第5話 悪役キャラ、皇族を辞める




 レティシアは本来、魔物に目の前で父親を殺されるはずだった。

 そして、魔物を心底憎むようになり、幼馴染みである主人公と共に魔物を絶滅させることを誓う。


 それが本来のストーリーであった。


 しかし、俺の行動によってストーリーが大きく変わってしまったようだ。

 レティシアの父親は生き長らえ、俺に深々とお辞儀している。


 まあ、どのみち邪神は俺が仕留める予定だし、何も問題は無い。


 レティシアやその父親と別れ、俺はユリーシアと共に帝都へと戻る。

 その道中、ユリーシアが俺に話しかけてきた。



「見直しました、リクス」


「え? 何がです?」



 優しい目で俺を見つめ、頭を撫でてくるユリーシア。



「貴方はやはり、優しい子です。もう悪いことをしてはいけませんよ」


「……分かってます。あと頭撫でないでください」


「ふふ、照れてるんですか?」



 ユリーシアは笑顔がよく似合うなぁ。


 そんなことを思いながらも、俺はふと疑問に思ったことを訊ねる。



「姉上は」


「ん? 何?」


「姉上は、何故俺に構うんです?」



 昔からそうだった。


 ユーヴェリクスの記憶でも、ユリーシアだけは俺に無関心ではなかった。

 叱られることばかりだったが、今にして思うと俺のためを思ってのことだと何となく分かる。


 だからこそ、分からない。


 俺みたいなクソガキを弟として可愛がる理由がさっぱりだった。



「……理由なんかありませんよ。強いて言うなら、貴方が弟だからです」


「……それだけ?」


「それだけです。大層な理由なんかありません。お姉ちゃんは弟を守るもの、そういうものなんですよ」



 ……本当に、良いお姉ちゃんだなぁ。


 前世では一人っ子だったからか、余計にそう思ってしまう。



「ほら、もうすぐお城です。……リクス。ユーヴェリクス」


「なんですか?」


「私から言うことではないかも知れませんが、一度フレイヤ様としっかり話し合いなさい。……親子喧嘩は、良くないことなんですから」


「……はい」



 ヴァレンティヌス城へ戻った俺は、その足でフレイヤの部屋へと向かった。


 そして、扉をノックする。



「母上、俺です」


『……リクス?』


「はい」



 扉の向こう側から、弱々しいフレイヤの声が聞こえてきた。


 次の瞬間、どたばたと慌ただしい音が響く。


 バタン!!

 と、勢い良く扉を開いたフレイヤは、俺を見た途端に力強く抱きついてきた。


 おっふ、大きくて柔らかいものが!!



「リクス!! ああ、私の可愛い子!! 無事だったのね!! 良かった、良かった!!」


「……ご心配をおかけしました」



 かつて、こんなにも力強く抱きしめられたことがあっただろうか。

 いや、無かったと思う。


 恐る恐るフレイヤの目を見ると、彼女は真っ直ぐに・・・・・俺を見つめていた。

 未来の皇帝である俺ではなく、たしかに俺自身を見つめている。


 俺はフレイヤの部屋にお邪魔し、ちょっとした親子会議を始めた。



「……リクス。大切な話があるの」


「なんです? 改まって」


「陛下と離縁しようと、思って」


「!?」



 俺は目を見開く。


 フレイヤはフレデリックのことが大好きな、何も見えていない女だった。


 それが、フレデリックと離縁するだって?



