第13話 第3王子は報告を聴く



 オスタンの地下にある牢屋。その奥から響く叫び声。


「ギャアアア!!」


 叫び声を上げた男は手枷と足枷を付けられ、身体中に傷やアザがあり長い時間拷問を受けている事がわかる。

 男は動かすだけで痛む体を動かして顔を上げると牢屋の外に立つ者に懇願する。


「も、もうやべで、ひゃべてくじゃさい!もう、じょうひょうは、全部、いいまじだ!」

「………貴様が何故こうなっているのか解るか?」

「お、女、ふぉ、な殴って殺した、かりゃ、、てずが?」


 冒険者くずれの男は拷問の耐性など無く、既に罪を認めて自分の知っている情報は吐いている。女を殴って殺した事なんて何十回と喋った。だが、拷問はそれでも終わらなかった。指示を出している高貴な身分らしき男に震えるレベルの殺気を向けられながら男は必死で言葉を発した。


 男に返ってきたのは1つのため息、そして強くなった殺気だった。


「…違うな。まったく違う。貴様は事件の犯人ではあるが、今拷問されているのは殺された者への為でも、更なる情報を引き出す為でもない」

「じゃ、じゃあ、どうひて?」

「貴様は蹴っただろう?ここに来る前に1人の少女を」


 視線だけで殺されそうになる圧を感じながらも、光魔法を使われ、捕まる原因になった忘れられる訳のない少女の事を訊かれ、痛む身体を忘れて必死に頷く。


「彼女は私の大切な、どんなモノよりも失いたくない存在なんだよ。彼女さえ居れば私は満たされるんだ。知っているかい?彼女は美しいがそれだけじゃなく、可愛らしいんだ。最初に名前を呼んだ時の顔ときたら…!ハァ、綺麗だった・・・。

 だが、不届き者の所為で私の側から去ってしまった。そして、貴様が私の見てない所で傷つけ、殺そうとしたんだ。これくらいされるのは当然だろう?それくらいの事をしたんだ」


 さっきまでの殺気は何処へ行ったのか、頬を赤く染めて語る高貴な男に一瞬見とれかけるも、温度の無い真っ暗な瞳が自分を見詰めた。


 見詰められた瞬間、恐怖で息を吸う事すら忘れる。


「彼女は私の側で生きて、私の側で死ぬんだ。それ以外は認めないしさせない。彼女は一生私が守る。……貴様に盗らせはしない」


 そう言うと隣に立っていた騎士から剣を受け取り、牢屋の中に入る。


「ヒィ!くるな、くるなぁ!」


 たった数歩の距離が一歩、また一歩と縮まる度に歯が噛み合わなくなる。あっという間に、体感では何時間もかけて目の前に立った時には浅い呼吸を繰り返しながらただ、願っていた。


 これで、この一撃で終われる・・・。



 ◇◇◇



「ハァッ!ハッハッハッ!」

「・・・」


 何を期待しているのか嬉しそうに歪に笑う男を見る。


 この男はオスタンで起きている事件の加害者だ。先日襲った者に反撃されて捕まった。

 襲われた者はどこかに行ってしまったが、兵士が目撃した者と目の前にいる男の証言、その他から得た情報で襲われるも反撃して逃げた者はエルテだと確信した。


 つまりこの目の前の男はエルテを蹴った。万死に値する行為だ。


「ハハッ、ハッハハッ!!」


 剣を振り上げ、勢いよく振り下ろす。空を切る金切り音を響かせて・・・。


 ガギィン────!


「ヒィ!?」


 男のすぐ真横の石壁を砕いた。


 情けない声を出した男に顔を近づけると二度と勘違いしないように教える。


「…簡単に楽になれると思うなよ?」


 その言葉を聴いた男は恐怖に顔を歪ませたがもう興味はない。拷問をしていた者に続けるように言って牢屋を出た。


「…殿下、例の件の報告の者が到着しました」

「そうか、すぐに向かう」


 牢屋を出てすぐにいたクエスの言葉に頷き、階段を上がって泊まっている部屋に向かう。


「で、殿下、如何でしたでしょうか」

「…オスタン子爵。やはり知らないようです。恐らく依頼を伝えた者も雇われた者でしょう。すでに殺されているか、捕まえられたとしても情報の期待は…」

「そうですか…。ですが、素晴らしい功績を上げておられる第3王子殿下が団長をしておられる第6騎士団が捜査をして頂けて街の者も喜んでいます。どうか、犯人を捕まえて下さい」

