そして大人になる

 中村佳美が目覚めたのはベッドの上だった。眩しいくらいに明るい部屋の中で、自分がどこにいるのか分からない。エタノールの匂いでやっと、学校の保健室だと気付いた。


 光に慣れ、隣を見ると、家斉響子がパイプ椅子に座ってこちらを見ている。意志を感じる、冷たい目だった。


「ここは……」


 喉がカラカラに乾いていて、声が出ない。何故ここにいるのか、ゆっくりと記憶を掘り起こす。


「2年4組の前で見つけました」


 響子の言葉を聞いて、恐怖が甦った。


「うわごとを言ってましたね」


 違う。違う。


「ご自分で覚えてますか」


 わからない。知らない。首を振る。


「私は覚えています」


 また、指が、手が、肩が震える。


『許さない』


 涙が溢れてきた。全身に悪寒が走る。周囲を見回した。自分と響子だけだ。誰もいないはず。いないはずなのに、声が聞こえる。あの少女の囁く声が。


『許さない』


「ごめんなさい!」両手で顔を覆って、突っ伏した。


「許してください……」


 家斉響子は立ち上がり、宣言した。


「いいえ。許さない」


 外で、響子が呼んだパトカーが止まる音がした。

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