あなたの「となりに立つ少女」を描きなさい②

 喫茶店から出る。これから塾だ。ぶっちゃけ遅刻もいいところの時間なのだが、4人であたまき合わせて作戦会議するなら一番都合がいい。榛菜は家に帰ると、言い訳もそこそこに塾へ向かった。待ち合わせていたさくらと地下鉄に乗る。


「さくらちゃん、気付いてた? あいつ、生徒よりも早く帰っちゃうよね。生徒たちはちゃんと夜7時まで吹奏楽部でがんばっているのに、顧問のくせに先に帰っちゃう。7時過ぎまで残ってるところなんて見たことないって先生も言ってた。どういうことなのか分かる?」


 さくらは首を振る。


「わからない。なんだろう……用事があるから?」


「いやいや! そんな毎晩用事があるわけないよ」


「じゃあ」さくらは何か思いついたようだ。「まさか、幽霊が怖いから?」


「そう、そういうこと! あの人は幽霊が怖いんだ。だから噂になっている夜7時までは残らないんだよ」


 なるほど、とさくらは思った。彼女が部活をしている時も、たしかに6時半ごろには帰っているようだ。


 家斉先生には学校に戻って、中村の住所を調べてもらっている。特別に遠いところから通っているならともかく、近隣なら榛菜の予想は当たっていそうな気がする。


「だから、さ。まずは遅くまで残ってもらわないといけない。たぶん私たちが何かお願いしてもはぐらかされてしまうと思う。だったら、同僚の家斉先生に何か上手い用事を作ってもらって、残らないといけなくさせる」


 業務上で必要なことなら、否応なしに残らざるを得ないだろう。


「そうして、夜に1人になったところで、『となりに立つ少女』に出てきてもらう」


 榛菜の計画は至極単純だった。さくらが1人でやっていたことを、5人でやってしまおうというものだ。即席で学校をお化け屋敷にしてしまう作戦。


「もう、全部やってしまおう。靴紐だってほどけてるし、ボールペンの芯もなくなってるし、置きっぱなしの座布団もひっくり返しておく。となりに立つ少女がやってるって言うものは出来る限りやる」


