第47話 エピローグ

「成功だ。もう軌道に乗ったと見做していいだろう」



 9名の者が円卓を囲んでいる。円卓の中心部には球体のホログラムが浮かぶ。


グランドキャニオンに居る大和達、あるいはニューヨークで会議を行うロバート・アレン、はたまた北朝鮮で核実験を行う朝鮮人民軍、メキシコのパチューカでコカインの取引を行うカルテルなど、世界各地の映像が映し出されている。


「ですな。これで四次戦が起こっても我々は助かる。そうだな?」


 頭髪が薄くなった恰幅の良い男が、隣に座る30がらみの男に意見を促す。


「ええ。通信機器は北極海から地球の中心に向かって進み続けています。深さ150キロで上部マントル、アセノスフェアまで到達。この星が爆破でもしない限り、機器が破壊されることは無いでしょう。核兵器レベルでは全く問題ありません」


 更にその隣の男が、満足気に頷く。


「上々、上々。いざとなれば我々は向こうの世界に逃避すれば良い。他の人類には申し訳ないがね」


 対角線上に居た白髪の老爺が返す。


「今更気を揉むこともあるまい。現実を捨てた者達のことなど、知るものか」


 面々は重々しく頷いた。


「どうかしたのかね」


 9名の中に、1人だけ女性が混じっていた。


「――いえ」


 女性は短く返す。


「ああ、あの青年かね」


 2人は大和を見据えた。


「あの青年には重大な役目を果たしてもらった。そういえば君が彼をあのゲームに導き、監視をしていたのだったか」


「ええ、まあ」


「まさか彼が救世主になるとは思ってもみなかったんじゃないか? 宝くじが当たった気分かね」


 一同失笑する。女は大和を面談した日をぼんやりと思い出した。


「確か君はあのゲームで『リリー』と名乗っていたな?」


「そうですが」


「いやはや、彼には第2の世界を『もう1つのシナリオ』に導いて貰った。褒美に億万長者にでもしてやらねばいかんだろうか?」


 また戯笑。少しして、笑いは収まった。


「そういえば、2086年にはアメリカとヨーロッパによるアジア消滅が実施されると聞くが?」


「ああ、AIの未来予測によって導き出されているな。人口の急増により地球の資源が激減。人口を半分まで減らさなければ地球の再生が困難だと。詰まる所、人類は盛衰を繰り返すのだろう。100億の人口はこのキャパシティの惑星には多過ぎるということだ」


「とは言え、既に大半のアジア国が中国とインドに吸収されている。オーストラリアやニュージーランドは地理的な観点からかろうじて吸収を免れているが、時間の問題だろう」「ああ。超大国を拒み続けても殲滅されるだけだ。あとはどの大国に取り込まれるかだけの問題だろう。もうあの地域をアジアと呼ぶのは無理がある。中国地方とインド地方で良かろう」


 一同一笑。


「何はともあれ、これで『第2の世界』はこの第1の世界とは別の歴史を歩み始めた。この世界に降り掛かったカタストロフィーは回避出来るだろう」


「もうどちらでも構わんさ」


 別の男が返す。


「こうなればあの世界がどうなろうとな。この段階まで誘導可能だと我々は知った。実験は成功したのだ」


「同感だ。ならばこの将来(さき)はどうする? あみだくじかサイコロで行く末を決めるか?」


「そうだな。もしそれで第2の世界も破滅に向かうようなら、第3・第4の世界を創造するだけだ。あの世界に固執する理由は皆目無い。我々は、創造した世界の中で最も理想的な1つに移行する。そうだろう、諸君?」


 面々は無言で肯定の意志を示した。リリーは隣の男に話し掛けられる。


「あの青年は、己の妻がゲームの世界の住人だと知っている。それなのに自分が仮想世界の人間とは思わんのかね?」


「……だと思います」


 男は鼻で笑った。


「愚かな」




 ここは第1の世界。大和達が生きる世界とはまた別の世界である。


この世界では、「メタバース・ウォー」にグラウンド・オルタナス側が勝利した。その顛末は破滅だった。


サルマ達「第三勢力」が1つの国家となり、現実世界を操作する。グラウンド・オルタナスの人口増加、労働力増強、世界の拡大、価値の上昇。いつしかグラウンド・オルタナスのGAGは、現実の基軸通貨ドルを追い越した。


 国際連合は解体させられ、グラウンド・オルタナス連合が発足。常任理事国に、第三勢力・アメルゴン王国・シーロン・ラゾングラウド・現実世界からはアメリカだけが名を連ねた。


 ロバート・アレンの想定していた通り、現実世界は衰退していった。人々は次々にメタバースに没入し、参入人数は50億・60億と増加した。


現象が加速したのは、2070年代からだった。仮想世界やゲームへの完全没入型の科学技術が確立されると、人々は現実に戻って来なくなった。104億まで膨らんだ人口の、半数以上が仮想世界に旅立った。


