第14話 雨の日



 雨で視界の悪い町並み、普段よりも少ないであろう人通り。


 少し窓を開けて外を確認したが、冷えた空気が部屋に入ってきたので、すぐに窓を閉じて窓を叩く雨音を背にして振り向く。


「朝になったけど止んでないね」

「そうだね。あ、明日には止むといいけど」


 『近いうちに雨が降りそうだから、今日中に町にたどり着こう』とケイシーと相談して急いで進んだお陰で、雨には降られたものの私とケイシーは昨日の夜にルロレーという町に着き、宿屋で眠って朝になった。

 まだまだ止む気配のない雨に小さくため息を吐く。


「この雨じゃあ、視界がわ、悪いから今日は休んだ方が良い、と思うけど...」

「…うん。雨の中じゃあまり進めないだろうし、今日はこのルロレーで過ごそう」

「わかった!あ、採取した薬草系、売りに行こう!」


 少し考えて、ケイシーの助言通り休む事にする。ケイシーが嬉しそうにして昨日採取した薬草を荷物から取り出すのを見ながら私も準備をする。


 …本当は早く迷宮都市に着きたい。何時、第3王子の追っ手が来るかと思うと不安だ。


「早く行こ!エル!」

「あ、うん。今行くー!」


 さっさと薬草を取り出したケイシーは、雨のジトジトした空気には合わない程明るくて雨で暗くなりがちな思考を照らしてくれるようだった。


「お、お肉がたっぷり挟んであって美味しかったね!」

「うん。甘めのソースとあってたね」


 泊まっていた宿の『熊のお昼寝』を出た私とケイシーはまずは腹ごしらえ、と一緒に市場へ朝ご飯に屋台のお肉たっぷりサンドイッチを食べた私とケイシーは薬草を売りに薬屋に向かった。


 詳細は省くが、着いた薬屋にてケイシーと薬屋の店主の女性とで1ゼタを争う交渉合戦が白熱して、最後にはケイシーと店主の女性で謎の友情が芽生えて固い握手をした事は不思議で私は首を傾げた。


 いい仕事を終えたルンルンのケイシーと市場への道を歩く。


「ふぅ!いっぱい採ったからいい値段になったね!チョーツハーブの10本束が6セットで72ゼタ、他にも採取した薬草とかを合わせて?」

「全部売って232ゼタだよ」

「フフフ!2人で採ったから凄い値段になったね!薬屋のお姉さんとの交渉、頑張って良かったー!」

「ケイシーのお陰で解毒薬とかの薬も安く売ってくれたし、ありがとう」

「えへ、えへへ!エルが近くにいてくれたからお、落ち着いて交渉できたんだ!だから、こ、こちらこそありがとう!」


 眩しい笑顔を向けてお礼を言うケイシーを見て、ふと訊いてみる。


「ケイシーって雨だけど元気だよね。さっきの薬屋の女性も最初は気だるげだったし、私だって気分が少し暗くなるのに」

「えっ?そうかな?…昔から何故か雨の日はテンションが上がるっていうか、何でも出来るって気分になるというか、雨が降るとそんな感じになるんだ」


 ケイシーの話に返事をしつつ思い出す。

 村にも雨の日はテンション高い人がいたなあと。


 私のお祖父ちゃんなのだが、普段はちょっとお茶目、くらいなのに雨の日になるとテンションが凄くなる。ケイシーも同じタイプだとは、お祖父ちゃんだけじゃないんだなぁ。


「・・・もしかしてわたし、うざい?雨なのにハイテンションで、へ、変だったかな?」

「いやいや、そんな事はないよ。雨で太陽が隠れて、暗い気分になったりするけど、ケイシーが明るいお陰で私も明るい気分になったから」

「そうかな?えへへ!…あっ!市場に着いたよ!」


 ケイシーと会話をしている内にルロレーの市場に着いた。ルロレーは、ルフメーヌからリュスペへ、リュスペからルフメーヌへ行く冒険者や旅人、それらの人を相手に商売をする行商人が多く、固定のお店が少ないらしい。


