第13話 二度目の邂逅

 曲がり角でぶつかりそうになった少女を見て、俺は驚く。

 昨日出会ったばかりの少女だったから。


「え……小鳥遊、さん?」

「ふふっ、こんなところで会うなんて、偶然ですねっ!」


 小鳥遊はにっこりと笑いかけてくる。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 心臓がバクバク鳴っているのが分かる。


 今は昨日みたいに配信バフもないんだ。

 つまり、今の俺は無防備な状態というわけで──


「~~~~~っ!?」


 カァっと熱くなる顔を隠しながら、後ろに後ずさる。


「そ、その、何でここに?」

「ん~。私の家がこの近く、だから?」


 小鳥遊はわざとらしく小首を傾げながら、言った。

 全然知らなかった。まさかご近所さんだったとは。


 とはいえ、ここは全面退避だ。

 他人と話すことに免疫のない俺にとって、美少女との会話はさながらドラゴンに睨まれたカエル。三十六計逃げるに如かずっ!


「へ、へー! そうなんですね、じゃ! 俺はこの辺で!」

「あ、待ってください!」


 しかし、まわりこまれてしまった!


 絶望を告げる脳内アナウンスと共に、俺は小鳥遊に腕を掴まれた。


「あの、折角だし少しお話しませんか?」


 そう言って、小鳥遊は近くにある公園を指差した。

 こうなってしまっては、俺に取れる選択肢はない。


 一度深呼吸をして気持ちを落ち着けた後、俺は努めて爽やかスマイルを決めた。


「も、もちろん。いいでしゅよ ?」


 …………噛んだ。


 小鳥遊に誘われるがまま、公園のベンチに腰を下ろす。

 時刻はとっくに夜。鈴虫の鳴き声が、やけに大きく感じた。


 どちらかが話すこともないまま、沈黙の時間が続く。


 頼む、何か話してくれ……! 先程から胃がキリキリして落ち着かない。


 ふと、小鳥遊が口を開いた。


「私、立派な探索者になるのが夢なんです」

「……?」

「誰からも認められる探索者になって、両親や妹にいっぱい楽させてあげたい。それが私の夢……だったんです」


 小鳥遊は、目を地面に伏せる。



「でも、全然届かなかった。昨日、神谷町ダンジョンでデーモンに遭遇したとき、私は何もできませんでした」

「そんなことは──」


 ふるふると首を横に振って、小鳥遊は寂し気に笑った。


「あの時、東雲さんが助けにきてくれなければ、私は死んでいた。それどころか、東雲さんにご迷惑をおかけしてしまいました」

「小鳥遊さん……」

「もっと強くならなきゃ、精進しなきゃって思うんです。けど、その度に体があの時のことを思い出して震えてしまう。情けないですよね、こんなの……」

「それは違うよ、小鳥遊さん」


 気付けば、俺はベンチから立ち上がっていた。


「東雲、さん?」

「例えば、沢山の段差を越えていかないと辿り着けない道がある。普通、それは一段ずつ登っていかなきゃいけないものなんだ。けど、小鳥遊さんは何段も先の段差を見てしまった」


 言外に、その段差こそがデーモン戦だと告げる。

 小鳥遊は真剣な表情で、こちらの話の続きを待っている。


「初めから数段飛ばしで駆けあがることはできないんだ。だったら、急ぐ必要なんてないじゃないか。一段一段、ゆっくりと登っていけばいい」

「でも、私にはもう……」

「大丈夫。だって、後ろを振り返ってごらん? そこには、小鳥遊さんが今まで一生懸命登ってきた段差があるはずだ。その努力は、決して裏切らないはずだから」

「私の、頑張り……」


 その呟きに、俺は頷く。


「ハハ、なんてね。ちょっとクサすぎること言っちゃった。ごめんなさい」


 しかし、小鳥遊は首を振ると詰め寄ってきた。

 どんなシャンプーを使っているのだろう。

 知らないが、髪から甘い良い匂いがする。


「そんなことないです! 私、東雲さんの言葉に勇気を貰いました! そうですよね、こんなところでくじけてちゃ駄目です……」


 そう言う小鳥遊の目は、決意が漲っていた。

 うん、多分これなら大丈夫だろう。一度折れて立ち上がった人は、もう絶対に負けないから。


「それじゃ、俺はこれで」


 そう言って立ち去ろうとする俺だったが、服の袖をつままれる。


「まだお話は終わってませんよ?」

「へ? いや、だって──」

「私は、もっともーっと東雲さんとお話がしたいんですっ!」


 可愛らしくぷくーっと頬を膨らませる小鳥遊。

 まるで小動物のようなその可愛らしさに、俺は困惑しながらも頷き、再びベンチに座りなおした。


「あの、その、それでですね、えっと……」


 が、小鳥遊は急に困ったような表情を浮かべて目を泳がせる。

 心なしか、その顔は赤い。


「し、東雲さんは、彼女とかいらっしゃるんですか?」

「はへ?」


 何を言いだすかと思えば、めちゃくちゃなことを聞いてくるな。

 っていうか、その話題はやめろ! こちとら年齢イコール彼女なしの人生を送ってきてるんだぞ!