「ええ、もちろん。卑劣な犯人は必ず捕まえて見せますよ」


 途中、今滞在している屋敷の主でありオスタン領の領主であるオスタン子爵と会ったが適当に対応して、人払いを頼み泊まっている2階の部屋に入った。



 ◇◇◇



 部屋に入り周囲に誰もいない事を確認してから防音結界を張る。


「…報告をしてくれ」

「ハッ。畏まりました」


 ソファーに腰掛け影に呼び掛けると滲み出るように隠密部隊の1人の男が現れた。


「ルメルパ村にて監視をしていた暗殺者の捜索、及び依頼主の調査に関する報告です」


 跪いた男から2つの紙束を受け取り上の1つをパラパラと読んでいく。上々の結果に少し口角が上がったのが分かる。


「暗殺者の正体が分かったのか」

「はい。身のこなしや癖が合致する人物と以前抗戦した者がおりましたので」

「それは良かった。居場所も分かっているのなら情報を吐かせてから明日にでも始末しろ」

「ハッ。了解致しました」


 どうせ大した情報も本物の依頼人の事も知らされてないだろうが、ああいう場所で活きる者は時に自身の情報網を使い、知らされた依頼人ではない本物の依頼主に辿り着く事がある。一応聞いておくのがいいだろう。


 もう1つの紙束に目を通す。そこには幾つかの貴族家の情報が書かれていた。その中で気になったのは3つの貴族家。


「フーリエ伯爵。調べた結果大金を何処かに動かしていると掴みました。家に隠している形跡はなく、現在大金が何処に行ったのか調査中です」


 動かしたと分かった合計金額だけでも王都に小さな屋敷を構えられるほどだ。自分のモノにした金を土地の購入や宝飾品、美術品の購入に使っている貴族は多いがそういった事に使った形跡はほぼゼロ。何故か様々な薬草類の大量購入に充てているが、この薬草類の購入とまだ掴めていない金の行き先には関係があるのか、ないのか。どちらにせよもう少し情報が必要だ。

 フーリエ伯爵の更なる調査を命じる。


「フレスール男爵。一代前の当主が貴族位を得たばかりの新興貴族の1人です。名前までは掴めませんでしたが、『聖なる目的で動く組織だ』と言って他の新興貴族をその組織に誘っているようです。最近新興貴族の動きが纏まっている原因かと思われます」


 最近の新興貴族の動きには兄君も不思議がっていたが『聖なる目的で動く組織』とやらで志を同じくして動きが纏まったのか。その組織は要注意だな。国の不和を生じさせる可能性が高い。


 フレスール男爵の監視を強めるように指示を出す。


「ヴォギュエ伯爵。ロームート公爵派閥に属して長い腹心の内の一家です。ですが二代ほど前からラフィシルト公爵派閥にロームート公爵派閥の動きや情報が流されており、今回の調査でヴォギュエ伯爵が流していたと分かりました」


 ロームート公爵派閥を売ってラフィシルト公爵派閥に取り入ったのか。ならばまだ地位は低く、信用も無い。ロームート公爵派閥の情報を搾り取られている状況だろう。そんな中、『ある人間を殺す依頼をしてくれたら派閥の地位を上げよう』等を匂わせられたら飛び付くしかない。それに・・・


「ラフィシルト公爵か…」

「殿下とはご縁がありますね」


 思わず呟いた言葉にクエスが皮肉で返す。確かに縁はある。今回、いや、それよりも前から。


「嬉しい縁ではないがな」


 エルテ以外の女性の顔など思い出したくないが、1週間に1度、何年も顔を付き合わせた存在ともなると頭に刷り込まれてしまう。


 深紅の髪に真紅の瞳、公爵令嬢として私の筆頭婚約者候補を守り続けている女。


「ラフィシルト公爵令嬢か……」


 そのつり目を思い出した私は考える。あの女の性格は何度も何度も顔を合わせた事で掴んでいる。もし、私がエルテに告白して夫婦となるつもりだと情報が漏れていたら、漏れた情報を掴んでしまったら…。


