ!」

 逆立ち歩きで鍛えに鍛えた腕力と体幹、それは勁力を増幅し、必殺「穿月」の威力を増す。どふぅ! と一撃が、村主の脇腹に突き刺さった。


「ぐ……こんなもんかよ……?」

「こっからだ……死ねチンピラぁ!」

 一撃目の威力が抜ける前に、二段目の衝撃がそれを追い越す。さらに三段、四段……。累積するダメージは1+1+1+1で4倍ではなく1×2×4×8の64倍に達し、村主の鍛えられた前鋸筋をも裂く! 村主は白目をむいて気を失った。


「はぁ……はぁ……どーだよ、チンピラがよ……」

 やおら立ち上がる清宮。組み打ちに付き合って相手を油断させるという作戦通りとはいえ、そのために脳天杭打ちをくらってのダメージは大きかった。2発目を喰らっていたら反撃どころでなくやられていただろう、下手をすれば死んでいたかもしれない。


 しかしそれ以上に大きいのは右腕のダメージだった。一度に全力の勁打4発を、1発目より2発目、2発目より3発目が越えていくスピードで打ち込む穿月という技を使いこなすには清宮の腕はまだ鍛え方が足りない。一撃繰り出しただけで腕全体が膨れ上がり、あちこちが断裂して血の青あざが浮いていた。レントゲンを撮ったらおそらく骨にも損傷があるだろう。


「清宮、今井。すぐに病院行け。あとはおれがやっとく」

 辰馬が言った。あすかがうなずき、清宮を抱きかかえるようにして行こうとするが村主の配下連中が邪魔をして進ませない。銃を向けてくるに至り、「んじゃ、おれらもひと暴れするか?」辰馬の言葉にうなずく、いつもの新羅一行。


「そだねー♪ あたしあの二人にあんまり先生らしーことしてあげられてないし♪」

「わたしも。今井さんたちの間を裂こうというなら、容赦しません!」

「清宮も男を見せたしね! こっからはアタシたちの見せ場!」

 雫が、瑞穂が、エーリカが声を上げ、シンタ達もそれぞれ身構える。30人からの不良学生が一斉に撃鉄を引いた——が、その手元には深く霜が降りて火薬もレーザー兵器も作動しない。小雨程度で動かなくなる最新兵器ではないが、新羅辰馬の凍気に対する対策はされていなかった。


狼狽する男たちの中に、雫が突っ込んで一人を背負い投げ! 重力操作などなくてもその技の切れだけで威力十分。その横を駆け抜けるシンタが、ダガーを投げて4、5人の腕の健を正確に断ち切る。続いて大輔が突っ込み、正拳の一撃で一人を沈める。繭も負けずに踏み込み、長刀を一閃、まとめて数人をなぎ倒す。エーリカも聖盾の使い方を完全に間違った殴打を繰り出し、ひとりを轟沈。さらに仕上げとばかり、瑞穂が巨大な焔を現出させる! 震えあがり、完全に戦意喪失した男たちを確認して瑞穂が炎を消すと、男たちは我先にと泥濘の中を這って逃げ出した。


「さて……、あとは、こいつの処理だな」

「ぅぐ……ぐっ……」

 辰馬は村主に喝を入れ、起こす。目覚めた村主は憎悪に燃える瞳で周囲を見渡したが、すでに清宮もあすかもいない。


「よー、村主。お前の完敗なわけだが」

「らしい、な……。あんな雑魚介に負けるとはよ……」

「これでもう寝取りとか寝取らせとか、つまらん真似やめとけよ?」

「………………」

「なーんかまだわかってねぇツラっスねぇ。おい村主、お前辰馬サンがその気だったら殺されてっからな!?」

「そうだなぁ……けど、村主の権力はまだオレにあんだよ……」

「ふーん……、格下と見下してる清宮に負けりゃあ改心するかと思ったが……」

 辰馬は銀髪をかきあげて、5色の封石のひとつを外す。ごぉ、と立ち上る凄絶な魔王の力、その片鱗。村主如きがこのプレッシャーに耐えきれるわけもなく、ガタガタと震え脂汗を垂れ流す。


「もうやめとけ。これは命令だ、わかったな?」

「わ……わかっ、た……」

「……よし、そんじゃ帰るかー。村主、おまえも病院行けよー」

 屈服する村主を前に、封石を元に戻して立ち上がる辰馬。あとは村主を顧みることなく、皆とともに帰っていくのだが……、


「く……クソがよ……、復讐してやるぜぇ、新羅……」


………………


翌日、煌玉大操練大会2日目。


試合を前に辰馬たちは理事長室に呼び出される。


「昨日、暴力行為があったと報告を受けました。それが事実であれば貴方たちを今日からの試合に出場させるわけにはいきません」

 50歳前後の女性理事長はそう言うと、険しい視線で辰馬たちをにらんだ。


「バッッッカじゃねーの? 仕掛けてきたのはあっちでしょーが!」

 エーリカが、臆することなく反論するが、理事長は表情一つ変えない。すでに村主の根回しは完了ずみ、相当の大金も動いているのだろう。辰馬としてはそんな金と権力を使ってまでこんないやがらせをしたいのかと思ってしまうが、ほかはともかく繭が上泉新稲と戦えなくなるのは困る。


 土下座でもしてお目こぼし願うか……、と、思った矢先。


「ちょっと待ったぁ! 理事長、これ見てくださいなっ!」

 珍しく、肩で息しながら入ってきたスーツ姿の雫が、ブリーフケースにいっぱいの書類をもって入ってくる。


「これが今回村主君から理事長へのたぁ……新羅くんへの圧力依頼、こっちのはこれまでの村主家から理事長への寄付金の流れ、これは村主君がこれまでにイジめた女の子の証言集、その他もろもろでっす! こーなるかなーと思って1晩中調査してたから、徹夜でしたよー♪」

 会心の笑みの雫に、理事長の鉄面皮が「あ……あぅ……」と赤くなったり青くなったり変る。「理事長、村主家とのつながりは切ったほーがいいですよ?」雫の言葉に、理事長は項垂れるしかない。


「それじゃあ……」

「……出場停止は取り消しです。存分に学生の本分を発揮するように」

「っし、行くぞ! サンキューしず姉!」

「はいほーい、頑張ってね、たぁくん♡」


 こうして、辰馬たちは出場停止処分という最大の危難を脱し、2日目の試合へと向かう。

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