第8話 初戦

村主刹の強襲から数日。

煌玉天覧武術会、1週間の日程が始まった。


「道場ともしばらくお別れか。塚原、清宮、準備できてるか?」

「はい!」

「おう!」

 辰馬の声に、塚原繭、清宮周良のふたりは威勢よく応える。二人とも、ここ二週間ほどの集中特訓で一皮剥けた。それは心持ちや自信といった面でもあるが、実際の肉体的にも多少の変化がある。とくに辰馬特製プロテインを摂取して肉体改造に務めた繭の身体は以前よりシャープに引き締まり、体重も2キロほど増しているが魯鈍な印象はない。贅肉を落とした分、見た目の印象としては以前より軽敏に見える。


「塚原、ほい」

 庭の枯草から葉っぱを拾った辰馬が、繭に向かってそれを放る。「……っ!」繭は瞬時に即応、長刀をひらめかせ、すべての葉を叩き落とした。


 落ちた葉に目をやり、辰馬は微笑。10葉ほどの枯葉は、刃を潰した練習用の長刀ですべて真ん中から真っ二つにされていた。極限まで研ぎ澄まされた集中力がなければ、こうはいかない。以前の繭では10葉全部を叩き落とすことがそもそも無理であり、そして辰馬から一本を取るまでの繭ではすべてを中心から裂くだけの技量と集中力がなかった。いま、繭の心技体はかつてなく充実している。


「ひとまず免許皆伝、かな。これでも上泉に勝てるかどうかは正直、運だが」

「勝ちますよ。必ずです!」

「……そうだな。おれが指導したんだ、負けてもらっちゃ困る」

 辰馬は懐から白布を取り出し、繭に手渡す。繭はそのハチマキを額に巻き、「いざ、参ります!」と朝日に吼えた。


「新羅、オレらは第二体育館だ」

 繭を送り出した辰馬に、清宮が声をかける。振り向いた辰馬の顔はさっきまでの微笑みとは打って変わり、どこか不安そうに見える。

「んー……、出水の仕上がり、大丈夫か?」

「オレが直々に仕込んだ。問題ねえ」

「なら、いーが。あいつ結構悩むタイプだからな……。まあ、信じるしかねーが」


……………

…………

……


「辰馬サン、遅せぇーっスよ! 清宮も、ちんたらしてんじゃねーぞ!」

「悪い。もう始まるか?」

「上杉、舐めた口叩くんじゃねーよ!」

「あ? やんのか、清宮ァ!?」

「いきなりケンカしてんじゃねーよ、チームワーク。やれるな、出水?」

「……わかっているでゴザルよ」


 というわけで、早速蒼月館BD組混成チーム(辰馬、大輔、シンタ、出水、清宮)と賢修院AB組混成。両校とも明芳館、勁風館と並んで太宰屈指のマンモス校だが、賢修院は女尊男卑の風が強く男子が少ない。学園抗争で学園を牛耳っていた副学生会長・武蔵野伊織が失脚し新生、新規に男子学生を迎え入れるようになったとはいえ、その数は多くなかった。バレーボールに出場してきたのは1チームのみだ。


「俺は拳闘にも出ないとならんからな。速攻で終わらせる」

 大輔がボールを高く放り、たたっ、と助走、踏み切って跳躍し、「うらっ!」と空手仕込みの一撃を叩きつける。賢修院側は弾丸の威力で飛ぶボールを受け損ね、中途半端なボールを上げて蒼月館コートへ。辰馬がひょいと飛び、ちょこんと上げて賢修院コートの隙間に落とした。


「っし、まず1点!」

「しゃ!」

 辰馬とシンタがハイタッチ。対する賢修院勢は戦意が感じられない。賢修院学園の学生は武蔵野伊織以下、神力をほとんど持たない無能力者であることが多く、その不足を銃火器という科学兵器で補うことが多かった。最前線で戦っていた武蔵野伊織たちは高い身体能力と火器の威力で辰馬たちを苦しめたが、賢修院男子はそうもいかない。よって彼らは烏合といってよく、蒼月館の鋭鋒に当たりえない。ましてや辰馬たちは蒼月館の最精鋭だ。


「よっ。清宮!」

 シンタがトスを上げ、


「フッ!」

 清宮のスパイクが賢修院コートに突き刺さる。ローテーションして清宮が後ろに下がり、出水が前衛に。賢修院は動きに精彩を欠く出水を穴とみてそこにボールを叩き込む。「ぅひぃ!?」出水はかろうじて腕ではじくが、全身を使わず腕だけでのレシーブ、しかも目を閉じてしまった状態では正確なものになりようがない。


「っのバカデブ!」

 シンタが走り、滑り込んで拾う。それをダイレクトで大輔がスパイク、3枚ブロックをものともせずに弾き飛ばす威力は大輔自身の空手技「虎食み」の応用だ。尋常の威力ではない。ほとんどコートに穴をあける勢いを止めることは誰にもできなかった。