グラウンド・オルタナスのサブに回った現実世界。当初先進国同士の協力が望まれたが、上手くいかなかった。それぞれの国に歴史があり、合併が難航した。どの国も何処かの国の傘下に入るのを拒んだ。


その為、武力による解決が行われた。アメリカや中国の大国は、周辺国を取り込んでグラウンド・オルタナスに対抗しようとした。それは主導権を現実世界に取り戻す為だった。が、小国は協力を拒んだ。小国同士で同盟を結んで大国による淘汰に抵抗した。


それでも大国による統合は進められた。メタバース・ウォー後の数十年で、アメリカがアメリカ大陸の大部分を、中国が東アジアを、ドイツ・フランス・イギリスの連合軍がヨーロッパを制圧していったが、完全な1つの共同体にはなっていない。


また、17世紀の日本のような鎖国状態が世界で生まれた。他国が利益・価値を生み出さないよう、人・物・最先端技術などの移動が制限される。どの連合軍も自軍が生き残ろうと疑心暗鬼になった。


故に第1世界の勢力図は現在大きく5つに分かれている。アメリカ連合、ヨーロッパ連合、中国・ロシア連合、中東連合、連合に加盟せず独立を保っている国々、だ。


現実世界の盟主だったアメリカは、現実世界を束ね、グラウンド・オルタナスから主権を奪回する予定だった。しかし、その計画が却って現実世界の諍いを招いてしまった。


遂にはこの事態が、ある国々による現実世界の覇権国だったアメリカに対する謀略だという意見が出たが、今となってはその議論に意味が無い。世界の分断はもう進められたからだ。


 第1の世界で絶対的な権力を持ったグラウンド・オルタナス。しかし、仮想空間が主導する世界は本来望んでいた繁栄の形ではなかった。地球という現実世界が基盤で、仮想空間はあくまで補助。それが理想だった。


 それ故一部の者達が、平行世界を創造し始めた。メタバース・ウォーで現実世界側が勝利した場合の世界線。それを実現する為に創造されたのが、大和達の生きる「第2の世界」だった。


 作られた第2の世界は現実世界と言えないのではないか。との疑問を呈する者も居たが、「真実を知る者が居なければ、その現実は真実と同義である」、と結論が下された。


 真実とは、正しい理論から導き出される結果のことではなく、最も多くの人々を妄信させる思想のことだった。




「風が強いな」


1人の男と「リリー」を名乗っていた女が、島の先端に立つ。太平洋に作られた全長1キロ程度の人工島。周辺には大海が広がっている。


「量子力学における確率論、君はあれが最終結論だと思うか?」


 男が聞く。リリーは海に視線を向けたまま答える。


「『隠れた変数理論』が存在するか、という意味かしら。私の専門外だから分からないわ。貴方はどう思うの、デレック・サンチェス」


 男は含み笑いした。


「そう呼ばれるのに違和感が無くなってきたよ。私はあれが最終解、つまり従来通り『シュレーディンガーの猫』は間違っていて、『コペンハーゲン解釈』は正しいと思っているよ」


「――それはどうして」


「人類がこの世を完全に支配するのを、神が拒んだからだ」


 リリーがデレック・サンチェスに視線を移した。デレック・サンチェスは続ける。


「量子力学に操作可能な法則を課せば、歴史上でいずれ誰かが解に辿り着くだろう。そうなれば世界に驚天動地が起こり、人類による自然界の支配が促進する。それ程の可能性が量子にはあり、神はそうなるのを回避したのではないだろうか」


「……」


「だから確率的にしか量子の世界をコントロール出来ないようにし、人間による支配を一定のラインまでしか及ばせないようにした。人類が自らの手を離れるのを阻止したのだよ。


ペットを家の中で自由にさせるのと同じだ。結局家の外に出れば首輪を付けさせるだろう? 我々は家の中で飼われているだけのペットなのさ」


少し考え、リリーが返す。


「この世界に……、第2世界の人間が干渉出来ないのと同じように?」


「そういうことだ。初めから、支配者と従属者は決まっているんだよ。そして、その原則が覆ることは無い」


 デレック・サンチェスが立ち去って行く。リリーはその背中を見送った。


 支配か――。


 私達は第2世界を操作している。ではもし仮に、ある世界の誰かが創造主=神の存在に気付いたとして、だから何かが変わるのだろうか。例えばこの世界にも神が、


「うっ」


 その時、リリーの視界が歪んだ。


幻覚が映し出される。地球が、空から真っ二つに割れる映像。


目の中に砂嵐掛かり、激しい頭痛が伴う。リリーは蹲った。


が、その数秒後、症状は回復していた。


何事も無かったように、リリーは腕時計を確認する。


「そろそろ次の会議ね、戻らないと」


踵を返し、中へ入って行く。




 大和達の住む世界は、この第1の世界の平行世界だった。


この第1の世界が仮想世界だとは、誰も考えていない。

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