「殿下?」

「…ああすまない。少し考え事をしていた」

「珍しいですね。殿下は考える時間は短い方と認識しておりましたが…何か気になる事でも?」

「もし、エルテの情報がラフィシルト公爵令嬢の耳に届いていたら…とな」

「今回の件はラフィシルト公爵令嬢が関わっていると?」

「可能性程度だが…」


 クエスと報告に来た隠密部隊の男だけしかいない部屋で私はゆっくりと考えを語る。


 貴族というものは実に厄介な性格をしている者が多い。民の血税は自分の物だと考えて私腹を肥やす者、貴族であることが当然だと考え怠惰に堕落する者、自身の為に他の貴族に金を渡し友情を買った者、そして自分の地位を守る為ならば何をしても良いと考えている者。


 ラフィシルト公爵令嬢も私の婚約者の立場に固執しているように見えた。絶対に手放さないよう常に情報に敏感だった。


 確実な証拠も根拠もないが、ラフィシルト公爵令嬢ならやりかねない。


「…成る程。殿下のお考えがこれまで間違っていた事はございません。ならば、殿下の騎士たる我らは付いていくのみでございます」

「わたくしも、殿下を影からお助け致しましょう。調査のご命令を」


 正直、今の状況は最悪ではないものの、最低ではある。エルテを監視して、エルテが行く可能性のある街でエルテと似たような少女を襲わせた依頼人の正体は、怪しい者以上の犯人といえる者がいない。


「…ラフィシルト公爵家、及びラフィシルト公爵家族の調査と監視を。ラフィシルト公爵令嬢を特に注視してくれ」

「ハハッ!」


 それでも、目の前にいる部下がいれば私はエルテとの暮らしが出来るようになると、そう思う。


「…クエス、これからもよろしく頼むぞ」

「勿論でございますとも、殿下に救われたあの日に私は殿下にこの剣と命を捧げました。隠密部隊、護衛騎士一同、この命尽きるまで殿下の手足となりましょう」


 エルテに危害を加える指示を出した者も、その指示の下で動いた者も、等しく全員罪人だ。エルテとの仲を裂こうとした罪はその命であがなって貰おう。


 そして、地獄よりも深い後悔に堕とす。










「殿下、観察対象の報告です」

「ああ、ご苦労」


 エルテを狙った事を後悔させるのは決定事項だが、それよりも大切な事がある。


 影から紙束と映像記録魔法が刻印された魔道具を受けとる。

 この魔道具は、少し粗い視界のような物を記録する魔道具だ。音声は記録出来ないがそれでも有用な魔道具だ。高価な魔道具の為、生産数も所持している者も少ない。私が所持しているのも2つだけ。1つは騎士団の備品として、もう1つが手元にある個人で所持している物だ。


 その映像を再生しようとした私にクエスが不思議そうに問う。


「殿下、お会いにはなられないので?」

「ああ、まだだ。折角の機会を生かしたいからな」

「そうは言っても会いたいと思っていられるのでしょう?」

「当然だろ!会いたいに決まっている。だが、そうだな…」


 僅かな月明かりだけが室内を照らす。

 魔道具から視線を上げたルスフェンの瞳は僅かな光こそ灯しているものの、ほの暗く魅惑的に輝く。


「影が見つけて護衛監視しているんだ。万一の事は起きないし、エルテの行動全てを知れる。

 外は危険で恐ろしい。エルテがそれを知れるいい機会だ。だからもう少しだけ会うのはお預けなんだよ」


 否と言う存在はこの室内にいない。ルスフェンはただ、今すぐ会いに行って二度と離れられないように縛り付けたい気持ちを抑えて大きく息を吐く。


「エルテが危機に陥ったら私が助ける。エルテだけの王子様でありたいからね。その為にエルテと少し会えないくらい、我慢するさ」


 外の恐ろしさを知ったお姫様が外が恐ろしいと言ってくれたなら、その頼みを優しく聞いて『一生危ない目に会わせないよ』と約束するのが王子様というものだ。


 例えいつかお姫様が『外に出たい』と言っても、最初の約束をずっと守ってやるのが愛と呼ばれるものなのだから。


 ルスフェンは再生された映像の中にいる愛しい少女を見て笑みを深めた。



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