第23話 水惟の酒癖
「でもさ、ってことは水惟が深端に戻ってくるの?」
話を聞いていた芽衣子がワインを飲みながら言った。
「んー…」
水惟はどちらともつかない
「迷ってるっていうか…急な話でまだよくわからないっていうか…」
「
芽衣子が冴子に聞いた。
「すごいわよ。とくにデザイン系の部署は花形だしね。」
「ふーん、やっぱりそうなんだ。じゃあ戻ってきた方が良いんじゃない?せっかく頑張って入ったんでしょ?」
「うーん…」
水惟は困った顔をした。
「でもさ、あの頃一緒に働いてたけど、水惟が深端にいたって結構意外なんだよね。」
芽衣子は今度は塩漬けのオリーブをピンに刺しながら言った。
「だって水惟ってガツガツしたタイプじゃないじゃない?大手の広告代理店でバリバリ働くぞー!って感じで就活してるところが想像できないなーって。はじめから生川さんのとこみたいなデザイン事務所に行きそうな感じ。」
「それもそうね。」
冴子も同意した。
「でも入社してるってことは、深端の最先端な環境で仕事したかったってこと?」
「うーん…それもなんか、よくわからなくて…頑張って
(就活中の私…どんなだっけ?)
「まあ、倍率云々て話もあるけど、今回のその話は実際良いと思うわよ。」
今度は冴子が言った。
「大手だからお給料も安定してるし、何よりメー子も言った通り常に最先端の環境だしね。」
「洸さんにも言われた。」
水惟はポテトをつまんで口にした。
「それに…チーフになれるんでしょ?水惟まだ30歳だよね?深端で30のチーフってかなり異例の高待遇のはずよ。」
「そうなんだ…」
水惟は深端在籍時も出世にあまり興味が無かったため、この手の話題に疎い。
「あ、それに
「油井さんと乾さん…?…誰だっけ…?」
冴子の口にした名字が全くピンとこない。
「え、水惟…覚えてないの?」
「う、うん…なんだっけ…なんか仕事一緒にやった人?」
冴子と芽衣子はまた顔を見合わせた。
「その二人は—」
芽衣子が言いかけると、冴子がテーブルの下で手を引っ張って制止し、小声で囁いた。
「メー子、やめな。忘れてていいよ。」
「そっか。」
水惟はキョトンとしている。
「まあとにかく、深端に戻るって悪くないと思うからよく考えて決めた方が良いって話よ。」
「…うん。」
「話は戻るけどさ〜深山さんて絶対水惟のこと好きだよ。仕事なんかじゃなくて。」
(戻さなくていいよー…)
水惟は唇を尖らせながら目の前にあった芽衣子の赤ワインを間違えてぐびっと飲んだ。芽衣子は気づいていない。
「あの撮影の日だって、アッシーに超ヤキモチやいてたじゃん。笑っちゃうくらい。」
「え、何それ。」
冴子が興味を示す。
「さっき水惟も言ったけど、撮影にアッシーがついてきたのね。」
「うんうん」
「深山さん、アッシーが自己紹介した時からピリピリしててー。」
「絶対してないよ…」
水惟がボソッと言った。
「それがおもしろくてさ、ついイタズラ心が出ちゃってね。水惟とアッシーをカップルにして撮ってたの。」
(メーちゃん…あのときやっぱり悪ノリしてたんだ…)
水惟は頬を膨らませた。
芽衣子の話が止まらないので、水惟はテーブルの上の酒を片っ端から飲み始めた。
「深山さんて基本、スーツじゃない?」
「営業だからね〜」
「アッシーと水惟は私服みたいなカジュアルな服同士だったから、カップルっぽいね〜とか言って。それも気に入らないみたいでイライラしちゃってね。」
「ふざけてたからイライラしたんだよ…」
水惟がまたボソッと言うが、芽衣子と冴子は気に留めていない。
(本人から“お似合い”って言われちゃったし…)
今度は白ワインを飲んだ。
「そしたらさー、アッシーが水惟のほっぺにキスしちゃって!深山さんも水惟も同じ顔で同時にお互いの方を見たから笑っちゃった。焦った顔っていうか〜絶対二人ともまだ好きじゃんって思った〜。」
「深山くんの焦る顔とか見てみたいわ。」
「焦ったんじゃなくて、仕事中にあんなことする人がいるなんて思わないからドン引きしたんでしょ。」
「もー水惟、ぶつぶつうるさい!」
「むー…」
なぜか芽衣子に怒られ、水惟は酔いの回ったようなしかめっ面で口を閉じた。
「帰りの車なんて笑顔ゼロだったんだよ?あのさわやか営業マンの深山さんが。」
「へー」
芽衣子も冴子もニヤニヤしている。
「あ、そういえば、深山さんが水惟のLIME知りたそうにしてたけど。」
「え?」
「教えていいか、水惟に確認しましょうか〜?って聞いたら、“絶対断られるだろ”って言ってた。」
芽衣子は蒼士のモノマネをしながら言った。
「ねえ水惟、深山さんにLIME教えちゃダメ?」
「えーうーん…」
パーティーの前に聞かれていたら、きっと教えていた。
「…LIMEで話すことないと思う…」
「えー深山さんがかわいそうじゃん!」
(もーーー!さっきからー!!)
———ドンッ!
水惟が持っていたモヒートのグラスをテーブルに力強く置いた。
「うるさいのはメーちゃんの方でしょっ!!」
ドスの聞いたような声を出すが、水惟なのであまり怖くはない。
「え?水惟?目が据わってる…」
「さっきから深山さん深山さんって!フラれたって言ってるのに!」
「水惟?」
「あ!ちょっとこの子、私たちのお酒まで飲んじゃってるわ…」
「失恋して悲しいのに…ひどいよぉ…」
今度はメソメソと泣き出した。
「わ〜もう水惟ー!ごめんて!泣かないでよ。」
「…違うわよメー子、そういえば水惟ってたまにこうなってたわ。お酒飲みすぎたら泣いたり笑ったり怒ったり…」
冴子が昔を思い出して言うと、芽衣子も何かを思い出した。
「あ、それで最後は…」
10分後
「水惟?おーい…水惟ー?」
「…どうする?これ…」
水惟はテーブルに突っ伏して熟睡していた。
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