「そんなことで効果はあるのかね?」塾で合流した凛太郎は呆れ顔だ。

「前から思ってたけど、幽霊がやることにしてはずいぶんと庶民的と言うか、可愛いことだよな」


「日常的なところがいいんでしょ、きっと」


「そんなもんかぁ?」


「僕の方はいつでもいい」晶はいつになく楽しげだ。

「道具は揃っているし、時間もかからない」


「さくらちゃんも特に準備はいらないんじゃないかな」横のさくらが頷くのを確認して、

「問題は誰がどうやって中村を誘導して足止めしておくか、だね」


「それ、僕も考えたんだが」晶がうっすら笑っている気がする。

「白崎さんがやるしかないんじゃないかな」


「え? 黒川くんとか先生はだめなの?」


「そうだな。まず、幽霊役は山岸さんがやる」


「うん」


「もう一人の幽霊役は、僕がやる。いくつか面倒な機材があるから、操作は僕自身がやったほうがいい」


「そうだね」


「先生は、今の配役だと足止め役はできないね。放送室の鍵をあけるのも、用務員さんに口利きするのも、放送機材を使うのも先生しかできない」


「……そうかもね」


「凛太郎は他校の生徒だ。突然出てきたら幽霊よりも怪しいね」


「……たしかにね」


「……」


「な、なるほどね」榛菜は唸った。

「私が中村を足止めする役かなぁ、やっぱり」


「もしかしたら君が一番重要な役かもね。なにせ、本当に犯人のとなりに立つんだから」


「ほんとだ」さくらは屈託なく笑った。いい笑顔だな、と思った。

「最初はわたしがやってたのに、最後は榛菜ちゃんが『となりに立つ少女』になるんだね」



 ———



「効いてる効いてる! いけるよこれ!」


 廊下を走ってやってきた榛菜は、暗闇で知世のユーフォニアムを演奏するさくらに駆け寄った。


「いま中村が出てこようとしたからさ、慌てて私が代わりに出てきた! これは予想外の行動だったね」


「うわ、危なかった」


「まぁまぁ、これくらいのトラブルは多めに見よう! 今頃は先生が楽器の数を数えて怖がってるところだよ……へへへ」


「榛菜ちゃん楽しそうだねぇ……」



 ———



「お前どこでこんなもん買ってんだよ」


 凛太郎は呆れ顔で大量の小さなゴム手形を見る。


「そもそも何用途なんだこれ」


「これは生産中止になった人形の手の部品らしい。近所のジャンクショップで売ってたので買ってしまった」


「うーん……よくこんなもん持ってたよなぁ。俺だったら買った翌日に後悔して捨てそうだ。この大量のミニ四駆のモーターは?」


「同じくジャンクショップ。電池一個でどれだけ直列繋ぎできるか試してみたかった」


「……まぁ陽の目をみれてコイツらも本望だろう」


「じゃあ、セットしてしまおう」


 晶は他校の2年4組の教室で、さっさと窓枠にミニ四駆のモーターを設置している。モーターに連動した紐が、窓を叩く装置。なかなかに特殊な状況のはずだが、迷いもなく手際がいい。


「これ、なんでわざわざ繋いでるモーターの数を変えてんだ? いっそまとめた方が良くないか?」


「振動がバラバラだったほうが、音の迫力があるんだ。それに、赤ちゃんの手が窓を叩いてるって設定だから、皆が皆で同じリズムだと変じゃないか」


「……変なところにこだわるよな、お前……」


「それよりもスマホのバッテリー大丈夫なのか?」


 晶は作業をしながら言った。


「教室の電気をつけられないから仕方ないが、スマホのライトはバッテリーを結構使うぞ」


 晶の手元を照らしているのは凛太郎のスマホだ。


「んー? まぁ、大丈夫だろ」


 ちらりと見ると、バッテリーアイコンが赤い。20%を切っている。


「まぁ、今までも何とかなったし。1%からの粘りがすごいんだ」


「廊下の外側の窓はお前の合図で僕が操作するんだから、バッテリー切れは困るぞ」


「大丈夫だって」



 ———



 榛菜と中村が渡り廊下に行った。


 響子は鍵穴に詰めた輪ゴムをピンで引っ掛けて取り出す。


「白崎さんがこういうことに知恵が回るとは……」


 彼女が言うには、父親がこの手の悪戯が好きでよく一緒に仕掛けてたらしい。どんな父親なんだ、と響子は呆れる。


 さて、感心してばかりもいられない。榛菜が時間を稼いでいる間に、ユーフォを受け取って、放送室へ急がねば。


 実習棟の待ち合わせ場所に待機していたさくらからユーフォニアムを受け取る。


「山岸さん、なかなかいい演奏だったよ」


 さくらは珍しく響子に笑顔を見せる。


「じゃあ、先生の演奏も楽しみにしてます」


「……任せて!」


 にっこり笑顔で返したものの、演奏するのはそれこそ10年ぶりなのではないか。


「音、でるかな」


 少しばかり不安になりながら、放送室へ急いだ。



 ———



 中村の腕にしがみつく榛菜は必死だ。


 思っていたよりも幽霊の効果は抜群で、榛菜をぐいぐい引っ張りながら歩いて行く。


(ちょっ、早すぎだっての!)


