第20話 望まぬ大バズり


 小鳥遊とデート? のようなものをした翌日。


 俺は特にすることもなく、ゲーミングチェアに座っていた。

 今日はダンジョン配信も休みだ。流石に、毎日毎日潜りっぱなしじゃ疲れてしまうからな。


 とはいえ、暇なのは変わらない。

 クルクルと椅子を回転させながら、何か面白いことはないかと探して……あった。


 それは、机の横に置かれた小さなルービックキューブのような箱。

 見つけたときは露骨にがっかりしたし、リスナーにも煽られまくった。


 けれど、深淵の宝箱に入っていたものだ。

 そう単純な代物じゃないだろう。

 暇つぶしにカチャカチャと面を動かして遊んでみる。


 しかし、何も起こらない。

 んん? じゃあ何が正しいんだ?


 魔力を流してみたが、これも駄目。

 本来のルービックキューブよろしく、色を全面綺麗に揃えても何も起こらない。

 次第に俺は飽きて、机の端にゴトリと少々乱雑に置いた。


「んー、ギブ!」


 完全にお手上げだ。


「まったく、何でこうもよく分からないものをくれたのかねぇ、ダンジョンの神様は……」


 天井を見上げながら、愚痴る。


 俺は一旦ベランダに出ると、煙草に火を点けた。

 朝の冷たい風が気持ちいい。全国的な猛暑だというのに、この時間だけは空気が澄んでいるしな。


 そういや、凪人との飲み会、久しぶりだったけど楽しかったなぁ。

 たらふく奢って好きなだけ酒飲ませてやったときは流石に驚いてたけど。

 まぁ、俺からしたら全然痛手にはならない。


 と、ちょうどいいタイミングで、電話がかかってきた。

 電話の相手は凪人だ。


「はいもしもし」

『おい千紘! お前ニュース見たかっ!?』

「ニュース? いや全然見てないけど」

『バッカお前、今すぐ点けてみろ!』

「はぁ……?」


 凪人の尋常じゃない慌てっぷりにテレビの電源を入れると、途端に俺の顔がドアップで映し出された。


「おーまいがー!!」

『どこもかしこもお前のこと取り上げてる!』


 そう言われてチャンネルを変えると、そこでも俺の探索の様子が映し出された。

 さらに他のチャンネルも、そのまた他のチャンネルも。こぞって皆が俺の活動を放送していた。


「……なんじゃあこりゃあ!?」


 俺はどこぞのジーパンを履いた刑事のような悲鳴を上げて、画面を食い入るように見つめた。そこには俺がディーバドラゴンと取っ組み合いをして、そのまま放り投げる様子が紹介されていた。


『はい、こちらの映像なんですが、既に大手ダンジョン探索配信サイトD-Walkerで1000万回以上再生されておりまして──』


 慌ててスマホをタップしてD-Walkerを調べると、なるほど確かに俺が昨日行った配信の再生数は1100万を超えていた。チャンネル登録者数は700万人。


 破格の数字だ。


 俺はへなへなとソファに腰を下ろすと、凪人に聞いた。


「これ、どう考えてもヤバいよな」

『ああ、ヤバい。それだけのことをお前は                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       したんだからな。あちこちで切り抜きが乱立してるよ』

「まさか自分がそんなことになるなんて思わなかったよ……」

『ただ、その話とは別件でちょっとまずい状況になってるんだ』

「まずい状況?」


 俺はいつになく真剣な凪人の言葉に首を傾げる。


『まあ、テレビを見てくれ。多分その方が早い』

「お、おう。分かった」


 言われるがままに、テレビを見る。

 一通り俺の配信を流して説明したあと、アナウンサーのお姉さんがとんでもないことを口走った。


『さらに、今までの階層で倒したボスモンスターと言われる存在が、軒並み復活しているとの報告が先程ありました。種族や出てくる魔物は既に討伐された魔物とは違うようですが、現在、ダンジョン省はAランク級の探索者に任意要請を出しており……』


