第22話 冴子と芽衣子

「再会と、水惟の夕日広告賞受賞を祝して—」

「「かんぱーい」」


とある金曜日、水惟は冴子と芽衣子と約束していた食事会に来ていた。バルのような居酒屋の個室で4年以上ぶりの乾杯をした。

「水惟と飲むの超ひさびさ〜!」

芽衣子が言うと、水惟は少しバツが悪そうに「えへへ」と笑った。

「この間の撮影のときも言ったけど、元気そうで安心した。」

「そうね〜、私も水惟が元気で安心したわ。」

冴子も言った。

「それ…」

「ん?」

芽衣子が水惟を見る。

「なんか最近みんな言うの。」

「みんな?」

「冴子さんも、メーちゃんも…深山…さんも、それに洸さんとか洸さんの奥さんも…“元気そうで安心した”とか“水惟が元気なのが一番”みたいな…」

ここ最近、水惟が気になっていたことだった。

「私って、その…4年くらい前…そんなに元気無かった?」

「「………」」

水惟の質問に、二人は一瞬無言になった。

「ぁ…当ったり前じゃない!」

口を開いたのは冴子だった。

「だって離婚もして、引越と転職もしたのよ〜?いつも疲れた顔して元気無さそうだったんだから。目にクマなんか作っちゃったりして。」

「…そっかぁ…あんまりよく覚えてなくて…」

「だから、みんな今の水惟が元気で笑ってるのが嬉しいのよ。」

冴子も芽衣子も暖かい表情で微笑んだ。


「水惟の夕日賞のスピーチ、すごく良かったのよ。」

冴子が先日の授賞式を話題に出した。水惟は蒼士とのやり取りを思い出し、胸がギュ…と苦しくなった。

「え、そうなんだ〜私も聞きたかったなー。」

「そんな!全然だよ。洸さんは泣いてたけど、アッシーは普通だったし…」

「アッシーって?」

冴子が聞いた。

「冴子さんもこの前のパーティーで会ったよね?ライターの葦原さん。」

水惟が言った。

「あ〜!あの子ね。背が高くてちょっとチャラい感じの。私“も”ってことはメー子も面識あるの?」

「うん、ちょっと前の撮影の時にアッシーも同行して—」

「しょっちゅうLIMEしてるし、飲みにも行ったりしてるよ。」

水惟の説明に被せるように芽衣子が言った。

「えっ!?初耳!」

「あーでも、メー子の好きそうな感じだわ。イケメンだったし。」

「そうなの!ぶっちゃけ超好きなタイプ…顔も性格も超ツボ…」

芽衣子は両手で頬を押さえながら言った。

「えぇえ〜!!」

水惟は意外な展開に驚いていた。

「あ、アッシーが水惟にちょっかい出してるのも知ってるよ。」

「え…っ」

「ってゆーか、撮影の時からそんな感じだったし。でも水惟は深山さんのことがまだ好きっぽいから、多分無いなーって言ってたけど?」

芽衣子がニヤッとして水惟を見た。

「最近深山さんとはどうなの?」

何も知らない芽衣子が聞くと、冴子も同じようにニヤッとした顔をした。

「え…あー…えっと…じつは…」

水惟は右手の人差し指で頬を掻くようにしながら、気まずそうな顔をした。

「実は?」

「…フラれちゃったの。パーティーの日に。」

「「えっ!?」」

二人同時に大きな驚きの声を上げた。

「あはは…そんな二人で…」

水惟は弱々しく笑った。

「でも、よく考えたら当たり前っていうか…離婚した相手にまた告白しちゃうなんてマヌケ…だよね。」

俯くように、手に持ったお酒の入ったグラスをみつめながら言った。

冴子と芽衣子は腑に落ちないといった表情で顔を見合わせた。

「本当に深山くんがフったの?」

冴子が訝しげに訊く。水惟はコクッと頷く。

「本当に本当?」

「え…冴子さん、何?どうしたの?」

「だって、どう考えたって深山くんだって今でも水惟のこと好きでしょ。」

「え…そんなこと…」

「だって今回のjärviさんの仕事、絶対水惟に依頼するんだって言って—」

「え、私は洸さんにすすめられたから…」

水惟は驚いた顔をした。

「深山くんの依頼って言ったら水惟が断るかもしれないって思ったんでしょ、きっと。」

「………」

「でね、まず私に相談に来たの。」

「冴子さんに相談?」

冴子は頷いた。

「うん。水惟が深端にいた頃に仲が良かった人は誰か教えて欲しいって。私は水惟とも深山くんとも仲が良かったからね。」

「あー、だから私に声がかかったんだ〜!深山さんから直接連絡があったからちょっとびっくりしたんだよね。」

芽衣子が納得したように言った。

「え、じゃあ…」

冴子はまた頷いた。

「今回の仕事はね、深山くんが、深端の仕事でも水惟が嫌な思いをしないでできるようにセッティングしたの。」

「え…あ…」

どおりで、冴子や芽衣子以外の深端側のスタッフも水惟と比較的仲が良かったり、水惟と蒼士の関係にあからさまな好奇の目を向けない人ばかりだ、と水惟も合点がいった。

「最初の打ち合わせ、日曜だったでしょ?」

「うん。」

「あれも…深端が休みの日なら、水惟があんまりいろんな人に会わずに済むだろうからって日曜にしたのよ。」

「え…」

(そうだったんだ…)

「好きじゃなかったらそこまで水惟に気を遣わないと思うけど?」

冴子の言葉に、水惟は眉を八の字にして溜息をいた。

「…たしかに…そこまでしてくれたのは特別なのかもしれないけど、恋愛的な好きじゃないよ。」

水惟は蒼士の言葉を思い出していた。

「フラれた時にね、深端に戻ってこないかって言われたの。」

「えっ」

「夕日賞を獲ったから、私がチーフになったり…良い条件で深端に戻れるって。järviのタイミングだってちょうど夕日広告賞の発表があった頃だったし、あくまでもデザイナーとして…仕事がしたかったんだと思う…戻って来いって誘うためとか、様子見とか?かな。」

「水惟…」

「はっきり言われちゃったの。もう私と恋愛する気は無いって。」

二人に心配させまいと笑う水惟の切なげな表情に、冴子も悲しそうな顔をした。

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