3:「カッターナイフ#1」

ベクトルの問題はどうしても苦手だった。


頭空っぽにして問題集をいくら読んだって、基礎は分かっても応用問題はちょっとも分からない。



でも………それじゃいけない。


みんながイメージする私じゃないと……

モデルで、成績はいつも学年10位で………それで………それで……………




胃がキリキリ痛む。


80点以上無い答案を握る私を周りが蔑む。

嘘付き………そんな言葉が頭に浮かぶ。




ドクドク、ドクドク、鼓動が速くなってくる。



守らなくちゃ……………「露原玲奈」を


守らなきゃ……居場所は自分で………






だから、私はその日、初めてカンニングに手を染めた。



ーーーーーーーーーー



運が良いか、悪いか……それは分かんないけど、私の杜撰な不正は誰にもバレなかった。


一度も周りから疑問視なんてされずに、シャーペンのグリップ部分に隠した応用問題の解法を書いたカンニングペーパーを何度も何度も見てしまえた。




あぁ、良かった。

頭の中にずぅっと張り付いてた嘘つきの言葉が消えていく。


部活も入ってないし、今日はモデルの撮影もないから、テストが終わったから今日はそのまま帰って大丈夫。



ようやく鼓動も落ち着いて、胸を撫で下ろす。


帰ろう。


帰るのにはいつもの教室すぐ近くの中央階段じゃなく、遠回りになる、人の少ない芸術棟の階段を使った。



別に気を付けていたわけじゃないけど、足は早く音を立てないようにしてた。

無意識的に罪悪感なのかな……………


極力、中間テストのことは考えずに下駄箱を目指す。


あと30段………あと20段。

コレを降りたらようやく下駄箱のある一階に着く、そう思った瞬間に、踊り場で声をかけられた。



「ねぇ、少しいいかしら?。えっと……露原…露原玲奈さん。」


「は、はい。何ですか、木下先生。」



キョドリそうになったのを喉の奥に押し込んで、振り返る。

声をかけてきたのは3年生の英語を持ってる木下先生だった。


なんだろう………2年の私には接点はないと思うんだけど。



「実は……あなたのテスト中のことで…少し話があるの。でも、ここで言うのは酷でしょうからから………この校舎の裏手の山あるでしょ、そこの展望デッキに夜の8時に。大丈夫よね?」


「分かりました。」



この時、私はどんな顔をしていただろう。

私のじゃないみたいな、ロボットみたいにギチギチ、ぎこちない動きの口を必死に動かして木下先生の言葉に相槌をうった。



木下先生は私の返事に満足したんだと思う。そのまま、踵を返して上の階に戻っていった。


落ち着いていた心臓がまた嫌に速くなる。



汗が腕を伝って手のひらに流れたら、痛みを感じた。


いつからか分かんないけど、思い切り手を握り締めてたみたい。

手を開けると、食い込んだ爪の跡が赤く付いてる




バレたんだ。カンニング………。


それが分かると急に膝が笑いだしちゃって、私は階段に何も考えられず座り込んだ。

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霧と露の街で 朝定食 @33333cycle

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