第12話 友人

 帰宅した俺は、そのまま自分のベッドにボスンとうつぶせの体勢で倒れこむ。

 

 あの後、俺は一旦探索を切り上げた。万が一にもあの扉に書いてあった文言通り、扉を開けて悪鬼羅刹の行進とやらが始まってしまえば、何が起きるか分かったもんじゃないからだ。

 自分の命なんざどうでもいい。だが、もし暴走スタンピードの比じゃない規模の魔物が溢れ出てきたら? もしそれが、交戦中の俺の視界から漏れてしまったら?

 大パニックで済めばまだいい方。だが、現実はそう甘くはない。

 きっと何百、下手したら何千人もの死者が出るだろう。


 俺は若く危険知らずの高校生じゃない。もう立派な社会人だ。

 自分の好奇心と、高いリスク。どちらを大事にするべきかは分かっている。


 そう考えたら、開けるわけにはいかなかったのだ。


「ふう、どうすっかなぁ……」


 姿勢を変え、天井を見つめる。

 いつもの見慣れた天井だ。俺はこれからもここで過ごすのか、あるいは……。

 駄目だ、思考がごちゃごちゃと流れて全然集中できない。


「だーっ、クソっ!」


 枕を天井に放り投げた瞬間、頭の横に置いてあったスマホから独特の着信音が鳴った。この着信音に設定しているのは、家族と親友ぐらいだ。


 ふとスマホを取り上げて画面を見ると、そこには友人の名前が書かれていた。


「……もしもし」

『よう千紘、元気そうじゃないの』

「お前もな、凪人」


 来栖くるす 凪人なぎと。それが俺の親友の名前だ。

 凪人とは小学生からの付き合いで、中学、高校もずっと一緒だった。

 高校卒業を機に、凪人は大学へ、俺は探索者へなってしまったため離れ離れになったが、今でもこうしてたまに連絡を取り合ったり、飯に行く程度の付き合いだ。


『なあ千紘、今日暇か?』

「おん、暇だけどどうした?」

『いやぁ、久しぶりに飯でもどうかと思ってな』

「いいよ」


 食欲はあまりないが、折角凪人と会えるチャンスだ。

 俺は二つ返事で乗った。


『よっしゃ! それじゃあ、20時に駅前で集合な』

「おう、それじゃまた後で」


 電話を切り、時計を眺める。

 時刻は18時36分。まだ全然余裕があるな。


 軽く風呂でも入るか。


 そう思い立ち上がって、脱衣所へ行く。

 少し熱めのシャワーと、暖かい湯舟に浸かってサッパリした俺は、着替えをして外出の準備をした。


 これでも俺は、長いこと探索者をやっている。

 死の危険と隣合わせの仕事。稼ぎは良い方だ。


 そうこうしている内に、時間はあっという間に過ぎていった。

 約束の時間まではまだあるが、むしろ丁度いいだろう。


 俺は少し早めに家を出て、ジョギングがてら小走りで駅へ向かった。


「お~い、千紘」


 駅に着くと、よく聞く声が耳に入った。

 見れば、改札口のほうで凪人がこちらに手を振っている。


「よう」

「おう、お疲れさん」


 気さくに肩に手を回してくる凪人に、労いの言葉をかける。

 見違えたものだ。高校では比較的緩い校則だったからか、金髪に染めていたというのに、今では黒髪に戻している。顔つきもまだ若干の幼さはあるものの、今ではキリっとした表情になっていた。


「そんじゃ、行くか」

「そだな」


 にっしっしと笑う凪人と共に、街を歩いていく。

 この辺りは飲み屋が豊富だ。既に、焼き鳥やらなにかの良い匂いがそこかしこに漂っている。


「着いたぜ、ここだ!」

「へぇ、万々歳亭、ねぇ」


 凪人が立ち止まった場所。そこは万々歳亭という店だった。

 他の店と比べると若干の素朴さは感じるものの、ガラス越しに見える店内はけっこうな数の客で埋まっていた。


 早速中に入ると、肉の焼ける良い匂いがふんわりと鼻に入ってた。

 