「は、はは……なんだよそれ」

『な? ヤバいことになってるだろ?』

「ああ、これはまずい状況だ。上層、中層、下層なだまだしも、もし深層や深淵のボスまで復活していたら……」

『しかもどうやら、日本だけじゃなくて世界各地で同じような現象が起きてるらしい』

「嘘だろおい!?」

『マジマジ、大マジだっての。そんな不謹慎な嘘つくわけないじゃん』

「たしかにな……」


 俺はソファーにどっすりと座って、深いため息を吐く。


 理由なんて考えるだけ無駄だ。ダンジョンは何が起こるか分からない。

 だから、今回もそんな自然の摂理により生じた結果なのだろう。


『なぁ、千紘』

「ん、どうした?」

『お前、ダンジョンなんて辞めちまえよ』


 いきなり言われた言葉に、体がピクりと反応する。


「……なんでだ?」


 すると、凪人は悲痛な声で言った。


『だって、ダンジョンはどんどん凶悪になっていくじゃないか。俺、いつお前が死んじまうか心配なんだよ……』


 どうやら凪人は、心の底から俺を心配してくれているらしい。

 涙をこらえながら、必死に話しているのが電話口の向こうからでもハッキリ分かるほどに伝わってくる。


 だが──


「悪いな、凪人。俺は探索者を辞めるつもりはないんだ」


 元々凪人は、母子家庭で育った人間だった。

 子供というのは残酷だ。自分たちと違うからという理由で、平気で他者を傷つける。

 ある日、偶然にも凪人がいじめられているのを見た俺は、気付けば全員を殴り倒していた。いや、記憶がなかったとかそういうことを言うつもりじゃない。


 今でもあの時の感触は手に残っている。人を思いっきりぶん殴った感触が。


『ね、ねえ、大丈夫なの?』

『ん? ああ、こんくらい平気平気。だってほら、俺毎日喧嘩してるしさ』

『暴力は駄目だよ……でも、ありがとう』


 涙目になりながらも頭を下げてくる凪人に、俺は照れ臭くなってそっぽを向いたのを覚えている。それからは凪人と友達になり、よく一緒に遊んだものだ。

 中学、高校に入ってもそれは変わらず、俺たちは親友として今も続いている。


『千紘、今何考えてたよ?』

「ん。昔のことだぞ」

『ハッハッハ! 奇遇だな、俺もだ』


 電話越しに、お互い笑い合う。


『まぁ、お前の覚悟は伝わったよ』

「そうか、そりゃなによりだ」

『だからこそ……くれぐれも死ぬんじゃないぞ、千紘』


 そう言って、通話は終了した。


 スマホを操作してmutterを起動すると、トレンド一覧がびっしりと俺の名前で埋め尽くされている。流石にこれはちょっと嫌だ。本当は凪人に泣きつきたいところだったのだが、あんなにカッコつけた直後にそれは締まらないだろう。


 タイムラインを見れば、俺と仲のいいオタクたちも興奮している。

 誰も彼もが今、俺に注目しているのだ。ならば、いっそ配信をやめてしまうか?

 いいやそれも駄目だ。昔から俺の配信を見てくれている古参物好きたちを裏切るような真似は絶対にできない。


「だああああああっ、もう!」


 俺は叫ぶと、スマホを机に置いてソファーに寝転がった。

 今はもう何もしたくない。なに……も……。


 気付けば、日はすっかり夕暮れ色に染まっていた。

 随分長いこと眠っていたようだ。そういや喉が渇いたな。


「ふぁ~あ」


 欠伸をしながら冷蔵庫に向かい、オレンジジュースを取り出す。

 ぐびっと飲んだらあら不思議、体が元気になったじゃありませんか。

 ……まぁ、特別な効果があるわけじゃないんだけどな。単に俺がオレンジジュースが好きなだけだ。


 一息ついてソファーに戻ると、しばらく座ってぼーっとする。


 そんなとき、またしても着信音。

 今回は相手が誰だかすぐに分かった。この前連絡先を交換した小鳥遊だ。

 何せ、こいつだけは着信音の設定をしていないからな。


「はいもしもし」

『あっ、東雲さん! こんにちは!』

「はいこんにちは。もう日が暮れてるからこんばんはだけどな」

「もうっ、そんな細かいことはいいんです! それより、テレビ見ましたか?」


 どいつもこいつも、振ってくる話題が同じじゃねえか。

 だが、そんな内心をおくびにも出さずに俺は答える。


「ああ、見たよ。ボスが復活なんたら~ってやつだろ?」

『ですです! でもちょっとまずくないですか……?』

「何が?」

「だって、もしディーバドラゴンやブネさんが復活してたら……」

「まぁ確かに。俺も四六時中ダンジョンに籠ってるわけじゃないしな。被害は抑えきれんだろう」


 確かに小鳥遊の言うことは一理ある。

 

 もしあの厄介な連中が再び出てくるようになったとしたら、犠牲者の数は飛躍的に増えるだろう。だが、それが世の常だ。生き物は環境に適応して、進化していくことができる。きっと、何かしらの対抗策が講じられるだろう。


「それに、種族や出てくる魔物の種類は違う、みたいなこと言ってなかったか?」

『た、たしかに……』

「そういうわけで、大丈夫だろ。ほれ、子供はおねんねしな」

「こ、子供じゃないですよ! それにまだ夕方じゃないですかっ!」


 きっと画面の向こうでは、小鳥遊がじたばたと暴れているのだろう。

 その慌てっぷりがおかしくて、俺はついつい笑ってしまった。


『なに笑ってるんですか! もう、私怒りましたっ!』

「ははは、悪い悪い」

『あ、え?』

「どしたよ」

『今、東雲さん以外にもう一人の笑い声が聞こえたような……』

「どういうことだ? ウチには俺しか住んでないぞ?」

『んー、聞き間違いだったのかなぁ』


 俺は背筋がつっと寒くなるのを感じた。

 視線を感じるのだ。だが、勢いよく振り返ってもそこには誰もいない。


 ホラー映画や怖い話は好きだが、実体験するのは別だ。ワケが違う。


「や、やめろよな。そういう冗談」

『あはは、ごめんなさい』

「それじゃ、切るぞ。小鳥遊さんも頑張ってな」

『あ、待ってください!』

「ん?」


 通話を切ろうとしたところで呼び止められ、通話切断に伸ばしかけていた人差し指を止める。


『あの、その……今度、コラボしませんかっ!』

「あー、うん。別にいいよ」


 ここで断るのも可哀想だと思った俺は、了承の返事をした。


 電話の向こうでは、小鳥遊が嬉しそうに飛び跳ねている音が聞こえる。

 その後に、ドスン、バラバラ……と何かが倒れる音。


「おい大丈夫か?」

『いたた……大丈夫です。ちょっと嬉しくてスキップしてたら、本棚に思いっきりぶつかっちゃいました』

「んなベタな……」


 何年前の漫画だよ。

 そんなツッコミは野暮なので、心の中で閉じこめておく。


 それから俺たちは、コラボの日程を決めて通話を終了した。




─────────────────────


 あとがき


これにて第一章終了です!

これから先はどんどんキャラクターを増やしたり、色んな展開をお見せできるよう頑張る所存です! また、沢山のフォローと♡ありがとうございます!

皆様が応援してくれることが、何よりの励みです!

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