第9話 ノーマン・フェルドンの最期

 フェルドン様は、私を連れて王宮へと引き返しました。

 ファイギル殿の両親が、見えたのです。


 道中は、多くの騎士団が邪魔をしてきましたが魔力を練ることで弱いながらも魔法を扱うことは出来ました。それに、単純に私たちは強かったのです。実戦をほとんど積んでいない名誉職も多い騎士団では全く歯が立たずにすぐに王座の間へと舞い戻りました。


 ただ、問題はそこで起きたのです。


 「やはり、戻ってきたか」


 「すぐ殺してやる」


 ジェイル・ドグマは、心底馬鹿にしたようにそう言いましたがその目は真剣で油断なりませんでした。

 フェルドン様も、殺してやる。とは言ったもの、ドグマのただ者ではない雰囲気を感じ手は出せずにいました。


 「まぁ、そう慌てるな。ここに、人質がいるんだ」


 フェルドン様が、密かに魔力を練っている最中にドグマはそう言ってファイギル殿の両親を見せたのです。

 二人は口を塞がれながら何かを訴えていましたが、そこに恐怖心はありませんでした。ファイギル殿の言っていた通り、覚悟をしていたのでしょう。

 

 「人質?それが、どうしたのよ」


 フェルドン様は、あくまで人質は関係ないと言って突き放しましたが心境は穏やかでなかったでしょう。ファイギル殿の両親を助けに来たのですから。


 「では、ここでこの二人を殺していいと?」


 ドグマのその質問に、フェルドン様は言葉を詰まらせました。良いと答えれば、何をするか分からない。ダメだと答えてもそれは弱点を作ることになるのです。


 「トールマン、魔法は使える?」


 「厳しいです、ドグマに魔法を与えようとしていますが奴に近づくほどに魔法阻害は強くなっております」


 「どうやら、私たちに勝ち目は薄いようね」


 フェルドン様は、私に質問をしました。私は、悔しいながらも事実を口にしてフェルドン様は静かに悔しさを吐きました。


 「どうした?殺していいのか?」


 「どうせ、殺すのでしょう?今殺しても、変わらないわ」


 ドグマは急かすように問いかけましたが、フェルドン様はそれがどうしたと無関係を装いました。ですが、ドグマは狡猾だった。


 「ふむ、そうか。では、貴様が大人しく殺されればこの二人の命を保証しよう」


 提案をしてきたのです。お互いにそれが嘘であることは分かっていました。


 「私が死んだ後に、どうせ殺すのでしょう?」


 「さぁ、どうだろうな。どちらにせよ、貴様が逃げれば二人は死に貴様が死ねばこの二人は助かる。そう提案しているだけだ」


 「……」


 フェルドン様も、嘘だと分かっているでしょう。それでも、可能性など微塵もない提案に乗らない限り二人は確実に死ぬ。そう考えて、フェルドン様はドグマの提案に乗ったのです。


 「さぁ、どうする?」


 「提案を受け入れるよ」


 「素晴らしい判断だ、では今ここで死ぬが良い。私は手を下さない。そうだな……そこの骸骨ほねに殺してもらえ」


 耳を疑いました。ドグマは、自殺を命じるわけでも自らの部下を差し向けるわけでもなく、私に主を殺せと命じたのですから。


 「トールマン、私を殺しなさい」


 フェルドン様も、私にそう命じました。しかし、私にはそれができなかった。したくありませんでした。それが、契約を破る行為だったとしても、です。


 「フェルドン様、私には貴方様を殺すようなことは!」

 

 「トールマン!"やりなさい"」


 フェルドン様は、召喚した存在の自由意思を奪い従わせるということができるのです。それが、フェルドン様が自らを最強の死霊術師と呼ぶ理由です。そして、フェルドン様は私に初めてその力を使いました。

 そこからのことは、あまり覚えていません。ただ、分かっていることはフェルドン様を殺したということだけです。

 


 私は、フェルドン様が亡くなるほんの数秒前に気が付きました。

 私の腕が、フェルドン様の柔らかい腹を貫いたのです。気味の悪い感触でした。内蔵が揺れるのを、骨は折れのを感じました。穴が開いた腹からは、血は止まることなく流れ続けました。フェルドン様の顔から生気は抜け、目からは光が陰りはじめました。

 骸骨魔導士スケルトン・メイジとして、多くの人を私は殺してきた。それを正当化することはできません。そんな私が言うのは傲慢ですが、それでも私は主であるフェルドン様を殺したときだけはもう殺したくないと思いました。


 あの感覚を感触を忘れることはできません。


 「ありがとう、トールマン……」


 それが、フェルドン様の最期の言葉でした。フェルドン様にとっての幸せは、ファイギル殿の両親が殺されるのを見なかったことでしょう。

 

 私は無残に殺されるファイギル殿の両親を、見ながら消えていきました。召喚主であるフェルドン様が、絶命したためです。



 

 「私の記憶は、そこまでです」


 「フェルドン……彼女は、私のために死んでしまったのね」


 「ファイギル殿……」


 トールマンの話が終わると、師匠は自分を責め始めた。俺には、どうすることもできない。師匠の両親や友人が死んだ、と聞いて悲しかったしそれを止められなかったことを悔やんでいる。俺がいたところで、何も変えることはできないのに。


 「トールマン、ありがとう」


 「ファイギル殿、私が言うのもおかしいかもしれませんが……フェルドン様と友人になってくださりありがとうございました」


 「……、トールマン。あなたも、フェルドンのことを憶えていてくれてありがとう」


 師匠とトールマンは、久しぶりに話したのだろう。フェルドン、彼女のことを涙ながらに語っていた。

 

 「トールマン、質問があるんだが」

 

 「なんでしょうか、我が主」


 トールマンの話を聞いていて、一つだけ気になったことがあった。トールマンが、自由意思を奪われ記憶がなかった間は本当に数秒の出来事だったのか、だ。


 「トールマンが、自由意思を奪われた時間はどれくらいだったか分かる?」


 「時間ですか……」


 「もし、自由意思を奪われてすぐトールマンに殺させたのなら時間はほんの数秒しか経っていないと思うんだ。でも、もし数分でも経っていればトールマンの記憶外で何かあったんじゃないかと思って」


 「そういえば、すぐ殺させたにしては――時間がかかりすぎていた。三分です、三分だけ時間が経っていました」


 三分か……何かを出来るとは思えないけど、それでも意味があった時間であるに違いはない。


 「ケント……?あなた、もしかして彼女があの状況で何かを仕組んだと言いたいの?」

 

 「そ、そうだよ。きっと、最期の最期に何かを仕掛けたんだ。自分の命がないことを悟って、師匠にとって何か役に立つものを」


 あくまで憶測でしかないけど、可能性はある。トールマンの話では、魔力を練っていたらしいし別大陸ならこの世界にない特殊な魔法かなにかを仕掛けていても不思議じゃない。


 「ケント、ありがとう。彼女のことだから、何か考えがあったのかもしれないわ。こんなに時間が経ってから、分かるなんてなんだが不甲斐ないわね。それでも、貴方のおかげでなんだか気持ちが軽くなったわ。ありがとう、ケント、トールマン」


 「私もです、主。貴方様のおかげで、あの日々が戻ってくる気がします」



 ノーマン・フェルドン。彼女は、こんなに良い友人を持っていたんだな。もっと、生きていられたら……。

 そう悔やんでみても、師匠の大切な友人の彼女は戻ってこない。


 俺も、一度会ってみたいな――ふと前世の妹を思い浮かべた。

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