第39話 懺悔

水惟が目を覚ますと見慣れない天井が目に入った。

不安になり横を見ると、蒼士が心配そうにみつめていた。

「………」

水惟には状況が飲み込めない。ホテルとは違った感触のベッドに、部屋の中には薬品のような独特の匂いが漂っている。

「ここ…病院…?」

水惟はボーっとした表情で蒼士に聞いた。

「そうだよ。」

「どうして…?」

「会社で倒れたんだよ。」

「たおれた…」

まだ思考が追いつかない。

「…たおれた…」

冴子とランチから会社に戻ったところまではなんとなく覚えている。

「昼から戻って、冴子さんとエレベーターに乗ろうとしたところで倒れて…冴子さんがすぐに医務室と俺に連絡いれてくれて。だから俺が病院に連れてきた。」

「…そうなんだ…さえこさん…」

水惟は上半身を起こそうとしたが、眩暈がしてしまいうまく起きられない。

「無理するなよ。」

「………」

水惟はまだよく事態を把握できていないという表情で蒼士を見た。

「いつから食べてなかった?」

「え…」

「水惟、栄養失調と貧血で倒れたんだよ。」

「………」

「冴子さんからも聞いた。最近一緒にご飯に行っても、水惟はサラダとかデザートだけでまともに食べてないって。」

蒼士に質問されると、水惟は困ったように顔を歪めた。

「…おやつ、とか…仕事中とか夜とか…食べちゃうし、い、家ではちゃんと食べてるから…昼はダイエットで—」

蒼士は掛け布団の上に出ていた水惟の右手を握った。

「そんな嘘、つかなくていいよ。腕がこんなに細くなってる…家でも一人の時は食べてなかったんじゃないか?」

「…え、と…」

「ごめん水惟…気づいてやれなくて。」

蒼士は辛そうな表情かおで水惟に謝罪した。

「ちがうよ…ちゃんと食べてるし…」

水惟はなおも否定しようとする。

「ごめん、水惟…」

「………」

「…ごめん…」

蒼士は水惟の手を両手で包むように握りしめると、額に当てるように俯き、懺悔するようにまた謝罪した。

水惟の目から涙が静かに線を描くように溢れた。水惟は何も言わずに俯く蒼士をみつめていた。


翌日、水惟は今度は自宅のベッドの上で恥ずかしそうな困り顔をしていた。

「ほら、口開けて。」

「自分で食べれるよ〜」

パジャマ姿でベッドの中にいる水惟に、蒼士がレンゲでお粥を食べさせようとしていた。

「水惟はすぐ嘘つくからな。」

「もうそんなことないから。」

水惟はバツが悪そうに言った。

「蒼士の仕事は大丈夫なの?」

「余計なことは気にしなくていいから。」

水惟はまだ体調が優れないため会社を休み、事態を重く見た蒼士も水惟の世話をするために一緒に休んだ。

水惟がお粥を食べ終えると、蒼士は水惟の頭を撫でた。その表情は笑っていても切なげで、水惟も同じような表情で笑った。


それから3日間、水惟は大事をとって会社を休み、蒼士はテレワークに切り替えて家で仕事をしていた。


「もう元気になったから、明日からは復帰するつもり。」

3日目の夜、水惟は右腕でガッツポーズのようにグッとポーズを作って言った。

「え…」

「4日…倒れた日の分も入れたらほぼ5日分も仕事溜まっちゃってるんだよ?早く戻らないとみんなにも迷惑かかっちゃうし。」

「それは氷見さんに相談すればなんとかなるだろ?」

蒼士が心配そうに言った。

「でも…」

「水惟は倒れたんだよ?しばらく休んでもいいんだよ。」

「だけど…」

「なんでそんなに早く戻りたがるんだよ…」

「…だって…会社休んでたら…また…」

蒼士には水惟が何を心配しているのかがわかり、抱き寄せて落ち着かせるように頭を撫でた。

「水惟が休み始めたときに、氷見さんにパソコンのデータ管理はお願いしておいたから。氷見さんの許可なく勝手に見られることは無いよ。」

それを聞いた水惟は少し安堵したような様子を見せた。

「でも、仕事には行きたい…」

———はぁ…

蒼士は頑なな水惟の要望に折れるように諦めの溜息をいた。

「しばらくは残業禁止、無理もしないって約束できる?」

言い聞かせるような蒼士の言葉に、水惟は「約束する」と指切りをして頷いた。


翌日、出社した水惟は氷見をはじめ部署の同僚に休んでいたお詫びを伝えると席についた。

「水惟が抱えてた案件で校了になったのもあるから、あとで確認の打ち合わせしようか。」

水惟の席に来た氷見が話しかけた。

「はい、お願いします。」

「じゃあ時間決めてチャットで飛ばすね。それまでは新規のフライヤー案件やってもらえる?説明するからフォルダ開いて。」

「はい。」

水惟は社内サーバーにアクセスし、氷見に言われた案件フォルダを開き、そのままデザイン用のソフトも立ち上げた。

「原稿がこれで、色はビジネスっぽいブルー系が先方の希望。フォントとか色以外のテイストは基本お任せだって。」

「はい。」

水惟はデザインの下地になる原稿を眺めた。いつもならこの時点でいくつかのレイアウトイメージが浮かんでくる。

「………」

「水惟?固まって、どうした?」

「…え…あれ…?」

「水惟?」

水惟の様子がおかしいことに気づいた氷見は心配そうに声をかける。

「…あの…何からすれば良いのか…いえ、えっと…デザインて……どうするんでしたっけ…」

水惟は蒼白した顔で氷見を見た。原稿を見ても何も浮かばず、パソコン画面を見ても手が動かない。

「水惟…!?」

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