「あいよーいらっしゃい、お好きな席にどうぞ~!」


 ちょうど店の奥の方のお座敷が空いていたので、俺は凪人と共に向かう。

 腰を下ろして早々、凪人はシャツの第一ボタンを外して手で仰いだ。


「あち~! ここ最近、どんどん気温上がってるよな」

「ほんとにな。もうじき、全国的に40℃を超える日が来てもおかしくないわ」

「うへぇ、かんべーん」


 げんなりした様子を見せる凪人だったが、シュバっと表情を切り替えてメニュー表を手に取る。そして、上から下まで眺めたあとで、俺に手渡してきた。


「ほらよ、俺は決まったから千紘も見ていいぜ」

「ああ、サンキュー」


 ふむふむ、なるほど。

 メニュー表には、多種多様な品が書かれていた。

 どれにするか迷うな……ま、これでいいか。


「おっ? 決まったか~?」

「ああ」

「よしっ! そんじゃ、店員さーん!」

「はーい、ただいまー!」


 それから店員の女性がやってくると、凪人は注文を頼んだ。

 たこわさカルパッチョに、焼き鳥各種盛り合わせ、それからレモンハイ。

 俺はまぐろのユッケとビールを注文した。


 凪人と軽く雑談を交わしていると、程なくして店員さんがお通しや料理と酒を運んできてくれる。


 俺たちは顔を見合わせて、酒の入ったジョッキをぶつけあった。


「「かんぱーい!」」


 凪人はゴクッゴクッと喉を鳴らして酒を飲むと、ぷはーっと息を吐いた。

 あの、いやそれビールじゃなくてハイボールですからね? 大丈夫?

 なんて思ったものの、そういえばこいつは酒に強いって自慢していたなと思い出す。それに合わせて、俺もビールを飲んだ。

 

 シュワシュワとした炭酸と、キレのある味。麦の香りが鼻にまで抜けて、これはたまらん。


「かーっ! 美味ぇな!」

「だな。よくこんな店知ってたな」

「たまたま、な! 暇すぎてぶらついてたら見かけたんだよ。で、入ってみたらこれがすげーの! 飯は美味いし、酒も極上! もうすっかり常連だね」

「ははは……まぁ、ぶっ倒れないようにな」


 笑いつつも、心配なのでやんわりと注意する。

 が、凪人は聞こえないと言った様子で顔を近づけてきた。


「で、最近どうなのよ」

「どうって、なにが?」

「彼女だよ、カ・ノ・ジョ! お前ちょーっと不愛想だけど、顔は良いんだからホイホイ女の子が寄ってくるんじゃねぇの?」

「なわけねーだろ。こちとら一日中ダンジョンに潜ってる陰キャ男だぞ? 女っけなんてあるわけなし!」


 俺はそう言いながらジョッキに口を付ける。


「小鳥遊彩矢ちゃんとかどうなのよ」

「ぶっ!?」


 いきなりの爆弾投下に、俺はむせてしまった。

 幸い吐き出してはいないが、鼻に逆流してめっちゃ痛い。


「お~? その反応、さては図星だな? おりゃおりゃ」

「やめろっての! 別にそんなんじゃ全然ねぇから!」


 脇腹を小突いてくる凪人の頭にチョップを落とし、牽制を入れる。

 確かに小鳥遊は可愛い。俺もあの時、まじまじと見てよく分かった。

 綺麗できめ細かいサラサラのロングヘア。透き通るようなサファイア色の瞳。形のいい桜色の唇。そこから発せられる透き通るような声。

 

 どれを取っても一級品だ。

 だが、だからこそ間違いなくないと断言できる。

 ああいう高値の花に、俺みたいなのっぺらぼうは不釣り合いなのだ。

 ファンとアイドル。だからこそ成り立つ関係。それ以上でも以下でもない。


「ふ~ん? でもよ、あの配信中、あの子ずっとお前の方を見て顔を赤らめてたぜ?」

「知らん知らん。どうせ見間違えだろ」

「え~、でも、あんな子と付き合えたら幸せだろ?」

「厄介ファンにつけ狙われても、同じことが言えるか?」

「うぐっ」


 凪人は「それは勘弁」と手でジェスチャーしてくる。

 だが、その直後には目の光を復活させていた。


「でもよ、その厄介ファンにも認められてるじゃんお前」

「ぐっ」


 それを見て、凪人はニヤニヤと笑ってくる。

 ちくしょう、一発ぶん殴りてぇ。


 だが凪人はこの話はやめだと言わんばかりに手で仰いで、後ろに手をついた。


「しっかし、世の中何があるか分かったもんじゃねえよな」

「ほんとにな……」


 そこで、疑問が鎌首をもたげる。


「そういや凪人、そっちこそ会社はどうなんだよ?」


 凪人は大学を卒業後、探索者になることもなく普通に就職した。

 確か大手のIT企業に就職したはずだ。採用が決まった日は、皆に自慢して歩いてた記憶がある。


「んあー? こっちは最悪だよ。サビ残、休日出社当たり前。まぁ上司が良い人な分、他のブラック企業よかマシだけどな」

「そっか、それは大変だな」

「あーもー、俺も仕事辞めて探索者になっちゃおうかなー?」

「お前、肉体労働できるやつだったっけ」

「無理。断固として無理!」

 

