第11話 まだ
「深山さんて何しに来たの?」
休憩にミーティングルームのテーブルでゼリーを食べながら、啓介が聞いた。
ミーティングルームのテーブルはウォルナット材の深い茶色の天板に黒い金属の脚でスタイリッシュで落ち着いた雰囲気だ。普段から来客が無い時はみんなここを休憩室として使用している。
水惟と蛍が隣同士、啓介が向かいに座っている。
「べつに…普通に打ち合わせ…」
水惟もゼリーを口に運びながら面倒そうに答えた。
「何?もしかして啓介くん、水惟ちゃんに意地悪してるの?」
蛍は二人の表情から何かを察した。
「ひど。違うよ蛍ちゃん、俺今水惟に付き合ってって言ってんの。」
「えっ!」
蛍が驚いた様子で水惟の方を見た。
「…私がバツイチだから興味が湧いたんだって。」
水惟が呆れ気味に言うと、蛍も今度は呆れたように啓介を見た。
「べつに付き合うきっかけなんてなんでもいいじゃん。」
「うーん…まあそれはそうなんだけど〜」
蛍は頬に片手をあてて考えるような格好になった。
「啓介くんは水惟ちゃんを大事にできるのかなぁ?」
「はは 蛍ちゃんて結構ズバッと言うよね。でも俺彼女には結構優しいよ。」
啓介が苦笑いで言った。
「うーん…なんか啓介くんは恋愛の駆け引きとかしそうだよね〜。探り合いみたいな?水惟ちゃんそういうの大丈夫?」
蛍が言うと、水惟は無言のしかめっ面で首を横に振った。
「そんなの想像じゃん。」
啓介が不満そうに言った。
「ふーん…じゃあ啓介くんが今までの彼女と別れる時に言われたセリフって何だっけ?」
「えー?『何考えてるのかわかんない』『いつも試されてる感じがして怖い』『マイペースすぎ』『チャラすぎ』とか?ははは」
啓介は次々浮かんでくる自分を罵る言葉に自分で笑った。
「ほら〜。そんなんじゃ大事な水惟ちゃんを任せられません。」
「蛍ママ〜」
水惟が冗談まじりに蛍にしがみつくと、蛍が「よしよし」と頭を撫でた。
「まあいいや、水惟はまだ深山さんに未練があるみたいだし。」
啓介は鼻で軽く溜息を
「そんなことないって言ってるでしょ!」
水惟が少し語気を強めて否定した。
「そうやってムキになって否定するとこがさあ〜」
「啓介くん、ダメだよ。」
蛍が啓介を
「でもさぁー休憩だって言ってるのに水惟、仕事しちゃってるじゃん。」
水惟はゼリーを食べながら、クロッキー帳に早速järviのロゴのアイデアスケッチを始めていた。
「深山さんが持ってきた仕事だからなんじゃないの?」
「…違うよ…やってみたい仕事だから早く手をつけたかったの。まだラクガキ程度の息抜きみたいなものだよ。」
どこか言い訳めいた言い方になってしまう。
「深山さんてさ、やっぱあの深山なんだよね?」
「…そうだけど…」
「水惟がやってみたい仕事だって簡単に取れるんじゃねーの?なんか向こうも水惟のこと気にしてそうだしさ。」
今度は水惟が小さく溜息を
「そんな…深山の名前を利用して仕事を取るような人じゃないよ。」
水惟は啓介の方ではなく、クロッキー帳を見ながら言った。
「そんな人だったら結婚してない。」
つぶやくようにボソッと続けた。
「でも離婚してんじゃん。」
「もー!啓介くん!」
「だって離婚は—」
(向こうが言い出したんだもん…)
(私はあの時だって…まだ…)
水惟の胸がギュッと息苦しくなる。
「—とにかく全然そんなんじゃないから。仕事はちゃんとするって決めてるだけだから。」
そう言って、水惟はゼリーを食べ終えてミーティングルームから出て行った。
啓介にはこの後、今度は蛍からのお説教があることが容易に想像できる。
(まだ…?)
(あの時は嫌いじゃなかったけど、今はもう…嫌い…)
——— 水惟ならできるよ、きっと。俺も見たい。
——— 覚えてるよ。俺は水惟のデザインのファンだから
(嫌い…)
***
「え…これって絶対参加しなきゃいけないやつですか?」
ある日、水惟が不安そうな顔で洸に訊ねた。
夕日広告賞の授賞式とその後に開かれる祝賀パーティーの招待状がリバースデザインに届いた。
「水惟は主役みたいなもんだからな。パーティーはすぐ抜けていいけど、授賞式は絶対参加。スピーチもある。」
「えー…」
「でかいプレゼンだって何回もやってきただろ?それより全然気楽に構えていいよ。」
「知らない人にプレゼンする方が何倍も気楽…」
広告賞に関連するイベントには深端グラフィックスの人間が多く参加する。
蒼士と離婚してから今回のjärviの仕事まで、水惟は深端の人間に直接会うような場には出ていない。
(深山家の跡継ぎに捨てられた惨めな女…って絶対思われる…)
水惟の表情が暗くなる。
「水惟が自分で勝ち取った大きな賞なんだから、ADのSUIとして堂々と出てけばいいんだよ。」
洸が心配も含んだような笑顔で励ました。
(SUIとして…)
「…じゃあ、授賞式だけはがんばる…パーティーはすぐ抜けるけど…」
「オッケー。お偉いさんには俺がうまく売り込んどくから安心しなさい。」
「…はーい…」
洸が上手く立ち回ってくれるのは間違いないだろうとは思うが、水惟は少し憂鬱な気持ちになってしまった。
(洸さんみたいに感じ良く愛想良くできたらなぁ…)
(…授賞式のスピーチ考えなきゃ…胃が痛い…)
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