 ……という感じで。出水がかなり足を引っ張るものの初戦は戦意、戦力に欠ける賢修院相手ということもあり、危なげなく蒼月館BD混成が勝利した。最後の方は他所の試合が終わって女子が蒼月館第二体育館に駆けつけたこともあり、賢修院側は辰馬たちへの応援コールに圧倒されてほとんど勝負としての体をなさない。


「では、俺は拳闘に出てきます!」

「おう、頑張ってな」

 1試合消化した身体で、休む間もなく次は格闘大会、本来の「煌玉天覧武術会」に出場する大輔。辰馬としてはちょっと休憩、と言いたいところだが、今回あまりダラダラしていられない。二週間とはいえ、愛弟子の試合、見届けないわけにはいかないだろう。


「ま、上泉との試合は最終日だし。初日で塚原が負けるとも思わんが」


……………

…………

……


 塚原繭の初戦の相手は勁風館の3年、樋坂嘉穂(とうさか・かほ)だった。

 勁風館は武技において最強ともいわれる名門。7年前および6年前の同大会準優勝者、明染焔(当時は男子・女子の部門分けは存在しなかった)を輩出した学園で3年間の研鑽を積んだ樋坂の動きは洗練されており、一撃一撃も重い。実績と経験の違いから、観衆のだれもが繭の敗北を予感した。


 が。


(見える。……動きがゆっくりに見えます!)

極限まで研ぎ澄まされた集中力は、繭に超常の視力を与えていた。目が追い付く上、それに合わせるだけの身体能力もまたいまの繭には備わっている。クロスカウンターは温存、先手をとっての連撃で攻め立てる繭に、樋坂のほうが圧倒された。


「あれが、繭……?」

 観客席、退院したばかりの林崎夕姫は呆けたように呟くばかりだ。樋坂は決して弱くない。それがわかるだけに、それを圧倒してのける繭の実力が際立って見える。正直言って、今あの後輩に自分が勝てるとは思えない。


「新羅……、鍛えるって、強くしすぎでしょーが……!」

 身を震わせ、拳を握る。武者震い。どうやら自分の乗り越えるべき壁は上泉新稲ではないらしい。「塚原さん、本当に強くなったわね」隣の席で、久しぶりに受験勉強を離れて登校した蒼月館学生会長・北嶺院文も感嘆して呟く。


 さておき。


 繭は手数を増やして一気呵成。本来長刀は小刻みな連撃に向く得物ではないが、繭の技量があれば敵に反撃を許さず封殺することも難しくない。すくなくとも、目の前にいる樋坂嘉穂の動きを制圧する程度には、繭は強くなっている。


 がん、ぎぅんっ!


 焦れた相手が我攻めで特攻してくるところにカウンターを合わせ、敵の木剣が宙を舞う。それが床に落ちるのと、長刀の切っ先が樋坂の喉元につきつけられるのが同時だった。


「ま、参りました……」

「それまで! 勝者蒼月館、塚原繭!」

 相手が降参を告げ、審判が高らかに、大体育館全体に響き渡る声で繭の勝利を告げる。「はい!」上がる歓声。礼儀正しく一礼し、ハチマキを締め直す繭。


……………

…………

……


「心配することなかったな。ま、ひとまず順当勝ちか……」

 言いながら実のところかなり心配していた辰馬の手には、じんわり汗が握られている。やはり弟子の試合というのは緊張してしまうものだ。それでもこれでひとまず一安心。決勝まではまず心配の必要もないだろう。

「辰馬サン、男子武器なしの部、筋肉ダルマも勝ちましたよー!」

 シンタが寄ってきて、言う。そっちについては心配してない辰馬は、ああうん、と顎を引いてうなずく。

「そか。ま、大輔は安定だな。よっぽどのことがなきゃあいつ、今回優勝するだろ」

「そースか? アイツがそんな強ええと思わんのですけど」

「まあ、お前大輔とほとんど互角だもんな。だからわからんのかもしれんが、少なくともお前より弱いやつにあいつは負けねー」

「ふーん……、あいつが煌玉優勝? なんかしっくり来ませんけど。……んじゃ、メシ食って帰りますか!?」

「あー、大輔と塚原と……瑞穂とエーリカも終わってるころかな。出水は?」

「アイツ帰りました。疲れたでゴザルーつって」

「仕方ねーなぁ。実際、気疲れしただろーし。ま、ペクドナルド行くか」



煌玉大操練大会、初日の結果。

 バレーボール

〇蒼月館BD混成 × 賢修院AB混成●


 女子武器戦闘

〇蒼月館1年B組・塚原繭 × 勁風館3年・樋坂嘉穂


 男子格闘

〇蒼月館2年D組・朝比奈大輔 × 明芳館2年●


 ひとまず幸先のいいスタートを、辰馬たちは切った。太宰駅前に近年できたばかりのファストフード店「ペクドナルド」で前祝のハンバーガーを喰らい、翌日からの英気を養う。

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