 俺と凪人は顔を見合わせて笑う。

 

「あーあ、やなこと思い出しちまった。明日も仕事だよ、仕事」

「社畜乙、だな」

「んだとこのやろー!」


 凪人は枝豆を投げつけてくるが、片手でキャッチ。

 パクリと口に放り込む。


「うわ、相変わらずのナイスキャッチ」

「食べ物を粗末にするなよな」


 そんな軽口を叩き合いながら、かれこれ1時間。

 もうすっかり酔っ払ったのか、凪人は顔を赤くしてゲラゲラ笑っている。

 かくいう俺も、少し酔いが回ってきたかなというところだ。


「そういや千紘」

「ん?」


 凪人は真剣な顔になると、机の上で手を組む。


「お前の配信なんだけどさ」

「ああ、見てたか」

「おう。その、最後に出てきたやつあるだろ?」


 最後に出てきたやつ。

 恐らくあの扉のことだろう。


「地獄の門みたいなやつか?」

「そうそう、それ」

「あれがどうかしたのか?」


 そう問いかけると、凪人は首を横に振る。


「どうかした、じゃない。お前はどうしたい・・・・・・・・んだ?」

「俺が……どうしたい、か?」

「そうだ。きっと、あの先にはとんでもない地獄が広がってる。だからこそ、お前はあそこで探索を中断したんだろ?」

「そうだな。もしもあの扉を開けて、魔物があふれ出してきたら……」


 凪人は溜息を吐くと、こめかみをぐりぐりと揉んだ。


「そんときはそんときでいいじゃねえか」

「は?」

「どんな魔物が溢れてこようが、お前なら何とかできる。俺はそう信じてる」

「でも……」

「思い出せよ千紘。お前がなんで探索者になりたかったのか」

「俺が探索者になりたかった理由、か……」


 少しの間、窓の向こう、遠い夜景を見つめる。

 そうだ、俺は探索者になって、ワクワクする冒険がしたかったんだ。


「大丈夫だ、千紘。お前なら大丈夫」

「凪人……」


 その発言はきっと、無責任なんかじゃない。

 凪人は凪人なりに、俺の意志を尊重して言ってくれたんだ。

 なら、俺も自分の心にしっかり向き合わないとな。


「ありがとう、凪人」

「いいっていいって、その代わり、深淵の探索が成功したらお前が飯奢ってくれよ、なっ!」

「いでっ」


 バシンと背中を叩かれて、抗議の声を上げる。

 凪人はにししと、いつもの笑い方をしていた。


 それから会計を済ませて、店の外に出る。

 今回は割り勘だ。最初は奢ると言ったのだが、それは次に取っておけと凪人に言われてそういう結果になった。


 涼しい夜風が、火照った体に染み渡る。


「そんじゃあな、千紘!」

「おう、ありがとな。今日は楽しかったわ」


 凪人と別れ、俺は一人で道を歩き始める。

 やがて住宅街に差し掛かり、次の曲がり角を進めば自宅というところまで来たところだった。


「きゃっ」

「おっと」


 不意に曲がり角から出てきた誰かとぶつかりそうになって、持ち前の反射神経で何とか回避する。


「すみません、大丈夫でしたか?」

「あっはい、えっと……って、東雲さん!?」


 その人物はなんと──小鳥遊だった。




 ─────────────────────


 あとがき


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

 あとがきはあまり書かないタイプなのですが、皆様からの沢山の♡やフォローが嬉しく、つい失礼します。ここから第一章の佳境、彩矢と千紘の交流、それから深淵の攻略へと進んでいきます!

 それにともなって戦闘描写を頑張って増やしてみようと思います!


 また、以前のあとがきにも書きましたが、☆をくれなどという差し出がましいことは言いませんので、少しでも気になる! 応援したい! と思ってくださった方は、♡やフォローをお願いします! 主に私の執筆速度バフに繋がりますので!


 それでは、ありがとうございました! また次回~!

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