 その代わりに、異国の品や掘り出し物にお得な物もあるため、市場の隅々まで見てから買おうとケイシーに言われ、市場を歩き回って食品やポーション類を買って行く。


 薬草類を売ったお金があるものの、事前に話した予算を超えないように値切りを頑張った甲斐があり、買い物は終わったが使ったお金は予算を下回った。


「ひ、必要な物は全部買ったよね?」

「うん。矢の補充もしたし、投げナイフまで買ってくれたし、それで予算以内ってケイシーは凄いね」

「しょ、そんな事は…!ふへへ~」


 買い物をしている間に人が少なくなってきた市場を横目に見ながら泊まっている宿屋に戻ろうと歩く。


「困るよ嬢ちゃん!これ以上は無理だよ!」


 歩いている少し先、アクセサリーを売っている店で男性の声がした。


「えーっ!いや、でもなぁ…」

「どうするんだ?このアクセサリー、買うか、買わないのか」

「…やっぱりあともうちょっとだけ安くは……」

「マイネン王国で採れた鉱石と細工師が作った物だ!無理だな」


 茶色のローブにフードを被った、声から女性と分かる人との値切り交渉中のアクセサリー屋。もう少しだけ安くしてほしい女性とこれ以上は下げられないと言う男性と平行線が続く。


「…うー。わかった!その値段で買うよ」


 そのアクセサリー屋を通り過ぎる時にちょうど女性が折れた。

 肩を落としてお金を出そうとする女性と満面の笑みの男性。


「おお!毎度あり!ほれ、買ったペンダントだ」

「ありがとー…」


 マイネン産の鉱石といえば一級品だし、細工も繊細な物だと有名だ。マイネン王国との国境から離れたこの町にそんな物が売っているのか、と女性に渡されたペンダントを見た。


「また買ってくれよな!」

「そんなお金はもうないよー。はぁ…」


 ぶら下がったペンダントの飾りは鍵の形をしていた。シンプルなデザインのそれに、つい足を止める。


「エル?どうかしたの?」

「…ケイシー。マイネン王国で作られた細工ってどんな物か知ってる?」


 他に並べられた商品もシンプルな物が多いのを見て、ある考えが浮上した私は確証を得る為にケイシーに訪ねる。


「えっ?も、もちろん。繊細で美しく、エレクトラム細工と呼ばれる技法でマイネン王国以外ではそうそうお目にかかれない。全体的に施される細工には魔術を付与しやすく、貴族からSランク冒険者まであらゆる人が求める物だよ!鍛冶のファーネス、細工のマイネンなんて呼ばれたりもするね。…それがどうかしたの?」


 急に訪ねられたケイシーは戸惑いながらも答える。ケイシーの説明に自分の考えが合っている可能性が高いと感じた。


「…そこのアクセサリー屋がマイネン王国産を売ってるって言ってたんだけど、とてもそうには見えなくて」


 コソコソとケイシーに話す。ケイシーはアクセサリー屋を見ると、納得したように頷いた。


「んー?確かに。ちょっと栄えた街に行けば手に入るくらいの物にしか見えないね」

「だよね。あの女性、騙されてるっぽいから助けたくって。いいかな?」

「も、もちろん!止めないよ!一緒にぼったくり屋を成敗しよう!」

「ありがとう。ケイシー」


 成敗とまではいかなくても、騙されてる人を1人助けるくらいなら良いだろうとアクセサリー屋に近付き、アクセサリー屋から少し離れてしまった女性に聞こえるように声を出す。


「あの、そのアクセサリー、本当にマイネン産ですか?」


 女性が驚いたように振り返り、私と店主の男性を交互に見る。


「このアクセサリーはマイネン産なんですか?」


 もう一度、ハッキリと言う。突然現れた者に商品を疑われて口をあんぐりと開けて驚いていた男性は息を吐き、ニッコリと笑顔に表情を戻す。


「何を言っているんだい?これはワタシが仕入れた本物だよ。偽物じゃないよ」

「ならどうしてこんなにシンプルなデザインなんですか?」

「シンプル?」

「マイネン産の鉱石で作られたなんて分かりませんが細工が違うくらいは分かりますよ。マイネン王国の細工師が作ったにしてはシンプルすぎる」

「こ、これは若い職人が作った物だよ!だから…「じゃあどうしてそんなに安く売っているんです?」え?」


 私と店主の男性とで言い合っている中、静かにその様子を見ていたケイシーが冷徹な瞳を向けて言った。


「お、おかしくなんて…普通だよ!若い職人の応援の為だ!ケチつけるんじゃねぇよ!」

「確かに、よく聞きますね」

「だよなぁ!」


 確かに、若い職人の応援で商人が高く購入して安く売る、という活動は耳にする。


 きっと何回もこのやり取りをしてきたのだろう。笑顔を浮かべつつも、不快感を滲ませながら店主の男は私とケイシーを攻め始めた。


 それを無言で聞いていたケイシーは、はぁ。とため息を吐いて呆れたように言う。


「マイネン王国の若い細工師の応援?よくもその程度のウソを堂々と言えますね」

「は?」


 不安そうに見ている女性も、店主の男の視線も気にせず、ただ冷静にケイシーは説明をする。いつもとは違う、堂々とした声で。


「マイネン王国の細工師は国に認められた者しか名乗れないんです。だから若くとも、数ヶ月しか習っていなくとも、国に認められれば一人前となる。だから、国に認められた細工師から仕入れたのならば、そんな値段で売るなんて採算取れない」