「あの日、貴方に言われてハッとしたわ。私はたしかに、貴方を復讐の道具として……クラリスとユリーシアばかり愛する陛下をギャフンと言わせるために利用していたわ」



 ギャフンって、表現古いな。



「でも、もう辞めにするわ。陛下と離縁する」


「それは、英断ですね」


「それで、その、ね。貴方が良ければ、私と一緒に来てほしいの」



 どこか不安そうに、俺を見つめながら言うフレイヤ。

 断られる、と思っているのだろうか。


 前世の記憶を思い出す前の俺だったなら、どう言うか分からない。


 これは全て、前世の記憶を取り戻したからこそ起こった出来事だからな。

 でも、うん。答えは決まっている。



「もちろんです、母上」


「リクス……」


「離縁するなら早い方が良いですね!! さっさとあのクソ野郎に離婚届を投げつけてやりましょう!!」


「……あら? 今、息子がナチュラルに父親のことをクソ野郎呼ばわりしたような……」


「気のせいじゃないですか? はっはっはっ」



 俺は笑って誤魔化した。








 それから数日が経ち、フレイヤは本当にフレデリックと離縁した。


 正妃の座はクラリスに譲られ、フレイヤの息子である俺は帝位継承権がユリーシアよりも下になってしまった。

 皇族の血を引いていると言っても、皇族を辞める以上は仕方のない事だった。


 しかし、これは俺の目的とも合致している。


 俺は悪役キャラだが、それは将来皇帝になるからこそ成立するもの。


 皇子の立場を失うことは、立派なシナリオブレイクに繋がるのだ。

 そして、出立の日がやってきた。



「……ここを離れるのは、不思議な気分ね」


「あのクソ野郎は見送りにも来ないんですね。モゲろ。いや、いっそモグか?」


「あの、リクス? 最近ちょっと口が悪いと貴方の母は思うの」


「気のせいです」



 俺は笑顔で誤魔化す。



「リクス!!」


「お、姉上。母上、少し姉上と話してきても良いですか?」


「……ええ。もちろんよ」



 穏やかな表情で頷くフレイヤ。まるで憑き物が晴れたかのようだ。



「はぁ、はぁ、リクス、急にお城を出て行くなんて。せっかく、せっかく貴方と仲良くなれたと思ってたのに……」


「そうですね。でも別に、一生涯の別れじゃないんですから。姉上、あんなクソ野郎さっさと皇帝の座から引きずり降ろして姉上が皇帝になってくださいね。ほら、帝国史上初の女帝になったら歴史の教科書に載りますよ!!」


「……あら? 今、リクスがお父様をクソ野郎呼ばわりしたような……」


「気のせいです」


「そ、そうですか?」



 不意にユリーシアが、俺を抱きしめてくる。



「リクス。どうか元気で」


「……大丈夫ですよ。どのみち五年後には学園に通うでしょうし、またそこで会えるでしょうから」


「ふふ、そうね」



 神聖ヴァレンティヌス帝国には、貴族が通うための学園がある。

 貴族は十五歳になると例外無く入学し、五年間様々なことを学ぶのだ。


 俺とユリーシアが一緒にいられるのは一年だけだろうが、それでも再会は叶う。



「それでは、姉上もお元気で」



 俺がユリーシアから離れようとした時、フレイヤが来た。



「……少し、よろしいかしら」


「え? フレイヤ様?」


「……その、今まで冷たくして、悪かったわね」


「フレイヤ様……」



 それはフレイヤなりの、精一杯の謝罪だったのだろう。


 ユリーシアもそれを分かっているのか、頷いた。



「その謝罪を受け入れます。どうか、フレイヤ様もお元気で」


「……ええ」


「ふふ、それでは」



 こうしてユリーシアと別れの挨拶を済ませた俺とフレイヤは、馬車に乗ってフレイヤの実家である公爵家の領地へと向かう。


 フレイヤの実家、コリエント公爵家は国軍に次ぐ軍事力を有する大貴族だ。

 皇族で無くなっても、俺の生活は保証されることだろう。


 しかし、何事も上手く行かないのが現実だ。



「ん?」


「どうしたの、リクス」


「……母上、街道から外れてます」


「え? そんなはずは……」



 窓の景色を見てみると、そこは森の中。


 フレイヤの実家へと続く道ではない。


 フレイヤが馬車の御者と護衛の騎士たちに問いかける。



「ちょっと、道を間違えているわよ。今すぐ戻りなさい」


「……」



 御者はフレイヤの言葉を無視して、その場で停止する。

 そして、護衛だったはずの騎士が馬車の扉を開いた。



「大人しくしてもらおうか、元正妃様と元皇子様」



 どうやら厄介事のようだ。

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