第14話 いざ、深淵へ

 深呼吸を何度か繰り返す。

 荒ぶる心を鎮めるためだ。


 俺は今、あの深層の大広場にいる。

 理由はたったひとつ。深淵の攻略に挑むためだ。


 意を決して、D-Cubeを起動。

 いつもの重低音を鳴らしながらひとりでに動くと、カメラを俺に向ける。


「よしよし、映ってるな」


 :きちゃ

 :やったー!

 :待ってた

 :よう主

 :今日は何すんのー?

 :ここ、こないだのボス広場やんw


「うぐっ」


 案の定、雪崩のように駆け込んでくるリスナーたち。

 その中には、恐らく小鳥遊のリスナーであろう奴もちらほらと存在する。

 今の俺の唯一の癒しは、古参リスナーだけだ。


 いかんいかん。集中しろ、俺。

 さっき覚悟を決めたばっかりだろ。


 両手をグーパーと開きながら、己に喝を入れると、俺はカメラに向き直った。


「うーっす。皆来てくれてありがとな、今日は深淵の探索をするつもりだ」


 そう言った途端、フリーズするコメント欄。

 最初は故障かな? と思ったが、そういうわけでもないらしい。

 何故なら、キューブは未だに動いている俺を捉えているのだから。


 一拍置いて、コメント欄は再びの大騒ぎを始める。


 :え

 :は?

 :なんて?

 :さすがに嘘では

 :無理ゲーにも程がある

 :まあ主ならなんとかなるんやろなぁ

 :主、かましたれwww

 :上の人たちは何言ってんの? 止めなきゃただの自殺配信でしょこれ

 :落ち着け新参。こいつマジでやべーから

 :主以外のダンジョン配信、見れない体にされちゃった



 混乱するリスナーたちを、古参の皆が落ち着かせてくれている。

 ありがたい話だ。今度、視聴者募って焼肉パーティでも開こうかな。

 もちろん俺の奢りで。これでも結構財布には余裕がある方だしな。


 気付けば、同接は20万を超えていた。


 今、俺は大勢の人に見られている。

 本当だったら逃げ帰りたいところだが、折角みんな楽しみにしてくれているんだ。

 ここで逃げたら、ダンジョン配信者として失格だろう。


 ボス部屋を通り過ぎて、階段を下りる。

 一歩一歩近づくたびに、空気がどんよりと重いものに変化していくのが分かった。


 そして、例の扉の前。

 軽く深呼吸をして、ドアを眺める。


『禁忌の門開かれしとき、悪鬼羅刹の行進が始まるだろう。汝、死の覚悟をせよ』


 さて、一体何が始まることやら。

 だが、ここまで来たのだ。引き下がることなんてできやしない。


 俺は力を込めて、両扉をギギィっと開けた。


 途端、どこからともなく吹き寄せる、冷たい風。

 そして、あまりにも幻想的な光景がそこには広がっていた。


「すげぇ……」


 俺が感嘆の声を漏らすと同時に、コメント欄も湧きたつ。


 :めっちゃ綺麗!

 :ヤバすぎてヤバい

 :分かる。語彙力失うレベルの綺麗さだわ

 :辺り一面、お宝だらけやん

 :俺、東雲さんとパーティ組みたい

 :やめとけ、お前が行ったところでただの足手まといw

 :≪あやチャンネル≫ほああ、こんな素敵な場所がダンジョンにもあるんですね

 :あやちゃんもよう見とる

 :本 人 降 臨


 そこにあったのは、ダンジョンを照らす緑色の鉱石の空間。

 エメラルドともまた違う、未知の鉱物だろう。

 そういった鉱石はダンジョンの上層から下層まで、幅広く存在している。

 おかげで探索者は松明などを持たずに行動ができるんだ。


 とはいえ、この煌めきと量の多さは……


 などと考えていると、ゴゴゴゴと音を立てて背後のドアがひとりでにしまっていく。


「なっ!?」


 慌てて駆け戻るが、時すでに遅し。

 扉は完全に閉まってしまい、押しても引いてもびくともしない。

 完全に積みだ。


 :まさかダンジョントラップ!?

 :こんな露骨なトラップもあるんだなwww

 :笑い事じゃないぞこれ

 :深淵に閉じ込められるとか、東雲終わったな

 :主ー? そんな扉壊せばよくない?


 最後のコメントを拾い、俺は首を横に振る。


「駄目だ。多分全力で殴ってもびくともしない。これ完全に嵌められたパターンだよ」


 それを聞いて再びざわめきだすリスナーたち。

 それを横目に見たまま、ダンジョンの扉を確認する。

 そうすると、表で見たものと同じような文言が刻まれていた。


 俺はさっそくルーペを取り出して、扉に書かれた文字を観察する。


「えーと、なになに? はは~ん」


 なるほど合点。要はここのフロアボスを倒しちゃえばいいわけだな。


「みんなー、ここから出る方法分かったぞ~。結構簡単だった」


 :マ?

