第7話 悪役キャラ、移住する





「こんな場所が、帝都の近くにあったのね」


「言うほど近くもないですよ。森を抜けて、山を三つ越えてるんですから」



 俺はフレイヤと共に、ある村を訪れていた。


 金属ダンジョンがあった広大な森を抜け、その先に広がる農村。


 周囲を高い山々に囲まれており、秘境という言葉がピッタリな村だった。

 村の人口はざっと二百人程度だろうか。


 こののどかな風景の場所を、俺は知っている。


 ここはエシレ村。

 主人公と幼馴染みのレティシアが幼少期を共に過ごす、いわば始まりの村である。



「さて、母上。ここで問題です。何故俺はここに来たと思いますか?」


「……そうね。移住、かしら?」


「イグザクトリー」


「いぐ……?」


「その通りって意味です。俺たちここで平民として暮らします」



 理由はいくつかある。


 単純に、ここが帝都から近い割に見つかりにくい場所にあるからだ。

 ここならすぐに帝都の情報も入ってくるはず。


 ああ、あとゲームの主人公と接触したいからという理由もある。


 こう言ってはなんだが、皇子のままでは主人公の動向を調べることが出来なかったからな。

 自分の目で監視できるなら、それに越したことは無い。


 何より、今の俺のレベルは300近くある。

 この村の範囲内であれば、闇の魔術を行使することができる。


 要するにフレイヤを守りやすいのだ。


 俺の起こした行動によって、フレイヤの歩む人生は大きく変わってしまった。


 その責任は、取らなきゃいけないと思うから。



「……ふむ。なるほど、正しい判断ね」



 俺の提案にフレイヤが頷く。


 ……ありゃ?

 もう少し驚かれると思ってたんだが。



「あら。まるで温室育ちの私が承諾するとは思ってなかった、みたいな顔ね」


「いえ、まあ、そりゃあ……」


「大丈夫よ」



 俺が困惑して目を瞬かせていると、フレイヤはくすくすと笑った。



「私は貴方さえいれば、どこへでも行けるわ。それに人やものでごった返している街より、こういう場所の方が落ち着くの。私、とことん正妃は向いてなかったみたい」


「……そうですか。っと、村人へ接触する前に変装をしましょう。具体的には髪色を変えます」



 俺は闇の魔術を使い、自身の髪に影を重ねて色を変える。



「まあ!! リクスの髪が真っ黒に!! いつの間にそんな魔法を?」


「内緒です(魔術ってのは黙っておこう)。ほら、母上も」


「すごいわね……」



 同様にフレイヤの真っ赤な髪を、地味な黒髪に変える。


 地味な色にした、はずなんだがな……。

 


「母上、黒髪似合いますね」


「そうかしら?」


「はい。真っ赤な髪色も綺麗でしたが、こう、大人っぽく見えると言いますか」


「ふふ、私は大人よ?」



 違う、そうじゃない。


 上手く言えないが、髪の色が変わったフレイヤからは色気が溢れてくるのだ。


 しかも、巨乳だし。巨乳だし。


 とても大事なことなので、念入りにもう一度強調しておく。


 フレイヤは、巨乳だし!!



「母上、俺がいない場所で男と二人きりにならないでくださいね」


「? ええ、よく分からないけど、分かったわ」


「さて。変装したところで村人に声をかけてみましょう」



 俺は畑を耕していた老人に声をかける。



「あのー!! すみませーん!!」


「ん? 誰だ、お前さん?」


「移住希望者です!! 是非この村で暮らしたくて!!」



 その晩、俺とフレイヤの移住を認めるか否かの村民会議が行われることになったらしい。


 ひとまずは宿を借り、腰を落ち着かせる。

 しかし、何もせず座して待つことは俺の主義に反するというもの。


 俺は闇の魔術で影を操り、村民会議が行われている村長宅での会話を盗み聞きする。


 障子に目あり、影に耳あり、ってな。


 

『オレは反対だ!! あの二人、どう見ても訳ありじゃないか!! 厄介事に村が巻き込まれるのは勘弁だぞ!!』


『そうは言っても、可哀想じゃないか。あんな若い女性が子供とたった二人で……。助けてあげるべきだと、私は思うが』



 どうやら意見が二分しているらしい。


 俺たちの移住受け入れに反対の村人と賛成の村人で分かれているようだ。


 やや優勢なのは、反対派だろうか。



『あの服装、上等なものだ。帝都で何かやからして逃げてきた連中に違いない!! すぐ村から追い出そう!!』


『待て待て、落ち着けって。皆、少しおれの話を聞いてくれ』



 ん? この声、どこかで……。



『ついこの間、おれはあの子供に助けてもらったんだ。ほら、前に話しただろ?』


『ん? もしかして、お前の命の恩人か?』


『ああ。昼間にちらっと見たが、たしかにあの御方だ。髪の色は変わってるが、見間違えるはずもない』



 あ、お前、レティシアの父親か!!


 俺はつい先日、魔物に襲われていたところを助けてやった父娘のことを思い出す。


 『光の勇者と五人の聖剣乙女』のヒロイン、その父親だ。

 本来ならヒロインの目の前で死ぬはずだったところを、俺がユリーシアと救出したのである。


 どうやらレティシアの父は、俺の移住受け入れに賛成のようだ。



『おれにはあの人が悪い人には見えない。きっと何か事情があるんだよ』


『そうは言ってもな……。労働力にはならない女と子供だぞ? 大人の男だったならともかく、これからは畑の整備で大変なんだ。余所者の世話をするなんて……』


『なら、何かあった時はおれが責任を取る!! だから頼む!!』



 熱心なレティシア父の説得により、反対派が押し黙る。


 たしか設定では、レティシアの父は村人からの信頼が厚い男だったはず。


 助けておいて良かったぜ。


 その時、話の成り行きを見守っていた村長と思わしき老人の声が聞こえてきた。



『ロイドがこうまで言ってるんだ。認めてあげても、良いのではないか?』


『村長!!』


『それにあの少年、礼儀正しい子だったじゃないか。あの年であの堂々とした振る舞い、気弱な儂の孫にも見習って欲しいよ』



 どうやら俺たちの移住は、ほぼ決定したらしい。


 それにしても、村長の孫か。

 俺のゲーム知識に間違いがなければ、その孫こそが……。



「リクス? 眠れないの?」


「あ、いえ。何でもないですよ」


「そう? なら良いのだけれど」



 宿屋の一室。


 田舎村の宿ということもあってか、二人で眠るには少し狭い部屋だった。


 特にベッドが問題である。


 小さいのだ。

 しかも、部屋にはその小さいベッドが一つしか無い。



「ふふ、もっとこっちにいらっしゃい」


「あの、母上? 少し近いです」


「良いじゃない、親子なんだもの。それに、今まで貴方に親らしいことをしてあげられなかったじゃない? これくらいはさせて?」



 そう言って俺を抱きしめるフレイヤ。


 おっふ、おっぱいが!! 大きくて柔らかいおっぱいが!!



「今日は色々あって……疲れてしまったわ……」


「……そうですね。ゆっくり休みましょう。明日のことは明日、改めて考えましょう」


「ええ……おやすみなさい……私の可愛い坊や」


「はい、母上。おやすみなさい」



 その晩。


 俺は意外の寝相が悪かった母上のおっぱいに押し潰されて、危うく死ぬところであった。





――――――――――――――――――――――

第一部、完。

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今日から始める悪役キャラの聖人化シナリオブレイク! ナガワ ヒイロ @igana0510

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