 晶と凛太郎はすでに準備完了でいつでもOKらしいが、響子がまだ準備が終わってない。髪で隠したイヤホンからは、さくらを経由して現在の状況が伝わってくる。


 階段は手すりがあるからか特に急ぎ気味だ。現場である踊り場が近いからだろうか。榛菜は必死に中村にしがみつく。


「あの、歩きにくいから、ね、少し離れてくれない?」


「せんせい、でもすぐそこが、例の場所なんでしょう?」


 中村がびくりと体を震わせたのがわかった。効いてる効いてる! 効いてるのはいいがまだ完了の連絡がない。


「せんせいぃ、ここのぉ階段ん、やめませぇん?」気持ち体をくねらせながらゆっくりゆっくり、怖がってる女の子を演じ(てるつもりになり)ながら喋る。「あっちのぉ、教室のぉ向こうの階段にしません? 遠回りだけどぉ、ここぉ、そのぉ」完了の合図が来た。「……怖いです!」



 ———


 榛菜と中村の足音が離れていく。響子の準備も間に合った。


 さくらの出番は最後だ。晶の演出する幽霊で視線を廊下の奥へ誘導する。視覚効果だけでは見破られるかもしれないので、廊下の窓をモーターで叩いたり、天井のスピーカーを使って注意を横や上に散らす。徐々に近付いてくる幽霊で恐怖心を煽って、最後の最後に、廊下の手前側、つまり後ろからさくらが現れる。


 さくらは髪を結っているゴムを取った。事件現場の踊り場は暗く、音を出すものはない。万が一廊下側へ誘導できなければ、踊り場のさくらが姿を見せる予定だったが、榛菜がうまく誘導してくれた。


 さくらは静かに呼吸した。


 みんなの助けがあった。みんなのおかげで、真実に辿り着けた。この復讐は子供じみたものだけど、たぶん正しいやり方じゃないけど、それでもやり遂げたい。わたしたちが出来る、わたしたちだけにできるやり方だ。


 あとは、待つ。



 ———



 やっと廊下だ。しがみついて怖がるふりをしてれば、榛菜のお仕事はほぼ終わりである。裏方男子さえちゃんとやってくれれば、あとは結果をごろうじろ……果報は寝て待て、だ。


 榛菜は廊下の左、つまり窓側、中村は右、教室側を歩く。腕にしがみついて歩くのは榛菜にとってだいぶ骨が折れた。中村は思っていたよりも怖がっていて、どんどん先に行こうとしてしまう。


 歩く速度を調整しながら腕を引っ張っていると……晶がひょっこり奥の廊下から顔を出した。


「う、ひゃっ!」榛菜は慌てて中村を教室側に突き飛ばす。その瞬間に大きめに窓が鳴った。たぶん晶は死角になって見つからなかったはずだ。


 タイミング取りが下手すぎる! リハーサルなしのぶっつけ本番とはいえ、2年4組の前に来たら凛太郎から合図が入るはずだった。何故に目視しようとしたのか、あとで小一時間問い詰めてやる、と榛菜は決意した。


 これは、まだまだ油断ならないようだ。



 ———



 凛太郎は、中村が上手いこと自白をしたらそれを録音しておく、という役割も担っていた。廊下に隠した高性能マイクから、小型のレコーダーにコードが伸びている。榛菜たちが近付いたので、録音を有効にする。


「よし、録音開始した。そろそろ窓を鳴らしていいぜ」


「……」


「あれ? 晶? 聞こえないのか?」


 凛太郎がスマホを見る。


 バッテリー切れ……ではなく、ライトに通話にと大忙しだったために熱暴走で強制終了したらしい。


「……マジかよ」


 晶のことだからしっかりマナーモードになってて電話の掛け直しをしても大丈夫だろうが、問題はこっちのスマホが再起動しないことだ。それにもう榛菜たちは予定の位置に来ていて、ズレすぎると録音に支障が出る。マズイまずい。


 その時、バァンと風が廊下の窓を強く叩くような音がして、榛菜の悲鳴が聞こえた。思いがけず、凛太郎はびくりとする。


「……お、何とか自力でやってくれたか。助かった。でもこれ、あとで怒られるな……」



 ———



「おい、凛太郎?」


 そろそろ2年4組の前に来るはずだが、凛太郎から連絡がない。スマホを見ると……通話が切れている。まずい、このままでは遠隔モーターで窓を叩いて足を止める作戦が取れない。仕方ない、少しだけ顔を出すか……。