 :なーに?

 :さっきルーペ使ってたけど、何が書いてあったん?

 :どうせロクでもない内容に1票

 :東雲のことだから自分の中ではできると思ってるんだろ

 :今の内に顎外しとく


 なんか散々な言われようだが……俺はそれらを無視して、今見た内容を、厳かな雰囲気を醸し出して言う。


「『試練を完遂せし者にのみ、この扉は開かれるであろう』だってさ。な? 簡単だろ? ちゃちゃっとボス倒せばいいだけだからさ」


 :知ってた

 :はい無理ゲー

 :これはどうしようもない。もう助からない

 :主、いくらなんでもそれは無茶があるぞww

 :でもそれ以外に方法ないし……

 :そういやなにげ俺ら主がちゃんと戦ってるとこ見たことなくない?

 :たしかに

 :たしかに

 :これは期待

 :東雲もそうだけど、リスナーもだいぶぶっ飛んでるな……


「んー、いや? 鼻にかけるつもりなんてサラサラないけどさ、俺ってけっこう強いほうじゃん? さすがにそれは自負してるし。だからなんとかなるかなって」


 頬をポリポリと掻きながら、俺はリスナーたちに向かって言う。

 実際問題、先程から肌をチリチリと刺すような感覚も、別にどうってことないのだ。

 大方この辺にいる魔物が俺を見て餌だと認識しているようだが、違うんだな、これが。


 :主、一応調べてきたけど、深層に潜れる奴なんて世界中で見ても一握りで、深淵まで辿り着いたやつはいないって


「え、あ。そーなの? じゃあ俺ギネス認定じゃん、やったね!」


 :喜んでる場合か!

 :じゃあこの間のドラゴンに喰われてた奴らも、その一握りだったんだ……

 :頼む東雲、同じ轍は踏まないでくれ

 :せっかくいい配信者見つけたのに死ぬなんてやだよ;;

 :じゃあな東雲、良い奴だったよ……


「お通夜騒ぎになってて草。まぁいいや。別に俺が平気だって皆に知ってもらうのにもちょうどいいし。ほら、隠れてないで出てきなよ」


 魔物は、強い個体ほど知能が高い。

 だから、俺の発言もしっかり理解できただろう。


 怒髪天の叫びを上げながら、魔物が暗がりから飛び掛かってくる。


 :ぎゃあああああ!?

 :終わった

 :この人なにしてんの!?

 :イキらずに大人しく撤退の方法考えてればよかったのに……

 :大丈夫、これがいつもの主の戦闘スタイルだからw

 ;にしても初めて見るモンスターだなぁ

 :なんで皆そんな落ち着いてるんですか!?

 :それはそう

 :だって主だもん

 :主だからなぁ


 飛び掛かってきたのは熊のような体格に、鋭い鉤爪、口から飛び出るほどに大きな牙を持つ魔物だ。


「こいつなんだっけ、えーっと、名前、名前……」


 考えている内に、魔物は急接近。俺の首を掻き切ろうと前脚を突き出して飛んでくる。


「まぁいっか。そいじゃ、おやすみ」



 鉤爪に剣を合わせて、その勢いを相殺する。

 そのままスルスルと刃を滑らせて、首元に一撃。

 魔物は一瞬だけ苦しそうな声を上げて、地に転げ落ちた。


 折角の深淵に出てくる魔物だ。

 素材はきっちり回収しないとな。ってことで、俺は魔物の死体をマジックポーチに突っ込む。


 :信じられない

 :合成か何かと思っちゃうくらいにはできすぎてる

 :え、ほんとに一発で倒したんですか!?

 :まあ落ち着けよ新参。主はいつもこんな感じだぞ

 :ってか初動譲った理由が名前思い出せないからってwww

 :それなw 世界中のどこ探してもそんな奴見つからんわww

 :今ざっと調べてきたけど、バンダースナッチっていうらしい。深層でもたまに出てくるレアモンスだって。

 :有能

 :有能

 :有能


「へー、バンダースナッチっていうんだ。何かカッコいい名前だな」


 解体作業を終えた俺は、パッパとズボンに付いた砂埃を落としながら言った。

 とはいえ、少しがっかりだ。深層にも出ることがあるなら、もう誰かが目にしたこともあるってことじゃないか。どうせなら最初の発見は俺が良かったなー。


 なんて、ぶいぶい言いながら俺は深淵の攻略を再開することにした。

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