「いたこともないですよ」

「本当ですか!」

「う、うん」


 俺がそう言った瞬間、小鳥遊は目をキラキラと輝かせて急接近。

 だからさっきから距離が近いってのに。

 こうなったら、ちょっとくらい仕返ししてやろう。


「そんなに俺が非モテなのが嬉しいですか?」

「ふえ!? いえ、その嬉しいというかなんというか……」


 小鳥遊は両手の人差し指をちょんちょんしながらもじもじしている。

 まぁ、仕返しはこれくらいで充分だろう。可愛いところも見れたしな。


「冗談ですよ、そんなに困らないでください」

「うう……東雲さんはいじわるです……」


 とはいえ、これ以上はさすがに時間が時間だ。

 そろそろ寝なければ、明日に差し支えるだろう。

 まぁ、別に会社努めじゃないから何時に寝てもいいんだが。


「さて、そろそろ帰りませんか?」

「えっ? あ、そうですね。もう結構時間が……東雲さんといると、あっという間ですねっ!」

「あはは、そうですね。でも、こんな夜更けじゃ夜道も危険か。小鳥遊さん、どうします? アレならご自宅まで送りますが……」

「で、でもそんなの悪いですよ」


 小鳥遊は両手をぶんぶんと払って、遠慮のポーズを取る。


「もしお嫌でしたらやめておきますが、気を付けて帰ってくださいね?」

「あっ……」

「?」


 今度こそ帰ろうと思ったのだが、小鳥遊が残念そうな声を漏らしたのが聞こえて、立ち止まる。そうすると、小鳥遊は俺の隣に並んで、蚊の鳴くような声で言った。


「い、一緒に帰りたい、です……」

「……了解」


 何とかそう言葉を返すので精一杯だった。

 まぁ、小鳥遊の家も近くだって言ってたし、そう遠い距離を歩くわけでもないから大丈夫だろう。


 そう思いなおして、小鳥遊に歩幅を合わせるように夜の住宅街を歩く。


 この静けさと、夜の涼しい風が心地よかった。


「東雲さんは……」

「ん?」

「東雲さんは、どうしてそんなに優しいんですか?」


 歩きながら、うーんと考える。


「別に優しいわけないですよ。ほら、これでも俺、ネットでは結構バトルしてますし。見たでしょ? 俺がリスナーと喧嘩してるの」

「でもそれは、信頼関係あってこその話ですよね? それに、言葉もちゃんと選んでますし」

「うーん、まぁ……」


 確かにそう言われればそう、としか言えないな。

 でも俺が優しい……? そう言われると、頭にハテナマークが浮かぶ。


「それに、出会ったばかりの私のこと、こうやってちゃんと守ってくれてますし。あのときだって……」


 あの時、というのは十中八九デーモン戦のときのことだろう。


「それは当然っていうか、困ってる人がいたら見捨てられないでしょ」


 俺がそう答えると、小鳥遊はとんっと頭を俺の腕に預けてきた。


「えっ、ちょ」

「ふふっ、やっぱり東雲さんは優しい人です」


 俺は小鳥遊を見て、なんとも言えない心配な気持ちになった。

 いずれ、悪い男に引っ掛かって散々な目に遭わされそうだ。

 まぁ、小鳥遊は強いから、いざとなれば物理で対処できそうではあるが。


「あ、見えてきました。あれが私の家です」


 そう言って小鳥遊が指差したのは、一件のこじんまりした家屋だった。

 とはいえ、他に並んでいる家と一緒のサイズなのだが。当然っちゃ当然か。


 家に近付くと、バッと誰かが走り寄ってくるのが見えた。


「あー! お姉ちゃんだ!」

「お姉ちゃん?」

「つむぎ! 帰ってきたよ~」


 黒髪のボブに小鳥遊と同じサファイアの瞳。

 どこかがいこがああああああああああああに似た風貌の美少女だ。

 恐らく身長的に中学生だろうか。いや、高校生って可能性もあるな……。


 小鳥遊はまだ幼さの残る少女に駆け寄ると、全身でハグをした。

 なるほど、姉妹だったのか。


「お姉ちゃん、遅い! パパもママも心配してたよ?」

「ごめんね、でも大丈夫。優しいお兄さんがここまで守ってくれたからね」


 妹──つむぎは、こちらを見るなりその目線をジトっとしたものに変えた。


「誰、その人? まさかお姉ちゃんの彼氏?」

「ち、ちがうよ!?」

「いやちがうが!?」


 小鳥遊と二人そろってツッコミを入れると、つむぎは「ふーん」と言った。

 つむぎはとてとてとこちらに歩いてくると、ぺこりとお辞儀。


「小鳥遊 つむぎです。今日はお姉さんがお世話になったみたいで、ありがとうございました」

「いえいえ、全然気にしないでね。あ、俺は東雲 千紘です」


 つむぎは俺の周りをぐるぐると周って、ぼそぼそと呟く。


「すんすん……うん、怪しい人ではなさそう」

「こら、つむぎ! いきなりそんなことしたら失礼でしょ!」

「あはは、別に俺は構わないですよ」


 小鳥遊は駆け寄って、つむぎを嗜める。

 叱られたつむぎは、むぅと唇を尖らせるが、すぐに小鳥遊の後ろに引っ込んだ。


「私はお姉ちゃんの言うことを信じるので、特別に許してあげます」

「ははは、そりゃどうも」

「もう、つむぎったら! ごめんなさい、東雲さん」

「大丈夫ですよ。それじゃ、今度こそ失礼しますね!」


 そう言って、軽く二人に会釈するとその場を後にする。


「あ! 約束! 忘れないでくださいね?」


 後ろから聞こえる小鳥遊の声。

 はて、約束とはいったいなんだろうと思ったが……ああ、そういえばしてたな、約束。今度一緒に食事に行くんだった。


「はーい、もちろんですよ!」


 俺は小鳥遊に返事をして、自宅への道を歩き始めた。

 はぁ……それにしても、今日も疲れる一日だったな。

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