「っ!あ、ああ!そうだ思い出した!ワタシが仕入れたのはまだ細工師じゃない奴…」

「細工師だと認められてない者が作った細工を売る事、それを仕入れて売る事はマイネン王国でも、このヴォヌレ王国でも禁止されていますよ?」

「グッ!?」


 その様に焦り、怒涛の喋りで問題点を指摘された男は、口を滑らせてしまった。

 トドメの一言を言われた男の表情がしまった、と語っている。


「デザインもシンプル、細工師が作った証拠すらない。それならこの値段は高過ぎる。ぼったくりですね」

「…ちっ!」


 トドメの一言に舌打ちをした男はにこやかな表情を止めて不機嫌さを隠さず、私とケイシーを見る。


「で?あんたら、兵士にでもつき出すつもりか?ムダだって知ってるだろ?」


 確かに、街の許可を得て店舗で営業している店とは違い、市場は自由出店だ。騙す騙されるのは全て自己責任。兵士につき出したところでお咎め無しで出てくる。


「さっきペンダントを買った女性の代金全て返金をしてください」

「うんうん!うちのお金返してよ!」


 それでもお金を取り戻すくらいなら出来るのでケイシーが指摘を始めた辺りから徐々に近付いて来ていた先程ペンダントを購入した女性の代金の返金を要求した。


「ほらよ!さっさと立ち去れ!」


 態度の悪い男が投げて返したお金をちょろまかしてないか1枚1枚女性が数えて袋に入れて懐にしまう。


 それを見て安心した。騙されるのはイヤだし、もし騙されてると知ったのが取り返しのつかない時だったとしたらもっとイヤだから、たかが1つのペンダントだとしても女性がそんな気持ちにならなくて良かったと思う。


「まだです!」


 シッシッと去ってほしそうにする男に、早く行かないと兵士でも呼びそうだと、立ち去ろうとしたが、ケイシーが前のめりで拒否する。


「わたしと彼女はあなたのウソを見破ったから、ほ、褒美としてアクセサリーの1つでもくれるべきだよ!」


 とアクセサリーを指差していうなり、男が何かいう前に選び始めた。唖然とする私と男と女性を尻目にケイシーはアクセサリーを選んで男の目の前に掲げて言う。


「これとこれ!貰うね!」


 その言葉に当然頷かない男にケイシーは何度も同じ言葉を繰り返し、折れた男が『もういいから早くどっか行けよ!』とキレたのを合図に私たちはアクセサリー屋から離れていった。


 あの店が見えなくなった辺りの近くにあった雨宿りできそうな屋根の下に入る。

 ドキドキしたが上手くいって良かったと、一息吐いた私にペンダントを両手で包んで何か集中していたケイシーがパッと顔を上げて私の方を見る。


「エル!はい、どうぞ!」


 金の馬の蹄鉄ホースシューがぶら下がったペンダントを私の手元に置いたケイシーは耳を真っ赤にしながらも、しっかりと目線を合わせて話す。


「ちょっちょっとした物で、も申し訳ないけど、で、でもエルと一緒にいられるように、って魔法をこ、籠めたから、受け取ってくれ、くれると、うれしい、な…!」


 ケイシーの言葉にまじまじとペンダントを見ると、確かにホースシューのUの字のカーブした部分についている濃いピンク色の魔石に魔力を感じた。


 ケイシーって本当に(敵に矢を当てる事以外は)なんでもできるなぁ、とペンダントを着けながら思う。それと同時にあんなに酷いパーティーから離れられて良かったとも思う。


「…ふふ、ありがとうケイシー、似合ってるかな?」

「…!うん!とっても似合ってる!エルの為に作られたようだよ!」

「そこまでではないとは思う…」


 このペンダントも大切にしようと喜んでくれたケイシーを見ながら思った。


「ケイシーのアクセサリーはどんなの?」

「フェザーだよ!付け根に青い魔石があるのが綺麗だなって」


 金のフェザーに青い魔石が付いたペンダントを着けたケイシーは満足そうな笑顔だった。


「じゃあ帰ろうか」

「そうだね!は、早く暖炉で暖まりたいなぁ」


 買い物も終わり、ちょっと寄り道はしたけれど良い物が手に入った私とケイシーは帰ろうと「あのー。2人とも、うちがいる事忘れてない?」


「「あっ・・・」」


 そういえば一緒に移動していたんだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る