 榛菜と目があった。


 顔を引っ込めると同時にスイッチを入れる。ひゃあ、という声と共に窓が風で叩かれるような音がした。


「……あとで怒られるだろうな」


 晶は少しのため息とともに、次の準備をする。ハプニングはつきものだ。しかし次の出し物は失敗しない。


 一度やってみたかった。いわゆるプロジェクションマッピング。しかもこいつはお手製で、ミストに投影するやつだ。ゆらゆら揺れる映像はきっと幽霊にぴったりだろう。いつだったか幽霊は気体でできているのではないか、なんて榛菜たちに言った気がするが、自分で再現してしまった。まぁ厳密に言えばミストが気体なのかは疑問だが、自分以外は突っ込まないだろう。


 出来栄えには自信がある。相手の反応が楽しみだ。



 ———



 晶の幽霊に合わせ、響子は教室棟3階の校内放送用スピーカーをオンにする。


 用意した雑音とハウリングを奇妙に混ぜた音声を再生する。


 見れないのが残念。あの殺人犯は、いったいどんな顔をしているのだろう。



 ———



 榛菜のイヤホンから、とん、とん、という音が聞こえた。


 隠していた小型スピーカーをそっと中村の耳元に近付ける。


 さくらの声が届く。


 中村がびくりと動いた。すぐにスピーカーを懐に隠す。



 ———



 もう凛太郎からの連絡は期待できない。響子のスピーカーが発動したので、目標の視線は上を向いているか、さもなくば榛菜が視界を遮っているはずだった。


 晶は素早く顔を出し、確認する。目標は上を向いている。榛菜がこちらを見て頷くのが見えた。


 もう一台の噴霧器を作動させ、勢いよく吹き出たミストに後ろから花田知世の像を映し出す。


「あいつ、近付いてきた!」榛菜の叫び声が聞こえた。



 ———



「あいつ、近付いてきた!」榛菜の叫び声が聞こえた。


 凛太郎はほっと胸を撫で下ろす。状況から判断して、今のところうまく行っているようだ。では、やっと自分の出番。


 ミニ四駆の小さなモーター達が不規則に回りだし、窓を叩く。確かにこれは不気味だ。単純な連打だけよりもずっと迫力がある。


 凛太郎は小さな手形を大量に貼り付けた黒い画用紙を、窓に並べた。



 ———



 響子は、ユーフォニアムを吹いた。


 友達の葬送のために。



 ———



 とん、とん。


 ふたたびスピーカーを耳元へ近付ける。



 ———



 最後のハウリングが響いた。


 さくらは物陰から姿を現し、静かに近付く。


 ゆっくりとした足取りだった。もう見られても構わない。わたしは花田知世だ。10年以上前にこの学校に取り残された、寂しがり屋の少女。


 廊下の中央でうずくまっている女がいる。惨めに幽霊と自分の罪に怯える、愚かな女。


 そのとなりには、自分を支えてくれた少女。優しい微笑みをたたえながら、さくらを——知世を受け入れる。


 女のそばに立った。


 ハウリングが止んだ。


 女が顔を上げた。


 目があった。


「ゆ……許して……」涙が溢れる。「ごめんなさい……わざとじゃない……殺すつもりなんてなかったの……」両手を合わせ、懇願する。「違う……違う……殺すつもりなんて……ごめんなさい……」額を床に擦り付け、命乞いをする。


 耳元で、となりの少女が囁いた。


 ゆ る さ な い






———『あなたの「となりに立つ少女」を描きなさい』———




特別加点対象:

中村が花田知世を恐れていることに気付いた(配点10)

□これまでの問題文から、中村佳美が花田知世の幽霊を恐れていることに気付いた。


以上、

通常加点合計50

特別加点合計50

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